2章11話 国王、そしてワイン(3)
そう、ヴィクトリアの母親は彼女を生んだ時に他界している。
そして、まさかレミィ王妃の娘を、他の王妃が面倒を看るなんてありえないだろう。
グーテランドは一夫多妻制を認めている国だ。そういう価値観で育った以上、実はその王妃たち3人の仲が極端に悪かった、というわけではなかった。
しかし、だ。仮にいろいろと関係が複雑ではない一般家庭の場合だとしても、自分の子どもではない子どもを、恐らくは年単位で代わりに育てるなど、なかなかできることではない。
ヴィクトリアをここまで育てた
ロイは心の中でそう謝罪したが、結果として、彼女は本物の母親の愛情を知らずに生きてきたのだ……と、気分を酷く落ち込ませた。
「頼む、ロイ・モルゲンロート君。当たり前だが、ヴィクトリアのことを育ててくれ、導いてくれなんて、そんなことは断じて言わない……っ! ただ、これからも、ヴィクトリアの友達でいてほしい」
「恐縮ですが、ツッコミどころが満載ですよ……」
ロイは静かに切り替える。
国王陛下への態度から少しだけ友達の親への対応に。
「なぜボクなのですか? ボクはまだヴィキーと友達になって1ヶ月も経っていない。国王陛下はボクのことを認めてくださっているようですが、その理由もわかりません。その2つを無視したとしても、他に適任はたくさんいるでしょう」
「そうだな。本来、適任はもっと多くいるのかもしれない」
「なら――」
「だが、真に重要なのは、たった1つ、本当にたった1つだけなのだ」
「――――」
「君たちがヴィクトリアのことをヴィキーと呼んでいる。君たちが知り合ったのは、厳密にはヴィクトリアではなくヴィキーというただの少女だった。そこに、余がヴィクトリアに与えてあげたい、言葉にできなくてもどかしいナニカがあるのだ」
「言葉にできなくて……もどかしいナニカ、ですか……?」
「確かにヴィクトリアの脱走はよくないことだ。再発もさせない。しかし、結果的に友達を得て帰ってきたのだ。それを否定することは余にはできない。改めて言わせてほしい。ロイ君、ヴィクトリアとはこれからも友達でいてやってほしい」
ふと、少しだけ長い時間、ロイは考える。
その沈黙は、時間にして1分ぐらいといったところか。
恐らく、その時、ロイがなぜ考えて、どう感じて、なに思ったのかは、きっと神様にだってわからないだろう。
言わずもがな、アルバートにだって。
ただ、ロイは結論を出す。
たとえ思考がブラックボックスになっていたとしても、答えだけは、言葉にしないと意味がない。
もしかしたらロイは、答えだけは最初から決めていたのかもしれない。
なのになぜ考え込んだのかといえば、そこに至った理由を、自分でも知りたかったからだろう。
その自問自答の亜種の果てに、ロイは彼自身が自分らしいと認められるセリフを得る。
嗚呼、そうだ――、
――たとえ国王陛下であろうと、自分よりも立場が上の人間であろうと、困っている人を見過ごせない。
「改めて、答えさせていただきます」
「うむ」
「――もちろんです。断る理由はどこにもありません。ボクは国王陛下に頼まれてヴィクトリア王女殿下の友達になったのではなく、少し強引で、そこが個性で、そんなヴィキーと、一緒に遊んだから友達になったんですから」
◇ ◆ ◇ ◆
「なんていうか……予想を遥かに超えて保護者面談みたいな感じだったなぁ」
そうして、ロイは再び謁見の間の前の扉に戻ってきた。
あのあと、王としてではなく、1人の女の子の親として、アルバートはロイとワインを嗜みまくった。
もちろんある程度は自制して、ハメを外しすぎないようにしたが、それでも、充分に2人は年と身分を超えて親しくなったはずである。
アルバートは頼むべきことを頼み、ロイは頼まれるべきことを頼まれた。
そこに国王と新米騎士の間に、本来あるはずの命令という形式はない。そこにあるのは形式ではなく、信じて頼むという本質だった。
ロイにとっては数少ない飲酒の機会であったが、いつの間にか緊張はなくなっており、ベッドに入れば即行で眠れそうな心地良さである。
そして、ロイが
刹那、一瞬でロイの酔いが醒める。背後から誰かが意図的に殺気を飛ばしたのだ。
ゆえに、瞬間的に戦慄が
怯んではいられない。
ロイはバッ! と、勢いよく振り返ってエクスカリバーを顕現させた。
「久しぶりだな、ロイ。いい反応速度だ」
「たっくよォ、話がなげぇんだよ。で、国王陛下とはなに喋ってたんだ? アァ?」
ロイに声をかけたのは2人の男だった。
どちらも、ロイがよく知っている騎士だった。
片方は雄の獅子のたてがみを彷彿させるような、オレンジが混じったブラウンのオールバックの男性だった。
迫力と優しさが込められている、しっかりとした意志を宿す
もう片方は灰まで燃え上がったようなアッシュグレーの男子にしては長い髪をしていた。ギラついていて鋭い灰色の双眸と、粗野な言葉と態度が良くも悪くも印象的だ。
加えて、七星団の騎士にあるまじき格好……というほどではないが、若干の着崩しが見受けられる、ロイにとっては見慣れない制服を着ている。
この2人のことは、忘れられない。忘れられるわけがない。
波乱万丈な人生を送るロイの人生の中でも、かなり高い重要度を誇る、その2人。そこにいた彼らは――、
「エルヴィスさんと……レナード先輩ッッ!?」
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