3章7話 21時24分 エルヴィス、念話する。(2)



 思わずエルヴィスは歯軋りをしてしまう。

 完璧に行き違いだ。だが、悔やむのも苛立つのも後回しにするべきだろう。


「クリスティーナ、念話のアーティファクトを持っているか?」

「こちらにございます」


 と、クリスティーナはエルヴィスにポケットから出したアーティファクトを手渡す。


「もちろんロイとは――」

「念話可能でございます」

「よし」


 エルヴィスは早速、ロイに念話をかけた。

 瞑目するエルヴィス。一方で、クリスティーナはそんな彼を固唾を呑んで見守るばかりだ。


 そして、アーティファクトの向こう側から音が聞こえてきて、無事繋がったことを確信すると、エルヴィスは開眼して手短に用件を伝えようとする。


「ロイか? エルヴィスだ。今、アリシアにイヴのことを任せた。お前は今すぐ星下王礼宮城に戻――……」

『残念だな。俺はお前が望むロイではない』


 アーティファクトの向こう側から聞こえてくるのは、知らない男の声だった。

 感情が死滅しているような声。起伏なんて微塵もないトーン。この世の全てを唾棄するような口調。なにからなにまで絶望しているような、耳にしただけで子どもなら泣き出すほど昏い返事である。


「何者だ、お前」


 殺気を込めた声でエルヴィスが訊く。

 そして念話の相手は意外にも、素直にそれに応じようとした。


『一応、自己紹介をしておこう』


「――――」

『俺は魔王軍最上層部、純血遵守派閥、黒天蓋の序列第6位、【霧】のゲハイムニスだ』


「…………ッッ、魔王軍最上層部、だとッ!?」

『流石に特務十二星座部隊の【獅子】でも動揺するか』


 動揺しないわけがない。

 狼狽して必然だ。


 七星団は今までの魔王軍との戦争で、魔王軍の上級、中級、下級幹部を討ったことは、数が少ないとはいえ確かにあった。

 が、魔王以外の最上層部に関していえば、討ったことはもちろん、いかなる魔術を使っても接点が持てなかった。


 人数も、名前も、種族も、姿形も、固有魔術や魔剣の能力も、全てが謎に包まれていた、魔王軍サイドの最強戦闘集団。

 なんとか生け捕りにした敵を拷問して、そのような階級、集団がある、ということは判明していたが……まず間違いなく、魔王軍最上層部が七星団に触れたのは、今回が歴史上初めてだった。


「なぜお前のような輩がロイの念話に出る? ロイは今どこにいる?」


 少しでも情報を得ようとして、エルヴィスは都合が悪くなって念話を切られる、という事態に陥りづらい質問から会話を始めた。

 この場合にこのような質問をするのは、もはや小説や演劇に当てはめるならテンプレートと言っても過言ではない。


 ゆえに、予め考えておいた言い訳を披露してくるという可能性も捨てきれなかったが……それでも、エルヴィスはゲハイムニスが答えてくれると推測したのである。

 そうでなければ、根本的に彼は念話に出なければいいだけの話なのだから。


『安心しろ、ロイは無事だ。俺がロイに向けた念話に出たのは、回線を利用したちょっとしたトリックにすぎないからな。信じられないかもしれないが、現段階において、少なくとも俺にロイをどうこうする意思はない。もっとハッキリ言うなら、少なくとも俺はロイを殺さない』

「なら、あの死神はなんだ?」


 死神は今なお、窓の外で災禍を振り撒いている。誤魔化すことは不可能なレベルだ。

 これについても、素直に答えをくれるかは謎だったが、エルヴィスは切られることはない、と、そう推測した。


『話したいのは山々だが、俺にもいろいろ制約がある』

「――――」


 エルヴィスは押し黙ってしまう。

 敵の発言を信じるなんてバカの所業だが、仮に信じた場合、ゲハイムニスには制約があるだけで、話し合いに応じる意思はあるようだった。


 テロリストの要求には従わないのが常識であるように、敵軍の要求にも従わないのはグーテランドの国民なら常識だ。

 しかし、今は少しでも会話を長引かせたい。情報そのものでなくていいから、情報を推測できる発言がほしい。


「……まず間違いなく、お前には目的があるはずだ。それを明かせとは言わない。訊いたところで答えてくれるわけでもないし、答えてくれたとしても普通、それはウソのはずだ」

