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VIPカードのおかげで、どの店も予約なしで、一番いい席が利用できる。月産のワインのおいしい店で食事をとった。


滞在中の服をそろえたいからと称して買い物にも、つきあわせる。


赤毛に似合う人工ルビーのブレスレットを贈った。光線をあてると、模様が石の内部から、ほのかに光って浮きあがる。薔薇や天使やユニコーンが。

「だめよ。こんな高価なもの」

「お近づきのしるしと、今夜のお礼に」


最後に、さざ波の海の風景が店内を満たす薄暗いバーで、グラスをかわす。


そして、最初の賓客用コンパートメントに帰る。このときには、キャロラインはもう帰るとは言わなかった。ドアの前でキスをして、そのまま室内へ。


数時間を二人ですごしたのち、キャロラインは、ぼうぜんとしていた。


「おかしいわ。わたし、いつも、こんなにガード、甘くないのよ。なんで、こんなことになったの」


「波長があったからだろ?」


「そう? いくらエンパシストどうしでも、こんなことって初めてよ。あなたって、不思議な人」


初めての街の最初の夜としては、まずまずの好スタート。


それから、二週間。


「ジャリマ先生。二百六号室の患者さん、どうでした?」


広いサイコホスピタルの廊下で、聞きなれた声に呼びとめられる。


ふりかえると、キャロラインがバラ色の巻き毛を、くるくると頭のてっぺんに巻きつけて立っている。


胸元やオヘソまわりをだいたんにカットした、私服のレザースーツもいいが、白衣姿も悪くない。白衣から素足が、のぞいて、大変、なやましい。


「二百六の患者は、あいかわらずだよ。しかし、君のその服装は、患者の精神衛生上、よくないね。刺激的すぎる」


「先生の受け持ちの患者さんなら、わたしが吸湿グラスファイバーの透明服を着てたって、無関心だと思いますわ。みんな、助手のわたしより、先生に夢中だもの」


「まあ、そこが、あの病気の症状の一つだから。でも、医者の私には刺激的だ」


院内では、二人は医者と助手の立場を守っている。だが、キャロラインは、ろうかに人目がないのをいいことに、やたらに身をのりだして、ゴージャスな谷間を見せつけてくる。


「ほんとに、そう思ってる?」


「院内で欲情するのは、仕事に、さしつかえる」


「集中力を欠いてしまうものね」


「それくらいならいいが、妄想が患者や職員にエンパシーで伝わると、大変なことになる。私のエンパシーに感染すると、たいていの人間は再起不能だろう」


「どんな妄想してるの?」


「それは今夜のお楽しみだ」


「約束よ。この前の夜から、一週間もたつわ」


「忙しかったからね」


「今夜、八時に。いつもの場所で」


「善処するよ。八時までに終わればいいが」


「どうして?」


「さっき外来から連絡があった。例の症状を訴える患者が来てるらしい。私の診察室へまわすよう言っておいた」


「またなの? イヤんなる」


キャロラインが文句を言うのも、しかたない。


サリーがルナチャイルドに来てからでも、日に数人は決まって、この症状の外来患者がやってくる。


症状のかるい者は治療して帰すが、重症になると治しようがない。そのまま入院だ。この症例の入院患者が、院内には、すでに百人はいた。


「さあ、会いに行こうか。今日のエンデュミオンに。少しは神話らしい美形ならいいけどね」


ホスピタルのろうかは一見、土の道に見える。


周囲は中世的な赤レンガの家の点在する平原。風が吹くたびに草がゆれる。柵のなかには羊や牛が、のどかに群れている。


もちろん、環境ホログラフィーだ。


離れたところに見える教会が、サリーの診察室だ。


サリーのミステリアスな美貌は、この景色に、よく溶けあう。しかし、誇大妄想狂の患者に、よくない。妄想をひどくさせる恐れがある。


とはいえ、ホログラフィーは、ろうかだけだ。教会の扉をあけると、なかは礼拝堂とは、かけはなれてる。清潔で殺風景な白壁の診察室。


診察室には、男がいた。


いまどきはDNA操作を受けたデザイナーベビーが一般的だ。容姿も、みんな、それなりに整っている。


その男も、なかなかのハンサムだ。絵に描いたような逆三角形の体型。エンデュミオンというよりは、ヘラクレスみたいだ。


「お待たせしました。私がドクター・ジャリマです」


自己紹介して、男をスツールにすわらせる。患者の前でだけするメガネをとりだしてかけた。医者としての信頼度を高めるためだ。


男はりっぱな体格には不似合いに、落ちつかないそぶり。追いつめられた草食動物みたいだ。サリーと目があうだけで、オドオドしてる。


「今日は、どこか、ぐあいが悪いんですか?」


たっぷり数分もたってから、サリーはたずねた。男は肩幅の広い肩をまるめて、上目づかいに、サリーを盗み見る。


「先生は、なんのお医者なの?」


「受付で聞かなかったかな? 私はサイコセラピスト。心の病気の医者だよ」


サイコセラピストは話術も巧みでなければならない。患者の求める距離感を瞬時に読みとり、親密度を調整しなければ。それには、エンパシーが役立つ。


男の幼い媚態をふくんだ口調に、サリーは感じるものがあった。 ぐっと、親しげに話す。


男は、みるからに安心した。


「じゃあ、ぼくを治してもらえるよね? ぼく、たぶん、記憶喪失だと思うんだ。なんだか、このごろ、変なんだよ」


外見より、はるかに幼い口調で、そう言った。

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