4章3話 10時13分 シャーリーとベティ、期待する。



 山に続く馬車道の入り口で、3人の七星団の団員が試験の終了まで待機していた。

 1人は残りの2人の付き人であり、その残った2人のうちの片方はシャーリーである。で、そこにいた3人のうち、最後の1人は――、


「暇であります!」


「微妙――時間を持て余していることは事実だが、これも立派な仕事の1つ。私めたちにとっては簡単な仕事ではあるが、手を抜く道理はどこにもない」

「もちろんであります! 暇であることと気を抜くことは同義ではありませんので!」


 日常会話でもやたらハキハキと受け答えする彼女は特務十二星座部隊の序列第8位、【天蠍てんかつ】の召喚術師、ベティ・ディートリヒだった。

 普通ならこのような入団試験、試験官は人事の団員が担当するのだが……なぜか、今回に限ってシャーリーが「提案――次の入団試験の試験官は私めが担当したい」と言い出したのである。


「それにしても、感謝――今日は私めのワガママに付き合ってくれてありがとうございます。私めは時属性の魔術が得意だが、空間転移はからっきし。人間も対象の召喚術を使えるヴァーメイカー様が同行してくれて、本当に助かった。試験終了後、受験者たちを回収しやすい」


「滅相もありません! たまには次世代の兵士の誕生を間近で見るのも、上に立つ者の義務であります!」

「同意――特に、今日は特別だから」


 一般人ならベティの会話の相手は相当疲れるはずだが、どうも彼女と同じく、シャーリーもマイペースで、良くも悪くも他人のペースに興味がなかった。

 だからこそ、こんなベティとでも自然体な言葉の応酬ができていたのだろう。


 だが、2人の付き人、2人がこなかった場合、本来試験官を担当していた男性。彼は2人の会話を聞いているだけで、相当頭が痛くなっていた。

 シャーリーもベティも変人ではあるが上官である。部下としてはどんなに変人でも、このやり取りに付き合うしかない。


「そ……っ、それで、シャーリー様、本日の試験が特別という、そのわけは……」


「失敬――あなたにも礼を述べる。ありがとうございました。本当は試験官だったはずなのに、代わりに試験官ではなく補佐官をやってもらって」

「いえいえ! たとえ補佐官であっても、特務十二星座部隊の補佐官であれば、やりがいがあるというものです! どうか、お気になさらず」


「受理――それで話題を戻すが、私めは今回、1組の戦いに注目している」

「あぁ! セシリア様がお目にかけていると噂の、イヴ・モルゲンロートさんですね」


 イヴのことは特務十二星座部隊でも話題になっていた。

 本来ならイヴの取り扱いはデリケートであるため、特務十二星座部隊を始めとする上層部だけで情報を留めるはずが――「あの48歳の【処女】、セシリア・ライヒハートが直々に七星団への入団を薦めた!」ということで、入団にまつわることに関して言えば、七星団全体で話題になるようになってしまったのである


 たとえば、イヴの兄はあのロイ・モルゲンロートだそうだ! やはりあの血筋には優秀な子どもができやすいのか! とか。

 たとえば、イヴは【絶光七色】アブソルート・レーゲンボーゲンを詠唱零砕できるらしい! とか。


 ゆえに、2人の付き人である補佐官も、シャーリーの言葉で納得する。


「なるほど、やはり噂は本当だったようですね。シャーリー様が直々に視察にこられるなんて」


 感心したように付き人の男性が言う。

 しかしシャーリーは――、


「訂正――私めが注目しているのはモルゲンロート様の妹様ではない」

「ぅん? と、仰いますと?」


「回答――彼女と一緒に馬車に乗っていた金髪の女の子の片方、シーリーン・エンゲルハルト様に注目している」

「えっ? ど、っ、どちら様、でしょうか……?」


「開示――モルゲンロート様の恋人。少しモルゲンロート様の周辺に用事があって、偶然、試験用に用意された受験者全員の身辺調査書の中に含まれていた仲良し4人組のそれを読んだのですが――その時、強いかどうかは置いておいて、私めはイヴ・モルゲンロートよりもシーリーン・エンゲルハルトの方に興味を持った」


 その回答に補佐官は言葉を失った。なにを言っているんだ、この女性は……、と。というより、そんな名前の受験者を覚えていない、と。

 そしておっかなびっくりという感じで、補佐官はシャーリーに質問した。


「あの……それはなにかの間違いでは? 失礼ながら、そのシーリーンさんという受験者を、私は名簿を確認しないと思い出せませんし、仮に記憶に残るぐらいの受験者だとしても、今回の試験でイヴさんを差し置いて他の受験者に注目というのは……。強いて言うならベルクヴァイン卿の御子息かと……」