『まぁ、そうだろうな』


「目的を達成するためには、それに相応の行動が伴ってくる。オレはロイに念話をしたのに、出てきたのはお前。なら、なにかしら俺、いや、七星団に要求があったのではないか、と、そう推測するが?」

『惜しいな、流石、序列第5位の【獅子】だ。戦闘以外でもちゃんと有能そうじゃないか』


「――――」

『しかし、惜しくはあるがハズレだ。貴様は俺と取引かなにかをしたかったようだが、そもそも、ロイと貴様に現状の相談をさせない、コミュニケーションを取らせない、それだけが目的だったからな』


「つまり、オレがロイとコミュニケーションを取ることに成功するのは、マズイ、ということだな?」

『なるほど、確かに普通ならそういう結論に至るかもしれない』


「なら、普通じゃないならどんな結論に至るんだ?」

『それは自分で考えろ』


 引き際を間違えてはいけない。今、ゲハイムニスは答えを誤魔化した。つまり、ここから先がゲハイムニスにとって、知られたくない領域なのだろう。

 ここは一度、話題を変えて、別のことを少しでも知っておこう、と、そういう方針でエルヴィスは念話を再開した。


「想像していたよりも友好的だな、ゲハイムニス。こうして念話にも付き合ってくれるのが証明だ」

『友好的ということを言葉にする、ということは、やはり取引でもしたいのか?』


 まるで挑発しているような物言いだった。相変わらず感情は死滅しているが、語尾の微妙な上げ下げで、そういうニュアンスを察することは可能である。

 厳密には取引をしたいわけではない。理想を言うならば、自分だけが得をして、ゲハイムニスには一切の得をさせない形で、いつになるかは知らないが、念話を終わらせたい。


 エルヴィスはほんの数瞬だけ逡巡する。

 相手の方から取引の可能性を示唆したということは、往けるはずだ、と。


「――――ロイとイヴ、どっちだ?」

『今回はイヴ、とだけ言っておこう。ただし――』


「ただし?」

『少なくとも俺にイヴを殺す予定はない。彼女には、まだ利用価値がある』


 イヴには利用価値がある。

 そのゲハイムニスの発言を、エルヴィスはキチンと記憶した。


 だが、ゲハイムニスは先ほど、エルヴィスの質問に対して煙を巻いたばかりだ。利用価値とやらについて訊いても、再度、煙に巻かれるのが目に見えている。

 ならば先刻同様、話題を変えるべきだった。


「少なくとも俺、という表現を、今までの会話でお前は2回使った。つまり、お前以外にも何者かが暗躍している、あるいはお前の目的と魔王軍最上層部全体の目的は必ずしも一致しない、と、そう考えるのが自然だが?」

『別にそれを隠すつもりはなかったからな。そして、今、確認した』


「確認?」

『たった一晩で歴史上初めてのことを2回も経験させて、七星団には申し訳ないと思っているよ。が、貴様は俺の他に誰が暗躍しているのかを知りたかったのだろう? ちょうどいい。おのが幸運にむせび泣け』


「なに?」


 いぶかしむエルヴィス。

 しかしゲハイムニスが彼の動揺に遠慮することはない。


 彼は、とある階級を声にする。

 その階級は圧倒的だった。


 彼は、とある所属を音にする。

 その所属は驚異的だった。


 彼は、とある称号を言葉にする。

 その称号は絶望的だった。


 そしてゲハイムニスは、その該当者がロイ・モルゲンロートとバッティングした、と、そのように会話を締めくくった。


「…………ッッ、『そんなヤツ』が、お前の他にもう1人!?」


 と、ここで、ゲハイムニスとの念話は切れた。

 そしてエルヴィスは痛感する。死神の顕現は、ただの序章にすぎなかったのだ、と。


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