2章7話 21時37分 マリア、報いる!(1)



 時はイヴを除いた第1特務執行隠密分隊の3人が死神の包囲に尽力することを決め、ニコラスが死神の包囲に成功し【不浄ヴァーシュエン・ダス・祓い、フェルオンレイニゴウン・またの銘をオーダー・天罰ネメズィース・代理アーゲント・執行術、ドヒックセツウング・心身オーヌ・ズィッヒ・問わずツ・テイレン・巨悪悉くベーゼ・滅相のアウスロットゥング・方陣】パラディースを発動したあとまで進行する。


 死神が解き放つ地獄の真紅、それによって絶望的に赤らむ王都の街並み。

 そこについに、紅とは別の色彩が幾重いくえ幾層いくそうにも瞬いた。たった1秒間に光が瞬く数は優に300を超えて――いざ、七星団の精鋭部隊は死神の殲滅に咆哮を上げる。


 総力を以って王都を守り、全力を以って敵兵を滅ぼす。

 みなすべからく玉座を守護する同胞であり、ゆえに災禍の具現を前に臆することなく剣を振り魔術を撃つ。


 各々の剣には物理的に物を斬る性能だけではなく、魔術によって斬撃対象の霊魂にも修復不可能な傷を負わせられる性能を付属済み。騎士たちは魔術師たちの援護を受けて、上空にて佇むバケモノに超高速で飛翔しながら剣戟を挑んだ。

 一方で、魔術師たちは騎士たちの上空戦のアシストの他に、遠距離のアサルト魔術を1000や2000は下らないほど撃ち続ける。


 まさに七星団の威厳を懸けた防衛戦。

 が――、


「     ッッ!」


 それでも死神は悠然の鎌を振るい死滅のほむらを撒き散らす。

 やはり死神の周辺の空間が歪み、遠近感が狂ってしまうのが致命的であった。


 騎士としては死神に辿り着くまでにひと苦労。何回か斬撃を喰らわせたあと、死神の反撃、振り回す鎌を避けようとしても、意図した方向に避けることは困難で、離れたあとにまた接近するのにも骨が折れる。

 魔術師の方だって、自分たちの援護で飛翔している騎士に施した魔術の維持が難しいし、騎士の援護担当ではないアサルト魔術担当の方も、狙いどおりに攻撃が進んでくれなくて、致命的なまでに魔力の無駄遣いをしてしまっている。


 一言で言うならば、死神という幻想種は常軌を逸していた。


 こちらの戦力の数は1500さえも超えている。

 その上で、ニコラスが【不浄祓い、またの銘を天罰代理執行術、心身問わず巨悪悉く滅相の方陣】を発動していて、死神は弱体化しているはずなのだ。


 だというのに、まだ足りない。まだ届かない。

 戦闘の舞台は自国の上空なのだ。持久戦になれば、死神が疲労を知らない可能性があることも相まって、こちらが圧倒的に不利。長引けば長引くほど建造物や地面や自然に壊滅的な被害が出ることが必至である。


