1章7話 21時34分 セシリア、違和感を覚える。(2)



 ……ッッ!!!!!

 ゴウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!!!


 という、なにかを超々々高密度に圧縮した上で、それをさらに重ねて超々々高密度に圧縮した天を揺るがし地を震わせ、生きとし生ける者全てに恐怖、戦慄、絶望を招き、躱せなければ一切合切を素粒子レベルで分解、灰燼と化すような、強いて言うなら存在の飽和とも呼ぶべき衝撃、振動が世界を襲った。


 存在の飽和。本来なら1秒当たりの情報量としてありえない現象の洪水。

 縦横高さが10mの空間に、それ以上の体積を持つ物質は入れない。10分という時間に、人類の歴史や太陽の一生を詰め込むことはできない。


 なのに、いったい『この衝撃』はなんだというのか?


 常人には理解不能だった。

 否、それはあまりにも高次元の戦い、神域の現象だったゆえに、よほど優秀で勤勉、博識な魔術の天才でなければ理解することは不要だった。


 明らかに結界の内部にその大きさよりも巨大なアサルト魔術が展開された。

 明らかに1秒のうちに1分や5分、もしかしたら10分にも及ぶはずのアクションが詰め込まれていた。


 合計で7枚あった結界のうち、内側から数えて1枚目と2枚目の結界は微塵の欠片、破片の1つさえ残さずに完全消滅。破損したのが一部分でも、術式が修復困難だったため、消滅が津波のように全体に行き渡ったのだろう。

 3枚目の結界は廃棄された辺境貴族の別荘の窓ガラスのように、いたるところに穴が空いてしまっていたし、もはや外側から数えても内側から数えても同じ4枚目でさえも、罅割ひびわれがはしり、魔術に付与しておいた全自動修繕機能が意味をなしていない。


 まるで世界の終焉、宇宙の閉幕を一瞬だけ先行体験したかのような有様であった。


「…………ッッ、大丈夫? イザベルちゃん、カレンちゃん?」


「ウチらは大丈夫ですけど……っ、セシリアさん、あんた、吐血しとるやん……ッッ」

「~~~~っっ、申し訳ございませんわぁ、わたぁしたちがあと一瞬でも早く、結界の維持を手伝えていれば……っ」


「心配しないで♪ ……ッッ、ゴボ……ッッ、枢機卿ともあろうこのセッシーが、自分で自分をヒーリングできないわけないから。でも、少しだけ結界の維持を変わってほしいな」


「当然やで!」

「了解ですぅ」


 すると、ドサ……っ、と、セシリアは屋上の床に仰向けになる。

 流石に立っていることはもちろん、座っていることも難しかった。


 まずは自分で自分の身体をスキャンするセシリア。

 しかし、ヒーリングができないということはないが、だいぶ難儀しそうだった。物質的に身体に傷を負っただけではなく、魔術的に魂――意識、感覚質クオリアの根源が傷付いている。


 加えて言うなら、脳の毛細血管の一部が弾けていた。

 すぐにヒーリングしないと後遺症が残るレベルの深刻さと言えるだろう。


「カレンさん、これはきっと――」

「――あらゆる攻撃の間隔を極限まで押し詰めたような現象。時属性の魔術が絡んでいますぅ」


「となると、シャーリーさんか」


「シャーリーさんならぁ、時を止めて相手を殺せますぅ。相手がなんらかの方法で復活してもぉ、復活の数だけ時間の凍結と解凍を繰り返すはずぅ。それなのに停止した時間の中で、こんなにバカスカ魔術を使った、ということはぁ――」

「――ヤバイで……ッ! 結界の内部に、時を止めても動いてくる特務十二星座部隊レベルの敵がいるんとちゃうか?」


「だとしても、セッシーたちがやることは変わらないよ」


 よく通る澄んだ声で、セシリアは断言する。

 それに対してイザベルとカレンも、同感、と、そう言わんばかりに結界の修復に精を出す。


「大丈夫、特務十二星座部隊は12人いる。団長だっているし、セッシーとカレンちゃん以外の枢機卿や、エドワードくん以外のロイヤルガード、エルヴィスくん以外のキングダムセイバーだって。死神討伐とシャーリーちゃんの応援は任せるべき仲間に任せて、セッシーたちはセッシーたちだけしかできないことをしよう……っ!」


