第57回『博士と彼女のセオリー』

 【ストーリー】


 天才物理学者として将来を期待されるスティーヴン・ホーキング (エディ・レッドメイン) はケンブリッジ大学大学院に在籍中、詩について勉強していたジェーン(フェリシティ・ジョーンズ)と出会い恋に落ちる。

 その直後、彼はALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し余命は2年だと言われてしまう。それでもスティーヴンと共に困難を乗り越え、彼を支えることを選んだジェーンは、二人で力を合わせて難病に立ち向かっていく。



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 有名な理論物理学者、ホーキング博士の伝記。

 ただし、ホーキング博士本人を軸に、彼の偉業を追う「偉人伝」という単純な描き方ではない。彼の妻(最終的に離婚する)ジェーンとの出会いと別れが焦点だと言っても過言ではない。

 ジェーンは、若き日のホーキングと出会い、恋に落ちる。

 結婚を前提とした付き合いが始まるも、ホーキングがALSという病に侵され、余命二年と宣告される。この先も人生があるジェーンのためを思って「自分に構うな」と拒絶の態度を取るホーキングに、彼女ははっきりと結婚したい思いは揺るがないことを伝える。

 周囲の反対をものともせず、二人はついにゴールイン。

 そして博士は、身体的不自由を感じさせない精力の旺盛さで研究を発表。それは、世界を驚かせる大きな発見を生んだ。もしこれで話が終わりまで行けば、「夫婦の美しい愛の物語」「内助の功の物語」ということで終わる。

 しかし、この作品のすごいところは、もっと人間というものを深く掘り下げている点である。

 創作の小説と違い事実だから起こった事を描くしかないのだろうが、思わずうならされる結末であった。私は、この世界の「起こることの豊かさ」に目を見張った。



 介護。心的負担。住む世界のすれ違い。

 家庭問題。それぞれの人間関係の違いから起こるドラマ。

 本人たちに悪気はない。よくある不倫ドラマのような成り行きではない、「互いが一生懸命に生きたがゆえに起こってしまったすれ違い」のゆえに、二人は離婚。

 最初は妻のジェーンが、滅入る気持ちを何とかしようと始めた聖歌隊の活動の中である男性と出会い、恋心が芽生える。ホーキングは、単なる嫉妬などせず、相手の男性を受け入れていく。

 その後、ホーキング自身も良き理解者となったヘルパーの女性と行動を共にすることを好むようになり、最終的には離婚。



 私は、映画を見終わった時に「何で別れちゃったの!」とかいう気持ちは湧いてこなかった。

 人によっては、「ジェーンが浮気をしたので、そのあてつけにホーキングもやり返したのかな? そうだったら何だかがっかりだな」という感想を持つ人もいるようだ。だが、それは人間洞察としての浅さがあると言わざるを得ない。

 私は、この映画がー



●一幅の美しい絵



 そう見えて仕方がなかった。

 人というのは、こうまで美しいものなのか、と。

 もちろん瞬間瞬間を切り取ったら、泥だらけのこともある。傷だらけの時もある。でも、時を重ねるという変化をトータルで見た時、それはすごい景色になっている。

 ラストシーン、別れた二人が再開する。そこには、二人の間にできた三人の子どもたちもいて、遊んでいた。ホーキングは子どもたちを指して言う。

『見なさい。僕たちが築き上げてきたものを。』



 ホーキングは、偉大な研究を成し遂げた。

 優れた理論を発見・提唱した。

 でも、私は思う。

 彼のもっとも偉大な研究成果は、つかんだ理論の最高峰は——



●人を愛する、というセオリー。



 その愛は、きれいごとばかりではない。

 愛を貫くがゆえの苦しみがあり、表面的な不道徳もある。

 でも、その報いとしての喜びもまたある。

 宇宙は広い。研究対象として魅力だ。

 でも、人間もまた、計り知れない謎を持った研究対象だ。

 このような映画が生まれ、私に改めて生きるということを考えさせてくれた。

 私にとっては、それがホーキングの偉業の中の一番である。



 離婚しても、すべては過去になっていっても、変わらない。

 二人が愛を誓ったあの日のことは、過去などではない。

 いまもどこかで、二人は生きていて——

 今、プロポーズのキスをしている。

 過去は、この直線軸の世界では過去だが、すべては常に今起こり続けている。

 始まりと終わりがない。

 分離体験としてはひとつの物語だが、その物語は終わることがない。

 宇宙の始まりと終わりは、この次元の物語としては「ある」。

 しかし、実際に宇宙の最初と、終わりの地点に行ってみても、それらはない。

 宇宙に始まりと終わりはない。

 我々の頭の中に、そういう概念があるだけである。

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