 否、もうすでに被害は壊滅的だ。

 だからこそ、これ以上被害を出してはいけないのに、この現実、この戦況。まさに悪夢と呼ぶべき殺し合いだった。


 そんな中、ヒーリングを受けているイヴ以外の第1特務執行隠密分隊のシーリーン、アリス、マリアの3人は――、


「それでマリアさん!? 一矢を報いると言いましたけど、いったいどうやって!?」

「今考え中ですから少し待ってくださいね!?」

「はわわ……っ、アリス、マリアさん! 置いていかないで~~っ!」


 確かに3人はこの包囲殲滅作戦に途中参加ではあったが、参戦が決まると、早々にニコラスから特定の持ち場を与えられて、そこに辿り着くために全力で疾走中だった。

 当然、肉体強化の魔術を何重にも発動して。


 燃え盛る西洋の街並みを、3人はまるで疾風はやてのごとく突き進む。

 熱をたっぷり含んだ大気によって全身が汗ばむも、もはやそのようなことを気にしている暇は微塵もなかった。


「まず、わたしたちは全員魔術師ですからね。つまり、攻撃の手段は遠距離の魔術が基本。となると、邪魔になってくるのはあの空間の歪みですね」


 と、一切足を休めることなく、走りながらマリアは分析を開始する。

 それに答えたのは学院でも優等生だったアリスだった。


「空間の歪みというと、真っ先に思い付くのは空属性の魔術ですが……」

「いえ、そうとも限りませんからね?」


「えっ? ど、っ、どういうことですか?」

「空属性の魔術で空間が歪んでいるのなら、すでにわたしたちよりも上位の魔術師が対処法を確立していてもおかしくないですからね。それぐらいの実力、戦力、ノウハウを七星団は当然持っているはずです……。なのに、未だ空間の歪曲は無効化できていません」


「それに……、シィにはまだ難しいけど、敵が魔術を使ったら、まず真っ先に魔術を解析する魔術を使って然るべきだと思うし……」

「となると、解析不可能な原理、法則が働いていると見て間違いないでしょうね……」


「それってまさか!?」

「アリスさんのお察しのとおり、恐らくは異世界知識ですね」


 走りながらマリアは続ける。


「わたしも現在進行形で、魔術を解析する魔術を自分の目に施して死神を観測していますが……」

「ど、どうですか?」


 と、恐る恐るシーリーンがマリアに訊く。

 一方でアリスも、生唾を呑んでその返事に緊張している感じだった。


「ゴメンなさい……、ハッキリ言ってわかりません」


「あうっ」

「そんな……」


「でも、気付いたことがあります」


「気付いたことですか?」

「それって……?」


「この世界の既存の魔術ではない。かといって、異世界の技術だけというわけでもない。なんていうか、この世界の魔力、術式、魔術に関連しているんですけど、そのまだ明らかになっていなくて、けれども異世界の科学を参照にすれば解き明かせる現象。それが死神の行っている空間歪曲の正体といいますか……」


 マリアが言うと、アリスも魔術を解析する魔術を自分の両目に施して、走りながら視線を死神に向けた。


「そういえば、ロイが言っていたわね。空間を歪ませる方法は空属性の魔術だけじゃない。実は【 黒よりシュヴァルツ・アルス・黒いシュヴァルツ・星の力 】ステーンステーク、重力の操作でも空間を歪ませられる、って」


「そうなの!?」

「でもね、シィ? 重力を操作することで空間を歪ませられるのは事実でも、あの死神が行っているレベルでそれをしたら、周囲への損害は絶望的になるわ。異世界の知識だし、私も確実なことはなにも言えないけれど、もしかしたらこの惑星が消滅する可能性すらある」


「ほぇ!? 重力の操作ってそんなに危険なの!?」

「まぁ、【黒より黒い星の力】レベルなら問題はありませんね。それに、重力が原因で空間が歪んでいるなら、あそこで戦っている騎士のみなさんは相当強い負荷を背負っているはずですからね。でも、現実は簡単とは言い難いですが、無事死神に斬撃をお見舞いしていますし、重力操作の可能性は薄いでしょう」


「なら、マリアさんは他に、ロイからなにか伺っていませんか?」


 走りながらしばらく黙考するマリア。

 そして数秒後――、


「――――蜃気楼」


「「しんきろー?」」

「陽炎みたいなモノですね。本来直進するはずの光が、空気の密度が異なる場所で屈折する現象のことですね。で、陽炎はかなり屈折された光にバラつきがありますが、蜃気楼は密度の異なる空気が層流的な流れをしているか、ほとんど静止しているため、陽炎以上に屈折した景色が鏡映しのように綺麗に浮かび上がる。弟くんはそのように説明してくれましたね」


「空気に密度なんてあったんだ……。シィ、初めて知った……」

「陽炎って確か、熱が原因で起きるんでしたよね? 蜃気楼が陽炎と似たようなモノなら、歪曲領域に突入した騎士たちはみんな、蒸し焼きにされちゃいませんか?」


「そうですよねぇ……。魔力……、術式……、魔術……、空間……、歪曲……、重力による空間の変形と蜃気楼のような光の屈折の共通点……。…………あっ」


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