 まるで平身低頭という感じで、補佐官はシャーリーに進言する。

 が、それに対する否定は別のところから聞こえた。


「間違いではありません。自分も誰かひとりを注目するなら、イヴ殿ではなくシーリーン殿に注目するのであります」


「ベティ様もですか!?」

「シーリーン殿とイヴ殿、比べれば間違いなくイヴ殿の方が強いですが――彼女の試験の勝敗など、すでにわかりきっていることではありませんか。重要なことですが、気になることではありません。まぁ、言ってしまえば、七星団にとってイヴ殿がエースになれる天才なら、シーリーン殿はジョーカーになれてしまう異彩の持ち主ということですよ。予想外のことが起きるとしたら、十中八九、彼女の仕業でしょうね」


「そ、そこまで、なのですか……?」

「自分もシャーリー殿に誘われて身辺調査書に目を通してみれば、それはやはり、強いか否かは置いておいて、面白いモノでありましたね。確認すればわかることでありますが、シーリーン殿は前回の大規模戦闘の前に、ツァールトクヴェレでスライムを倒しているのであります」


「あの物理攻撃無効化、身体再生能力を持つスライムを!? いや……、しかし……、よく考えてみれば、雷属性の魔術を使えば、まぁ、一応……」

「否定――彼女は当時、使える魔術が4つしかなかった」


「たったの4つ!? それこそなにかの間違いでは!?」

「詳細――彼女が使えた魔術は【魔弾】と【光り瞬く白き円盾】と【強さを求める願い人】と【癒しの光彩】のみ。雷属性の魔術は1つも覚えていなかった。だが、彼女はスライムを温泉の源泉に突き落とし、ゆでて殺すことで撃退に成功。無事に生還を果たした」


「敵をゆでて殺す、ですか……? よくそんな方法を……」

「拷問や処刑ではよく見かける手段ではありますが、それを命懸けの実戦で思い付き、そのまま実行してしまうのは、この自分からしても、簡潔に言うならば驚愕であります」


 実際、特務十二星座部隊の一員だろうと関係ない。

 ウソ偽りなく、その点に関して言えばベティはシーリーンを正当に評価していた。


 殺し合いは命懸けなのが当然だ。負ければ普通に殺されるし、勝つためには敵だろうと意思疎通できる相手の命を奪うしかない。しかも長引けば長引くほど体力も気力も削られる。

 不屈の闘志とか諦めない心とか、そういう精神論をバカにできない実戦において、殺されるかもしれないのに、最後まで冷静さを失わずに策を弄したのは、間違いなく評価に値した。


「は、はぁ……、しかし、最後に1つだけ質問をお許しください」


「問題ありません。どうぞ、であります」

「確かにシーリーンさんの機転は素晴らしいものだったと、聞く限り思いました。しかし、それを聞いた今でも、私でしたらシーリーンさんよりもイヴさんの方に注目します」


「嘆息――まだ言うか」

「いえいえ! もちろんキチンとした理由があってのことです!」


「疑問――それは?」

「なぜならば、単純にイヴさんの方が、少なくとも一見した分だと優秀だからです。もちろん、シーリーンさんを蔑ろにしているわけではなく、誰と比べてもイヴさんが飛び抜けてしまう、という意味ですが」


「一応、そこまでは理解したのであります」

「それで話を戻しますが……今書類を見ましたが、シーリーンさん、今日の時点でも使える魔術が5つではないですか!? これでどうやって勝利なんて……」


 すると、シャーリーは真剣な顔付きになり――、


「質問――使える魔術が5つと魔術師と、その倍以上、仮定として15個の魔術師、どちらができることが多い? ヒント、この質問は2択ではない。というか、問題として破綻している」


「は……っ、まさか……」

「気付いたようでありますね。お察しのとおり、そんなの使い手次第なのであります。1つの魔術でできることが5つある人が、5つの魔術を覚えていた場合、できることは25個。一方で、1つの魔術でできることが1つしかない人が、15個の魔術を覚えていても、できることはたったの15個。つまり、自分たちはシーリーン殿に、今回のテストで戦術力を見せてほしいのであります」


「戦術を練る力……、ですか」

「そのとおりであります。自分とシャーリー殿が値踏みした感じでありますと、近年、稀にしか見れないほど、シーリーン殿には1つの魔術で複数の使い道を思い付く発想力が宿っていると感じました。自分たちはそこに期待しているのでありますよ」


「特務十二星座部隊のお二方が、揃って評価なされるほどの期待ですか」

「実戦経験という名の記憶を引き継いで弱かった過去の自分に戻れたとして、スライムと戦う時にこの4つしか魔術を使えないようであれば、自分は撤退するか死ぬかの選択しかできません。条件を揃えた時、彼女は自分にできないことをやってのけた。それを評価して、参考にするのに、自分より弱いか否かは関係ありません。弱者からもなにかを学ぼうとしなくなった瞬間、人の成長はそこで止まります」


「肯定――対戦相手がトラウマの元凶なのは本当に偶然で、少しは同情する気持ちもあるが、恐怖に屈するようでは、戦場でも同じようになって、死んでしまう。だから、ツァールトクヴェレの時のように、私めたちにも見せてほしい。圧倒的な実力差を覆す戦術を」


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