1章13話 15日0時 第1特務執行隠密分隊、初戦闘を始める!(1)



 結論を言うと、クリストフに諜報活動がバレたのはマリアのミスではなかった。

 無論、シーリーンとアリスとイヴとのミスでもない。


 実のところ、クリストフは索敵魔術とは別のアンカー魔術を常日頃から発動していたのである。


 広範囲に存在する不特定多数をぼんやり判別する前者に対し、後者はただ1人を的確に認識し続ける魔術だ。

 もちろん今回の場合、イヴがその魔術のターゲットだった。


 索敵魔術は主に近場の魔力と自分に対する敵意、殺意に反応する。

 もちろん、術式の編成の仕方を工夫、通常よりも複雑なモノにすれば、別のなにかにも反応するように魔術を組み上げることも可能だが……。


 翻り、アンカー魔術は特定の個人の居場所を割る魔術に他ならない。魔力や敵意や殺意に反応しない代わりに、狙った相手をどこまでも追い続ける魔術だ。

 発動の一例として、親が少し遠い学校に通う子どもに使うこともある。


 それでイヴはソウルコードの改竄かいざん者として魔王軍にマークされていて、魔王軍内部で彼女の居場所はすでに情報として共有されていたのである。


 畢竟、運が悪いことに、マリアがいくら痕跡を消す魔術を使ったところで、イヴにそれが付着している以上、意味がなかった、ということだ。


 無論、イヴならば魔王軍の魔術を感知できそうなものではあるが、そうではない。

 この魔術は魔王軍だけではなく、普通に七星団、いや、それどころか、日常生活でも使用頻度が高い魔術だ。


 また、4人に知る由はなかったが、この魔術をイヴに発動したのは、魔王軍のスパイではなく、通常の、裏切り者ではない七星団の団員なのである。

 ただ、魔王軍に与していないまま、命令を絶対順守する魔術を使われているだけで。


 とにかく、このような事情が重なり、アリスとイヴは先手を許した。

 しかし――、


「ほぅ? イヴ・モルゲンロート、確かに君は無傷のようだが、他はどうだい? アリス・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタインは今も倒壊した宿の下敷きで、他の利用客なんかは、すでに死んでいるかもしれないよ?」


 挑発するように、身長の都合もあるが、とにかく見下すようにクリストフは語る。

 双眸は冷ややかで、口調は軽薄極まりない。


 しかし逆に、イヴはそれに嘲笑で返そうとした。

 バカにするような態度を取られたのだ。バカにし返すのは当然の反応でしかない。


「ハッ、わたしがそんなことを許すなんて、ありえないよ」


 言われると、クリストフは訝しむ。どこか、あまりにもイヴが余裕すぎたからだ。

 イヴの性格を鑑みると、仲間の死を軽視する傾向にあるはずがないし、まさか、無関係な一般人の巻き添えを許すなんてありえない。


 強がり、虚勢か。

 否、クリストフは首を横に振る。


 強がりにしては、あまりにも動揺が見受けられない、と。

 彼女は間違いなく強敵だが、まだ自分の感情を上手くコントロールできる成長段階にはない、と。


「それにしても、お前の今の行動はおかしいよ」

「なんのことだ?」


 まるで天気の話をするみたいに、フラットにイヴは語り始めた。

 対してクリストフはお気楽な態度でとぼけるばかり。


「今の大規模な破壊はスパイという役割から大きく逸脱した行為だよ? 目立つのは当然で、絶対に近隣の住民や歩行者が、七星団に通報すると言い切れる。もしかして、ツッコミ待ちのギャグなのかな?」

「まだまだ子どもだね、イヴ・モルゲンロート」


 殊更ことさら挑発するようにクリストフは続ける。

 それを、イヴは『とある思惑』があり、攻撃しないまま聞き続けようとした。


「物事には、常に優先順位というモノが存在する」

「それが?」


 と、イヴが心底不機嫌そうな表情かおで問う。


「シンプルに、俺は予め指示されていたことに従ったまでだよ。なんでもいい、イヴ・モルゲンロートに関連することが発生しそうなら、たとえスパイという役目から逸脱した行為をすることになっても、それ専用の別枠マニュアルに従え、という指示にね」


「情報ありがとうだよ。お前を殺したあとで、そのマニュアルとやらも探させてもらうよ」

「それだから子どもだというのだ。マニュアルは全て頭に叩き込んでいて、本体はすでに焼却ずみだ」


「なら、頭蓋を割って、脳を剥き出し、魔術で記憶を弄らせてもらうんだよ」

「光属性魔術の申し子とは思えない発言だな」


 実にやれやれ、と言いたげに、クリストフはオーバーアクションで肩をすくめる。

 対して、イヴは【絶光七色】を待機状態のまま指先に宿し、その銃の形を真似るような人差し指をクリストフに向けて――、


「辞世の句はそれで終わりでいいんだよね?」

「それはこちらのセリフだ」


 瞬間、再度、凄絶に凄絶を重ねたような殺し合いが開始する。

 イヴは初手から【絶光七色】でクリストフにヘッドショットを決めようとした。


 結果、大気中の光属性魔力はイヴにより燃え盛るように轟々と消費され、視界は太陽の白熱のように煌々と明滅する。

 刹那、ゴッッ、という天地開闢のごとき爆音が王都の夜に響き渡った。


 しかし、クリストフは物理透過の魔術を自分の肉体に予め発動していて、それを事実上の無効化。

 クリストフをすり抜けた【絶光七色】が彼の背後の建物に直撃し、爆発を以って砂塵さじんを舞わせるのは必然でしかない。


 ここまでの応酬は実に0・00001秒にさえ満たない刹那の所業だった。

 そして、そのイヴの魔術による爆発と同時に――ッッ、




Die ursprünglicheありのままの Welt世界よ! Natürlicheあるべき姿の Realität現実よ!


Bitte魔術 vergibによる die Erosion des法則の浸食を、 Gesetzesどうか durch Magie赦し給え!


Bitte人間 übersehenの傲慢 Sie die menschlicheどうか Arroganz免じ給え!


Ich私は bete祈る. Ich私は hoffe願う.


Ich glaubeその, dass das贖罪 Sühnopferにより auf einmal一瞬 in dieでも Weltありの zurückkehrenままの世界 wirdを、, wie es ist今此処に!


――【 零の境地 】ファントム・アリア――!!!」




 発動するマリアの魔術無効化魔術。無論、クリストフの物理透過魔術に対してだ。

 クリストフの行動がマニュアルどおりならば、イヴたちの行動だってマニュアルどおりだった。


 即ち、こういう場合、会話でもなんでもいいから時間を稼いで、クリストフを4人で包囲する、というマニュアルどおりだ。

 要するに、時間を稼いで配置に付くというのが、前述のイヴの『とある思惑』ということになる。


【零の境地】をクリストフに発動したマリア、及びシーリーンは近場の建物の屋根の上にいた。しかもイヴの射線か外れているのに、比較的クリストフの背後に位置する建物だ。

 どう考えても、クリストフにイヴという化物と対峙しながら、2人のアシストを対処できる道理はない。


 しかし――ッッ、


「マリアさん……ッ、後ろ!」

「えっ!?」


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