「せやな」

「当然ですぅ」


 すると、セシリアはなんとか少し楽になってきたので、仰向けから上半身を起こした。

 続いて遠視の魔術を発動して、たった今、なにが起きたのかを確認しようと試みる。


「どや? なにか見えたんか?」

「う~ん、結論から言うとね?」


「ああ」

「えぇ」


「シャーリーちゃん、どこにもいないの」


「はぁ!?」

「? どういうことでしょうねぇ」


「もぉ~っ! セッシーは強いだけで神様じゃないんだもん! わからないことだってあるよ~~~~っ!」


 確かに今、21時40分の段階で、シャーリーは王都にいなかった。


 答え合わせをすると、セシリアが違和感を覚えて、「おやおや? 今、一瞬、違和感を覚えたゾ?」と発言したのが21時36分。

 この前後に、とある建物の屋根にてロイは【土葬のサトゥルヌス】に槍で刺されて、シャーリーが時を止めてロイの救出と【土葬のサトゥルヌス】の一度目の殺害に成功して、殺し合いを始める前に少しだけ会話した。


 セシリアが覚えた違和感はわずかに止めた時の中でシャーリーが使った【土葬のサトゥルヌス】を殺す魔術、これが彼の上半身を消滅させたあと、そのまま進み結界に少しぶつかったことが原因である。

 無論、これだけでは結界が壊れるわけがない。シャーリーもそれを理解していたゆえに、ある程度とはいえ殺人には充分の威力の魔術を発動したのだ。


 次に「…………ッッ、2人とも! 担当をいったん放棄! 結界の維持を手伝って!」とセシリアが叫んだのが21時38分台のことだった。

 このほんのわずかな間にシャーリーは時間を再度停止した。その時間が停止している間に、ロイを逃がし、【土葬のサトゥルヌス】は零点エネルギーを一ヶ所に偏らせる魔術で抵抗を開始。


 で、上空を縦横無尽に翔け巡り殺し合う2人。気が遠くなるような殺人魔術の応酬の果てに、シャーリーは【土葬のサトゥルヌス】が止まっている時の中を動けている理由を看破した。

 そして2人は「「…………眼前の敵は異世界人……ッッ!!!」」と叫んだのだったが――無論、このあとも2人の殺し合いは継続された。


 そして21時38分29秒に、シャーリーが発動した時間停止が解除された。

 止まった時の中で行われる魔術の応酬において、なにかに着弾しなかった流れ弾は徐々に絶対零度に近付いていき、シャーリーたちの認識だと大抵10~15秒で動きを停止してしまう。


 逆に、なにかに着弾した魔術は術者、今の場合シャーリーが許可しない限り、その瞬間に動きを止めて、時流が動き始めるとようやく着弾された物に衝撃を与える。


 繰り返しになるが、セシリアが「…………ッッ、2人とも! 担当をいったん放棄! 結界の維持を手伝って!」と叫んだのが21時38分台のことだ。

 要するに、一度目の時間停止が解除されたタイミングから、二度目の時間停止が解除されたタイミング、セシリアが叫んだタイミングまで、着弾、非着弾にかかわらず、止まっていた攻撃は再度動き始め、ほとんど誤差なく結界に衝撃を与えたのだった。


 ここで浮かび上がる謎は1つ。

 時間停止が解除されたということは即ち、シャーリーと【土葬のサトゥルヌス】の戦闘に決着が付いたということ。


 なのになぜ、シャーリーは、そして【土葬のサトゥルヌス】はどこにもいないのか?

 両者、勝ったならいて当然だし、負けても死体が残るはずだというのに――……


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