3章2話 一騎当千、そして星面波動(2)



 刹那、エルヴィスの姿が残像をその場に置き去りにして掻き消えた。

 そして次の刹那には、眼前の端から端まで広がるほどの大群をなす死体たちを難なく突破して、100m前方への跳躍を事もなげにこなす。


 たった1回地面を蹴っただけで、再度音速の壁を突破して、地面とほぼ水平に跳び続ける。

 その所業はもはや、跳躍と言うよりも滑走と言う方が適切なほどだった。


 ならば必定、さらに次の刹那には、彼の通った道は見るも無残な焦土と化して、その進路の周囲にいた有象無象の塵芥は、古龍の咆哮にも等しい衝撃波を以って、その胴体と四肢を爆散させながらちゅうを舞う。

 今度は500にも及ぶ死体が爆散したかもしれない。


 思考能力がどれほど低下しているのかは不明だったが、喉や肺がある以上、衝撃を叩き込めば空気は肉体から漏れざるを得ない。凄絶な悲鳴が晴天に木霊し、すでに死んでいるというのに阿鼻叫喚がグールたちに広がった。

 断末魔と呼ぶにはあまりにもすぐ途切れ、持続性のないその刹那的な叫びはまるで、グールたちがようやく楽になれる、と、救済を見出した鎮魂歌レクイエムのようでさえあった。


 爆散した死体の肉片と残留していた腐りかけの血液の雨。

 世界一醜悪で、ゆえに戦場に最も映える天気雨は降り注ぐ。


 それを鬱陶しいと言わんばかりにエルヴィスが聖剣を振うと、彼を爆心地として、その降り注ぐ死体の諸々は彼に触れる前に適当などこかへ、やはり埃のように飛ばされた。


「見たか? これが『一騎当千の速さ』だ。そして――」


 不意に、エルヴィスが遠くを見据える。

 彼我の距離はおよそ5km程度だろう。


 そこに存在し始めたのは絶望の大砲と、その中で産まれようとしている暗黒の砲弾だった。絶望よりも昏くて、暗黒よりも暗い『その魔術』は蠢く虫を一ヶ所に集中させるように、戦々恐々を振り撒くように胎動を始めた。

 約5km先のそこでは、動く死体たちが自らの死滅している脳の演算機能、加えて魔力を寄せ合わせ、Sクラスの闇属性アサルト魔術を撃とうとしている。


 だが、実に他愛もなく、児戯に等しい。そのようにエルヴィスは一瞥しかしない。

 確かに斬撃そのものを飛ばすことはできないが――別に事前に、聖剣を振りかざして爆風を大砲のように撃つことで、その闇属性の魔術の構築を防ぐことも簡単だったが、それではあまりにも興醒めだった。


 ゆえに、ここでエルヴィスは教育の時間を始める。

 敵を眼前に控え戯れるのは三流のすることだ、と。しかし、おのが背中にいる配下に自らの勇姿を魅せながら戦うのは一流のすることだ、と。


 刮目せよ――ッッ、オレは一流だ――ッッ、と、エルヴィスは聖剣を前方に構える。

 そして数秒後――、


「「「「「アアアア……アア……アア……アアアアアア……アアッッッ!」」」」」


 闇属性のSランク魔術【闇のディエ・シュトラーフェ・ダス・法王が下すフェアブレッヒェン・ダス・ディエ・罪の罰】ドゥンケルハイト・ブリンツが発動する。

 その効果は至って単純で、闇属性の魔力を、その量の分だけ敵を撃ち滅ぼす衝撃に変換するというモノだ。


 無論、これだけならBランク魔術にも届かない。

 しかし、この魔術は『1人分の闇属性の魔力があれば1人殺せる』というルールに基づいており、しかも今現在に行われたように、100体近くで連携を図ることも可能だった。


 つまりそれは――、


「フッ――普通ならオーバーキルだろうな。着弾地点に100人いれば、その全員を殺せる大砲なんて」


 ――エルヴィスたった1人に対してそれを使った、と、そういうことである。


 だが、彼は慌てた様子も焦る様子も微塵も見せず、悠然と聖剣を構えるだけだった。

 眼前にはオオオオオオオオオオオオオオオ……オオオオオ……ッッ…………!!!!! と、おぞましく耳が穢れる音を大気中に唸らせながら迫る闇の大魔術。加えて、遥か後方にはレナードを始めとする自分に付いてきてくれている配下たち。


 たとええいくら敵の魔術が速くても、特務十二星座部隊の一員であるエルヴィスにかわせない道理はない――、

 ――が、逆に躱す道理もどこにもなかった。


 躱せるが、あえて躱さない。なぜかと訊くのは愚問だろう。その行動の意味は彼本人の威厳にあった。

 威厳を示し、最強であることを誇り、自分の存在が、自分が自分である理由が、宇宙の星々の全てを勘定に入れて、なお、唯一無二、絶対孤高であることを知らしめる。


 真っ向勝負は望むところだった。エルヴィスはアレを真正面から斬り捨て、彼我の実力差を骨の髄まで思い知らしめることを決定する。

 そして、さぁ、魅せようじゃないか――と、彼に怖いぐらい愉快そうに笑い、獰猛な獣のように犬歯を見せるのだった。


「「「「「――――――ッッッ!!!!!」」」」」


 一瞬、意思疎通が不可能なグールたちでさえ、直感と本能で怯えずにはいられなかった。

 そして、空気がない宇宙にまで響きそうな大々々爆音が轟き響く。森羅万象に有無を言わせない絶望的な黒色に輝く光が、エルヴィスと、彼の周辺を襲撃した。


 まるで神の鉄槌、まさに竜の咆哮。

 有象無象の塵芥は貴様の方だ、と、言外に強がるようなグール陣営のウソ偽りない渾身の一撃だった。。


 まるで大気中の全属性の魔力が闇属性の魔力に汚染されるような瘴気の中、炎の黒煙よりもさらに色濃い闇色の土煙が舞い、そこの大地は闇の魔術を以って抉られた。

 超々々巨大なクレーターを穿ち、天変地異さえ可愛く思えるような大地の変形を成すほどの攻撃だ。だがしかし――、



「――――この程度か!? オレを殺したかったら、この10倍は持ってこい!!!」


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