3章6話 昼過ぎ、そしてランチ(2)



「それではみなさま、ご注文はお決まりでございますか?」

「ボクはサンドイッチかな」


「シィもサンドイッチにします」

「私はパスタ」


「わたしはグラタンだよっ」

「わたしもアリスさんと同じで、パスタにしますね」


「アタシはピザ!」

「わ、っ、タ……シ、は……海鮮サラ、ダ…………にします」


 これで残るはヴィキーだけとなった。

 しかし、彼女はメニュー一覧に書かれた文字と睨めっこしているだけで、一向に注文が決まらない様子である。


 レストランが初めてと言っていたが、なにか迷ってしまうことでもあったのだろうか?

 そのように最年長のマリアが察して、和やかにヴィキーに話しかける。


「ヴィキーさん、なにかお困りですかね?」


「庶民のレストランなんて滅多にこられませんので、頼む物をなるべく厳選しているところですわ」


「レストランに滅多にこられない立場の女の子って、いったい……」


 と、謎の戦慄を隠せないリタ。だが、彼女のそのリアクションも一応、ロイには理解できた。

 確かに、レストランに滅多にこられない立場の女の子なんてあまりいない。金銭的に余裕がない未成年だろうが、流石に親とくる機会があるはずである。


「ちなみに、全部注文するわけには――」

「いきません!」


 即行でロイがツッコム。まさか本当にこのようなことを口走る大金持ちが世界にいるとは、露にも思わなかったのだ。

 このままでは埒が明かない。ということで、ヴィキーは彼女曰く、これぞザ・庶民ですわ! と言い張りピザを頼むことにした。


 数分後――、

 これ以上は特になく、無難に全員分の料理がテーブルに並んだ。


 だが、みな一様に自分の料理に手を付けない。

 他人の食べるところをジロジロ見るのはマナー違反と理解しつつも、固唾を呑みながら、ヴィキーがピザを食べようとするシーンを見守っていた。


 果たして、ヴィキーはどのような反応をするのか。

 全員、あのティナでさえ、興味津々であった。


 そして、ヴィキーは桜色の艶やかな唇を「あ、ん……」と開き、ピザを一口、口の中に含んだ。

 続いて音を立てず、そして手で口元を隠しつつ優雅に咀嚼して、最後に飲み込む。


「――ピザですわ」

「……それで?」


 という質問をするロイ。

 彼本人はもちろん、他のみんなも期待していたのだ。ヴィキーならもっと面白い反応をしてくれると。


「それで、と、促されましても……ピザはピザでしかなく、ピザ以上でもピザ以下でもないでしょう? 食べてみても一般的なピザで、一口で、あぁ、これはピザですわ、という感じのザ・ピザでしたわ」


 ピザがゲシュタルト崩壊しそうだった。

 自分がおかしなことを言ったか否か、珍しく不安になったヴィキーは周囲を見回す。


 苦笑いするロイに、溜め息を吐くシーリーン。アリスは呆れたように額に手を当てていた。

 また、イヴは明らかに不満げで、即効で気分を切り替えたようにマリアは水を飲んでいる。リアはつまらなそうにヴィキーを睨み、ティナはオドオドオドオドしていて、唯一ニコニコ笑顔を崩していないのはクリスティーナだけだった。


「なんですの!? わたくし、なにかおかしなことを言いました!?」


「違うんだよ、ヴィキーっ! なにかおかしなことを言ったんじゃなくて、なにもおかしなことを言っていないからこうなってんだよ。ヴィキーのキャラ的に、おかしなことを言うことをみんな期待していたのにぃ!」

「リタ様、わたくしにケンカを売っているんですの?」


「ヴィキーさん、シィ、キャラクター性はとても大事だと思うんだよね。ヴィキーさんがおかしなこと言ってくれないと、いわゆるお約束が発動しないわけ。シィはガッカリかなぁ……」

「理不尽ですわ!」


「大……丈……夫、だ、よ……、ヴィ、キーさ……ん……。そのぉ……とにかく、大丈夫……だ、よ。……、……、多分……」

「ティナ様!? フォローするなら最後まで責任を持ってフォローし続けてくださいまし!」


「みなさま、せっかくのお料理が冷めてしまっては勿体ないので、温かいうちに食べてしまいましょう」


 このような感じで、9人のランチは進んでいく。

 そうしてほとんど全員が食べ終わり、残りはよく味わって食べるマリアと、一口がとても小さいティナだけになったところで、不意に、ロイが席から立ち上がった。


「食事中にゴメン。少し、お手洗いに行ってくるのね?」


 そう言って、目立たないように伝票を持ってロイは席を立った。

 で、トイレには行かず、その伝票に書かれた金額を確認しながら、ロイは清算カウンターの方へ向かう、


 女の子たちにはナイショで、こっそりと会計しておくつもりだったのだ。

 そして、会計を終わらせて、トイレに行った帰りを装って席に戻ろうと、足を一歩、動かしたその刹那だった。


「――少年、一緒にきてもらおうか」


 いつの間にか、ロイの背後には1人の男がいた。

 たまたま近くにあった窓ガラスで、なんとかロイは自分の背後を確認する。


 男の年齢は40代前半だろうか。

 少なくとも、中肉中背ならぬ中肉高背であり、ロイの前世の男性と比較しても見劣りしないほど背が高い。


 そして――、

 ――自分の背中に魔力が込められた人差し指が当てられていた。


 とどのつまり、これは誘拐、そうでなくとも、少なくとも脅しであった。

 この状況で、言うことに刃向かうのは賢明ではないだろう。


「少年、君には今、国家反逆未遂の容疑がかかっている。もう一度だけ言う。一緒にきてもらおうか?」


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