第71回『天空の蜂』


【作品紹介】


 最新鋭の大型ヘリを手に入れたテロリストが、日本全国の原発の停止を求め稼働中の原発上空でホバリングさせるテロ事件を描く。東日本大震災による原発事故を経験した日本において、改めて社会と人間の在り方を問う衝撃作。



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 東野圭吾の原作は、心構えなく見ると「してやられる」ものが多い。

 この作品も、作品のもつエネルギーにあなたのそれが追い付いていないと、のけぞることになる。あるいは、未熟な無意識が警報を発し、あなたはわざと気付きを得ないように心を閉じる。

 で、「なんだか眠かった」「まぁまぁだった」「あまり面白くなかった」という感想になる。あるいは単純に「面白かった」になる。

 この作品は、真摯に見れば思いっきり気分を害するか、本当に考えさせられるかどちらかになる映画である。あなたの置かれた立場、魂の状態によって好き嫌いがはっきりする。

 


 一応、原発が話題の中心であるが、その是非を問う作品でもないし、現に色んな立場からの原発を描き出すことで、作者も「決めつけない」スタンスをとっていると思われる。

 白か黒か、ですっぱり言えてしまうものではないことを、作者も分かっている。

 むしろ、この作品で訴えたいのは「逃げるな、戦え」であろう。



 昨今、癒し系というのが流行となり、それはスピリチュアルにも流入した。

 責任とか努力とか、そういう大変そうなのは置いておいて、とにかく自分を認めようよ、褒めようよ、無理しないでありのままでいい、何かをしないといけないなんてない——。

 そういうお気楽系な、心が軽くなるメッセージが大人気だ。

 しかし、そろそろみんな気付いてもいい頃じゃないかな。それでは世界は変わらないということを。いや、個人としてのあなたのレベルでさえも変わってないことを。

 あ、「ありのままでいい」んだから、変わらなくていいのか。こりゃ失礼。



 主人公の大型ヘリ設計者・湯原は仕事ばかりして、ちょっと心理面にも健康にも問題のある息子を避ける父親。そんな彼に、妻がこういう感じの一言を言う。



「思いやりが大事ですって?

 そんなの、戦っていない人が言うの。逃げてる人が言うの。

 一度でいいから向き合ってよ。そしてホンネをぶつけてよ。

 私たちに。

 それができないなら、何で家族なんかやっているの?」



 私も、スピリチュアル界に言いたい。



●無条件の愛が大事ですって? ゆるしが大事ですって?

 ありのままの受容が大事ですって?

 そんなの、人生を生きていない人(戦っていない人)が言うの。

 スピリチュアル的パラダイス世界観に逃げ込んでいる人が言うの。

 一度でいいから、向き合ってよ。ちゃんと見てよ。

 この世界の現実を。矛盾を。醜さを。

 そして、素直な思いのたけをぶつけてよ。

 それができないなら、何のために人間なんかやっているの?



 この映画の事件の犯人は、まぁ悪人とは言えない。

 むしろ、その人物なりの事情があり、良かれと思ってやっている。

 国民(他人)に迷惑をかけず、愚かなまま眠らせておこうとするのではなく、眠りから醒ますために、あえて迷惑をかける手段を選んだ。 

 頑迷に眠り続ける国民を、揺さぶるために。

 犯人のこのセリフが、この作品の心臓部を表現している。



「みんな、本当のことなんて知りたくないんだ。いや、知るのが怖いんだ」



 みんな、目先のことがうまくいくことばかりに必死で、それを超えた次元のことなど、できたら見たくないし、考えたくもない。これ以上の面倒はごめんだと考えて。

 勇気がないのは、向き合うのが怖くて逃げているのは、この映画の主人公だけではなく、見ている観客全員なのだ。この件に関して、完全に当てはまらないという人間はいない。

 それに気付けよ、とメッセージしている。立ち上がるなら、今だと。

 一人でも多くの人が無表情な、対岸の火事の仮面を脱ぎ捨てるなら、この世界は守るに値する世界になる。でないと、人類全員がいざという時に 野球の守備で言う「お見合い状態」(二人の野手が、お互いに相手が捕ってくれるだろうと思い、結局二人とも球を落とす)になってしまう。



 スピリチュアル界でも、必要以上に人を安心させようとするものが増え、心安らがせるそのメッセージは、外の現実を忘れさせる麻薬のごとし。

 現在のスピリチュアル界は、世界の現状など正面から見つめず、自分たちだけの論理で、閉じた内輪の世界でお金を落とし合い、自慰的に盛り上がっているだけに見える。結局スピリチュアル界のやっていることは、世界の大勢になんの影響もない。



 スピリチュアル的な意味合いでの「目覚め」など、大して意味がないから放っておけ。それよりあんた、本当に目覚めてみないかい?

 その目覚めとは何かを、この映画が示している。

 犯人が、たとえ自身が犯罪者になってでも世界に訴えたかったこと——

 それをまともに受け止めるのが、本当に役立つ目覚めである。

 空とか、非二元に関係する目覚めなど、それに比べたら何ほどのものでもない。



 最後は、事件は解決し一応のハッピーエンドを見るが、逆にこれは怖いことでもある。解決されてしまうと、人はのど元過ぎれば何とやらで、次の日からはもうもとの軌道に戻る。

 また、何も考えないバカに戻ってしまう。

 いっそのこと、もっと大変なことになったほうが日本人全体としてはちゃんと考えるのでは? なんてことも想像してしまう。まったく、どっちがいいのか分かったもんじゃない。

 私としてはせめて、ハッピーエンドでいいから、お願いだから事件(問題)を風化させないで、とお願いするばかりである。

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