勇者バベルの縛りプレイ! <武器無し、防具無し、魔法不可>

石屋タマ

プロローグ

伝説は高みを目指す


 バベルは退屈だった。


 それが、まさに今、アースドラゴンとサーベルタイガーの2体に挟撃されている状況であっても。


 たとえ歴戦の猛者でも「こいつらの餌になるのか……」と覚悟を決するシーンであるが、彼の場合は「今夜の飯は竜肉か虎肉か?」という悩みが浮かぶ程度だった。


 ―― グルルゥ! ――


 先に動いたのはサーベルタイガーだった。強堅な後ろ脚を使い、人二人分はあろうかというほど跳躍をしたかと思えば、鋼鉄をも砕く真っ白な剣歯を、バベルの喉元向けて一直線に振り下ろした。


 しかし、魔物の見せ場はそこまでだ。バベルはゆっくりと右手の剣を持ち上げ、そして、


「――斬!」


 まさに刹那。


 一瞬で振り抜いた剣は、サーベルタイガーの眉間から尻尾までを通過する。その余りの剣圧により、地面の落ち葉がひらひらと舞い上がり――それが元の場所に下りるのと同時に、ちょうど二等分になった虎の亡骸がゆっくりと崩れ落ちた。


 バベルは世界最強の剣士である。


 ―― ? グォォォ! ――


 アースドラゴンはうろたえる仕草を見せた。眼前で起きた一瞬の出来事に、混乱と恐怖を感じたのだろうか。しかし、すぐに立ち直り大きく息を吸い込む。それはまさに、超高温の火炎のブレスを吐こうとする動作そのものだ。その地獄のような熱さに包まれては、だれであろうと生きて帰れない。


「――燃えろ!」


 いや、火炎に飲み込まれて苦しむ姿を見せるのは、アースドラゴンのほうだ。バベルは、それがブレスを吐くより前に、火炎の魔法を左手から発生させて投げつけたからだ。


 火炎はすぐに巨大な火球へと変化し、周囲の木々もろとも一瞬にして包み込む。竜は自身のブレスの何倍もの熱さに苦悶し、火炎が消える頃には、その巨体は真っ黒な灰の塊と化していた。


 バベルは世界最強の魔法使いでもある。


「今夜は虎肉か……」


 一瞬と、一撃。

 剣と、魔法。


 生物として最強である彼は、いつしか「伝説の勇者」と称されるようになった。


 もちろん、生まれてからずっと最強だった訳ではない。バベルがまだ少年だった頃は、一般的な冒険家と同程度か、むしろ弱い部類に入っていた。それが今や世界の最上とも言えるレベルにまでに達した。それはひとえに、飽くなき向上心、常に高みを目指さんとする驚異的な執着によるものである。


 だから、である。彼は世界に失望した。より強く、成長を、学びを。そう願ったとして、すべてが一撃で決する相手からは、もはや得る物など何一つ存在しなかった。


「ぬるい……」


 安息しかもたらさない世界において、更なる高みは望めないのだろうか。このところ、バベルはずっと悩んでいた。


「あのぅ」


 ふと、どこからか声が聞こえてくる。


「ん?」

「あの……ありがとうございました」


 茂みに隠れていた冒険家の男が、もう大丈夫かとばかりに、そこから抜け出してきた。


 バベルは、じっと凝視する。手には安物の剣と盾、鎧もろくに鍛錬していない。とても先の魔物と戦おうとする身なりでは無い。この男は不相応な相手に挑戦して、今にも捕食されるところを、通りがかりのバベルに助けてもらったのだ。


 命知らずな冒険家を一喝しようかと考えたが、あまりにも場違いな風貌を見て怒る気力も薄れ、よくもまあそんな装備でと、逆に感心してしまった。


「気にするな。だが、身の丈にあった敵と戦うのだな」

「はい! でも……頑張ります!」

「頑張る?」

「今度は助けがいらないように、あなたみたいに強くなってみせます!」


 そうか、と言いかける間もなく、男はそそくさと立ち去っていった。


 やれやれと肩をすぼめて、帰路に着くバベル。そういえば、


「俺にも、こんな時期があったな」


 彼が少年だった頃はあらゆる魔物が強敵であり、無謀な挑戦の末に命からがら逃げすことも多々あった。それでも、何度も強敵と向かい合い、そして倒す度に、少しずつ「強くなる」という実感を手にすることが出来た。


「弱かったからな。でも、楽しかったな」


 ――おや?


 その時だった。


 バベルの脳裏に何かが走り、ふと、足を止めて考えこんだ。


「あれ? 弱いから強くなれるのか?」


 強くなる前は、確かに成長していた。

 強くなった後は、成長を感じなくなった。


 その差は何か。すなわち――強さ。

 そして、強さとは――力。


 バベルは、平凡な冒険家には考えつかない、ある一つの結論に達しつつある。


「この、身に着けた力が成長を阻害しているのか?」

「だったら、力を無くせばいい!」


 力を得る為に力を捨てる。最強故にたどり着いた答えは、そうであった。


「俺の力と言えば剣」

「攻撃から身を守る鎧と盾」

「そして、魔法」


 自分に律したルール、


 ・一切の武器を持たない

 ・一切の防具を付けない

 ・一切の魔法を使わない


 それが、これからの彼の流儀。


「もっとだ! もっと強くなってみせる!」

「更なる力を! 更なる高みを!」


 自身の行動を縛ることが、成長するのに必要なのだと結論づける。そんなこと、彼以外の誰が理解してくれるのか。


 仮に理解できたとしても、勇者の暇つぶしの「遊びプレイ」だと見なすだろう。ふざけている、と。


 だが、彼はいたって真面目だった。やり遂げてみせるという義務感と、高みを目指す使命感、なにより、その身を危険にさらすという謎の興奮に、彼は震えていた。


 この話は、縛ることに縛られた、ある一人のマゾヒスティックな勇者と、彼に振り回される哀れな人々が紡ぎだす、奇妙な冒険譚である。

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