1章11話 挑発のあとで、決闘を――(4)



 控えめに言っても、最高の逸材だった。

 ゆえにアリエルは称賛の念さえ抱きつつ、愉快気に口元に笑みを浮かべる。


 この少年は可能性の塊だ。ここで倒してしまうのが本当に惜しい。

 立場と置かれている現状さえ違えば、この自分、アリエル・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタイン侯爵が直々に魔術の神髄を叩きこんでもかまわない。本気でそう思えるほどに、この少年、ロイ・モルゲンロートには見どころがあった。


 魔術の適性は低いとどこかで聞いたことがあったが――これぐらい魔術の原理に精通しているのだ。

 物理学にも詳しそうだし、アリエルはロイが騎士学部の生徒であることを心底、もどかしいと思う。


「――残念だ」

「なにがですか?」


「まだ中等教育の半ばでありながら、この私にここまで食い下がってくるのに、届かないことが」

「…………」


 不意に、アリエルはロイの頭の上から爪先までを静かに往復させるように見遣った。


「少しでも加減を失敗したら、君は自らの爆発で負けていたぞ? 発想は柔軟だし、胆力たんりょくも凄まじい。しかし、だからと言って自爆を容認するのは賢明ではない。現に今も――負けていないだけでズタボロじゃないか」


 そう、アリエルの言うとおり、ロイの肉体はかなりのダメージを負っていた。

【魔術大砲】が直撃していれば間違いなく負けていたのも事実だが、これまたアリエルの言うとおり、それで戦況が悪化したら本末転倒である。


「確かにボクはズタボロです。けど、魔術が使えない状態の魔術師が相手なら、聖剣を使えるボクの方が――」


 と、そこでロイの言葉は終わった。

 そして次の瞬間、目の前から残像を置いてアリエルの姿が消えたと認識したのと同時に、ロイの腹部に、剃刀かみそりのように鋭いアリエルの肘鉄が撃たれる。


 衝撃でなにもできない。

 ロイがその状態にあることを察すると、次にアリエルは流水のように滑らかな動作で、彼のあごに掌底を叩きこんだ。


 必然、わずかにロイの身体が宙に浮く。

 これをいいことに、アリエルはロイの足が地面から浮いたタイミングで、彼の腹部に回し蹴りを、一発。


 パァンッッ!!!!!

 と、強烈で重々しい、肉が弾けるような音がして、ロイは後方に吹き飛ばされる。


「――カハッッ、ァ!?」

「こんな気持ちは初めてだ。敵とはいえ、前途が明るい若者を倒してしまうのが、本当に悔しい。こうして今、決闘に臨んでいる私自身ですら、君のことを応援している」


 5mほど飛ばされたロイはステージの上で数回バウンドして、最終的には床に打ち捨てられたまま吐血する。内臓、特に腹部の器官が傷付いたのだろう。

 だが、それさえも意に介さず、彼はエクスカリバーを杖のように地面に立てて、それを支えに立ち上がった。


「……肉、体、強……化、の魔、術……ッッ!」

「そうだ。決闘が始まった時点で、予め自分の身体にキャストしておいたのだよ。騎士と戦う上で当然の保険と言えるだろう」


 言うと、アリエルは疾風はやてのごとくロイを肉薄にする。

 しかし今のロイに、アリエルから距離を取る余力は微塵もなかった。


 あごにアッパー、腹部にジャブ、脇腹に右フック。繰り出される連打からのさらなる連打、終わりの見えない連撃に次ぐさらなる連撃。

 確実に意識を刈り取ると言わんばかりに、先ほどよりも剃刀のように鋭いそれが一方的な暴虐を開始する。


「――――ッ」


 翻って、なるべくロイもアリエルの攻撃の間隙を縫って、エクスカリバーを振るう。

 しかしアリエルはその斬撃を最小限の動き躱し、ロイの剣を一度避けるたびに、そのせいでガラ空きとなった胸部や腹部に、拳や蹴りを撃ち込んだ。


 そして――、

 数分後――、


 ロイはボロ雑巾のように殴られ続けていた。

 命を失う寸前で、彼はまだ、なんとか立ち続けている。


 しかし本当にそれだけだ。立ち続けているだけで、一切の反撃ができていない。

 躱されるとか防がれるとか、そういう次元ではなく、攻撃を受けるだけ受けて、もう、剣を握っているだけで振うことができていなかったのだ。これではただのサンドバッグである。


「嗚呼、この少年は――」


 ふと、アリエルは攻撃をやめて呟く。

 観客席からはシーリーンたちの悲鳴が聞こえてくるも、アリエルはそれを無視して、ロイの肩を優しく押した。すると――、


「――――」


 受け身はもちろん、痛みによる発声もなく、ロイは背中からステージの床に倒れ込んだ。


 この少年は、気絶したまま立っていたのか。

 あろうことか、気絶したまま、自分の攻撃を受け続けていたというのか。


 見事だ、と、アリエルは心の中でロイに最後の称賛を送った。敗者に対する皮肉は微塵もない、本心からの感想だった。

 よほどアリスを奪われたくなかったのだろう。ロイの想いの強さは称賛に値する。流石、聖剣に選ばれし者にして、ゴスペルホルダーだ。そこらへんの同年代の連中と比べても、気絶して倒れてもなお、面構えが違う。


「――ロイ君、私は本当に、君やアリスには引け目を感じている」


「――――」

「だがそれを飲み込んだ上で、アリスは連れていかせてもらう」


「――――」

「今回のことは申し訳ないが、君の前途を、心より期待している。精進したまえ」


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