4章11話 11時00分 シーリーン、完全に幻影魔術に囚われる!(3)



「なんだ『アレ』はァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッッ!!!」


 ジェレミアの視界一面をどす黒い茶色で覆い、全てを地中に沈めるように崩落するのは――圧倒的な物量の土砂だった。

 明らかに過剰な水分を含んで地滑りを起こしてしまったそれは、まるで大陸の終わりのような超々々大轟音を響かせつつ、沿彼に絶望的な迫力で接近する。


 逃げ場なんてどこにもない。魔術が使えようと関係ない。

 人間の力が微塵も及ばない大自然の驚異を前に、ジェレミアごときが今から走ったところで回避できる道理がなかった。


 土砂崩れの横幅は優に100m以上ある。その上、高さだって跳躍して回避できるほど生易しいモノではなかった。

 地形そのものを利用した攻撃からしたら、ジェレミアなどただの塵芥にすぎない。


 その最上の証明として、無残にも、無様にも、ジェレミアはまるで古竜の突進のように迫りくる土砂に飲まれてしまったのだった。




 そして――、

 30分後――、




「クハァ! ハァ……、ハァ……、クソがァ! 肉体強化の十重奏デクテットはやはりキツイか……ッ! もう魔力が空っぽだ……ッ!」


 奇跡的にも、ジェレミアは地上に生還を果たした。

 本人の言うとおり、魔力はもう皆無だったが、呼吸が楽な状態に戻れただけでも上等だろう。


 ちなみに、今の彼は右腕と胸元だけ地面から出ている状態だ。

 他はまだ地中に埋まっていて――つまり、この状態で襲われたら逃げることなど不可能である。


「まぁ、問題ない。あのいやらしい身体で遊べなかったことは残念だが、気絶していたシーリーンがこの土砂崩れから生還できるはずがない。これで、オレの勝ちだ」

「――――それ、勘違いだよ?」


 ゴリ――――と。

 何者かが明らかに肉体強化している脚力で、ジェレミアの後頭部を踏み付けた。


「………………は?」

「そして、少しでも魔術の気配を感じたら、頭に【魔弾】を撃ってやる。最終的にはもちろん殺すけど、せめて死ぬ前に、一言ぐらい謝罪してほしいよね」


 絶望するジェレミア。

 絶望なんて、この試験が始まってから初めてのことだった。


 冷や汗がすごい。眩暈もするし、吐き気もする。気持ち悪さで死ぬのではないか、というぐらい気持ちが悪い。

 上下の歯がガチガチと音を鳴らすし、トドメと言わんばかりに、自分が貴族ということさえ忘れて、地面の下で失禁さえしてしまった。


 自分が終わるのだ。

 因果応報ではあるが、これは死を前にした人間にとって健全な反応である。


「し、ししし、っっ、シーリーン……? なんで……? どうして……?」


 みっともなくて、笑いがこみ上げてきそうなほどの動揺。

 声にそれを滲ませまくり、ジェレミアは自分の背後というか頭上にいるシーリーンに問う。


 しかし、質問の割には質問したいことが伝わってこない。

 ゆえに、そのような言葉は無視することに決めて、シーリーンは心底上機嫌にこう言った。


「これでシィの勝ちだね♪」


 と、まるで天女の種族らしからぬ小悪魔チックな笑みで。

 だが、翻ってジェレミアは我慢できない……ッ! と言いたげに、唾を飛ばすほど怒り狂って彼女に吼える。


「なにがシィの勝ちだ!? なにが頭に【魔弾】を撃ってやるだ!? このオレをおちょくるのも大概にしたまえ! 偶然! 奇跡が起きて! 運よく土砂崩れから逃れただけだろう!? そんなのはキミの実力ではない! ただの不条理にすぎない! 絶対に試験官が仕切り直しを宣言してくださる! もう一度だ! オレがここから出たら、今度は真正面からオレを倒してみろよ!」


 ジェレミアは精一杯、粋がる。虚勢を張る。本当はお前よりもオレの方が強いんだぞ、と、威嚇する。

 けれど、それに対してシーリーンは呆れすぎて笑ってしまうだけだった。


「なにがおかしい!」

「今言ったばかりだよね? それ、勘違いだよ、って」

「なにぃ!? まさか、なんらかの方法で【幻域】から逃れて……ッ!?」


 怒鳴るジェレミア。身体の8割以上が地面に埋まっているのに威勢がいいのは、笑いを誘うほどシュールであった。

 翻り、シーリーンはただ静かに首を横に振って、淡々と説明するだけ。


「ううん? シィは間違いなくあなたの幻影魔術に捕まったし、連動して意識も失った」

「ならなにが勘違いなんだ!?」


「あなたが勘違いしているのは、シィがこの土砂崩れから生還できるはずがない、ってところ。というより、自分で仕組んだ土砂崩れなのに、セーフティゾーンを用意していなかったら、ただのバカだよね?」

「…………ッ」


 言葉を失ってしまう。ジェレミアは、今こいつ、なんて言った……、と、彼女の言葉を反芻はんすうする。

 しかしいくら脳内で発言を繰り返したところで、現実はなにも変わらない。


 シーリーンは間違いなく言葉にしたのだ――、

 ――この土砂崩れは自分が仕組んだということを。


「待て! おかしいじゃないか! 意識を失っている間は魔術を使えない! もしかしたら特務十二星座部隊レベルになれば話は別かもしれないが、これは魔術の基本中の基本だぞ!?」

「そう、それはマリアさんが言っていた魔術の守るべき原則の1つ。誰であろうと知っている常識、固定観念で――だからこそ、あなたを簡単に誘導できた」


 もはや勝敗は決している。

 なのに叫ぶジェレミアのそれは、ただの負け犬の遠吠えだった。


 威勢がいいのはすでに口だけ。もう、ジェレミアの心はゴミクズのようにボロボロだった。

 今にもジェレミアは泣いてしまいそうである。当たり前だろう。今まで自分が見下してきた相手に殺されそうなのだから。残酷なぐらい、自分で自分が惨めだと思えてしまった。


 一方でシーリーンは――もう、笑ってもいなければ、顔を激怒で歪ませてもいない。

 強く、気高く、美しく、誰もが見惚れるほどの凛とした表情で、今までの宿敵に魔力を込めた人差し指を向け続ける。


 そして彼女は言うのだった。

 この戦いを締めくくる質問を。




「ねぇ、シィがなんの勝算もなく、ただ考えなしに戦い続けていると思った?」




「なん……だと……」

「全ての答えはこれに描いてあって、絶対にあなたも持っているはずなんだけどな」


 言うと、シーリーンはポケットから1枚の紙を取り出して、ユラユラとジェレミアの顔の前に落とした。


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