3章5話 21時18分 アリシア、行動を開始する。(2)



 アリシアに知る由はなかったが、それは必然である。

 すでに魔王軍最上層部の純血遵守派閥、黒天蓋こくてんがいの序列第6位、【霧】のゲハイムニスが作戦を開始して、達成したあとなのだから。


 ゲハイムニスは一石二鳥を狙ったのである。第1特務執行隠密分隊を騙すためという目的と、アリシアにイヴとそう簡単にはコンタクトを取らせないという目的を、どちらも達成するために。

 ともかく、これでアリシアは別の一手を打たなければいけなくなった。


(まずは敵がこの司令本部にまで侵入していたこと、そして側近が死んでしまったことをセシリアさんの報告。そして、そうですね……私がここにきた一連の流れについては『セシリアさんは全ての特務執行隠密分隊に指示を飛ばしていると推測』『つまり多忙だから、第1特務執行隠密分隊だけに別途の指示を通達するのは私が代わりにしようとした』『そして一応、正規の通達役であるこの人のもとを訪ねた』ということにしておきましょう。なぜ第1特務執行隠密分隊にだけ別途の指示を? と、追加で訊かれましたら、『イヴさんの性質を鑑みた結果、よりよい運用方法を個別に与えるべきだと判断した』とでも答えておきましょうか)


 違和感を覚えないわけがない理論だった、この際、やむを得ない。考えをまとめると、アリシアはすぐにセシリアに念話をかける。

 すると、すぐに彼女は反応してくれた。


『もしもし? アリシアちゃん、さらになにかあった?』

「セシリアさん、落ち着いて聞いてください」


『んんっ?』

「あなたの側近が死体となって発見されました」


『…………っっ!?』


 その後、アリシアは先刻に考えたとおりのことをセシリアに話す。


 第1特務執行隠密分隊、具体的にイヴには別途の指示、特別な作戦を与えた方がいいと考えた(無論、これは建前で、アリシアは本心では、イヴの戦略的撤退を望んでいたが)。

 なぜならそれは、戦力の運用の効率化を求めたから。


 側近は先刻の会議に参加していないから、あの会議に参加していたのは特務十二星座部隊の12人だけだから、イヴの特異性について知らない。

 ゆえに、自分がその側近のもとに赴き、イヴの特異性を説明するつもりだった。


 自分はイヴの連絡先を知らないから側近に代わりに。

 側近はイヴの特異性を知らないから、自分が側近にそれを。


 そのような感じの説明を受けると――、

 セシリアは――、


『アリシアちゃん、それ、ビンゴだね……』


 比較的落ち着いた声でセシリアは言う。

 だが、それが上層部の団員としての強がりであることぐらい、アリシアにはわかっていた。


 側近が殺されたのだ。側近なんてたとえビジネスライクだったとしても、仲がよくないと務まるわけがない。

 逆に邪険な関係だったならば、軍務に悪影響さえあるのが必然だ。


 しかし、セシリアはそれでも、現状を鑑みて冷静さを失わない。

 だからこそ、アリシアもいちいち訊くのは失礼、かつ、時間の無駄と判断して、別のことを追求する。


「ビンゴとは?」


『今の事情の説明、アリシアちゃんにしては少し不明瞭なところ、論理的ではないところが目立った説明だったんだけどね? イヴちゃんだけに特別な指示を与えるところとかが、特に』


「はい」


 不明瞭な説明になってしまったのはやむを得ない。

 そもそも今セシリアにした説明は本当のことを話せないから、仕方がなく作り上げたフィクションなのだ。辻褄があわなくて当然の代物である。


 が、やはり指摘のポイントが多くなってしまったのは免れなかったようだが……それでも、なぜかそれを受け流されたことにアリシアは感謝する。


 しかし、だからこそ問題視すべき、という考えもアリシアにはあった。

 要するに、なぜ受け流されたのかがわからない、と。


 そして、その疑問に答えるようにセシリアが――、


『結果論だけど、それでよかったよ。問題なのは、それが少し遅れてしまったことかな』

「と、申しますと?」


『イヴちゃんが所属する第1特務執行隠密分隊にだけ、連絡が取れない』

「…………ッッ」


 今度はアリシアが動揺する番だった。

 確かにイヴには別途の指示が必要だった。根拠は曖昧だが、結果的にはアリシアのそれは正しかった。なぜならば、すでにイヴはなにかに巻き込まれているから。


 これをなんて表現するのか、それは子どもでも知っている。

 あとの祭りだ。


『アリシアちゃん、今、たぶんまだ建物の中にいるんだよね?』


 急にセシリアはアリシアにそのようなことを確認する。

 アリシアは流石に自分でも質問の意図を把握しきれなかったが――、


「? ええ」


 と、一応、素直に肯定しておく。

 するとセシリアは次に指示を飛ばした。


『屋根の上に空間転移してみてくれない?』


 指示されたとおり、アリシアは七星団の司令本部の屋根の上に跳躍する。

 そこに広がっていたのは――、


「ッッッ!!! まさか……ここまででしたか。王都が炎上しているなんて……ッッ!!!」


 驚愕するアリシア。

 彼女だって当然、なにか巨大な敵の攻撃が展開されたことには気付いていた。特務十二星座部隊の序列第2位、【金牛】である彼女ともあろう者が、これに気付けないわけがない。


 ただ、アリシアだって神様ではない。

 いかに魔術で人智を超えた領域に踏み入れようとも、人は人で、エルフはエルフ。逆に、魔術を修めて自身を神様と勘違いして、魔術で全てを解決できると考える人ほど、いつかそう遠くないうちに破滅する。


 とにかく、アリシアが表の様子に気付かなかったのは、少なくともセシリアには納得できたことだったが、一方、そのアリシア本人は王都炎上よりも個人的には重大な事態に気付く。

 即ち――、


「あの魔術防壁は――」

『アリシアちゃんのところからも見えるんだね? うん、イヴちゃんのモノだよ』


 つまりイヴに連絡が取れなかったのは、そもそも連絡を取ることになった原因、死神を、その本人が対処しているから、ということである。


「セシリアさん」

『言わなくてもわかっているぞ☆ アリシアちゃんはイヴちゃんの救出に行って! あの死神はいくらセッシーを上回ると言っても、成長途中のイヴちゃんじゃ対処できない。セッシーは他の特務執行隠密分隊の指揮と、アリシアちゃんが抜けた穴のフォローをするから!』


「お手数をおかけします」

『いえいえ、イヴちゃんはセッシーの部下だからね。セッシーの方こそ、お手数をおかけします。ただ、1つだけ問題点が――』


「理解しておりますとも。空間が歪んでいるから、空属性の魔術で瞬間移動ができないのでしょう?」

『うん、かなり厄介な敵だけど、できるよね?』


 セシリアのそれは、大丈夫? という心配ではなかった。できないなんてありえないよね? という期待である。

 真剣な局面なのに口元が緩みそうになってしまうではないか。心配にしろ、期待にしろ、それはこの自分にかけられる言葉、感情ではない。


 この場面で自分にかけるべき言葉は、ただ1つ、命令のはずだった。


 やはりセシリアは特務十二星座部隊の中でも枢機卿ということもあり、だいぶ優しい。

 それを受けてアリシアは――、


「当然でしょう? イヴさんを、そして妹であるアリス、その友達であるシーリーンさんとマリアさんを、死なせるわけにはいきません」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る