3章11話 夜の寄宿舎の一室で、アリスを呼んだあと――(1)



(そういえば、ロイの部屋に招かれるのって初めてね)


 アリスを呼び出すためにロイが指定したのは寄宿舎の一室だった。ロイによると、アリスが泊まれるように手配はすんでいるらしい。

 寄宿舎にお邪魔した段階――いや――寄宿舎への道のりの段階で、アリスは少々はしたないが期待していた。


 無論、アリスは男なら誰でもいいという女の子ではない。

 呼び出したのがロイだから、彼ならいいかな、と思えることができたのだ。


 夜、呼び出し、自室、お泊り、そして初めてを捧げても満更でもない男子。この5つが揃って胸がドキドキしない思春期の女の子なんているわけがない。

 アリスはロイの部屋を目指して4階……ではなく、5階のとある一室の前で立ち止まった。


 そして大きく深呼吸を2回して、その部屋のドアをノックした。


「ロイ? その……お泊まり、に、きた……わよ?」

『鍵は開いているから入っていいよ~』


 部屋の中からロイの声が返ってくる。

 アリスは透明感のある細い喉をコクリと鳴らして生唾を飲み込み、そしてドアを開けて部屋に入った。


「アリス、夜遅くに呼び出してゴメンね」

「シィ、一度アリスとお泊り会をしてみたかったんだよね♪」

「……え?」


 部屋にはロイだけではなくシーリーンもいた。しかも彼女は寝間着でベッドの上をゴロゴロしている。男であるロイが目の前、机とセットになっている椅子に座っているのに、だ。

 そしてロイも入浴したあとなのだろう。髪は少しだけ濡れていて、シーリーンと同じく寝間着である。


「ハッ、まさか3人プレイ!?」

「ほぇ? どういうこと?」

「アリス、チェスは3人でできないし、そもそも遊ぶためじゃなくて、話したいことがあるから呼んだんだよ?」


「ならどうしてロイは寝間着なのよ!?」

「アリスと話し終えたあとに入浴しようと思っても、入浴時間は終わっちゃうからね」

「~~~~っ」


 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。

 内心で自身の勘違いに悶えながら、アリスは顔を真っ赤にした。


 そして、全て自分の勘違いだった、年頃の乙女がはしたない、と、彼女は自分で自分を心の中で盛大に叱る。

 ここまでの道中、ロイの腕と胸板に抱かれる妄想をしていた自分がバカみたいだった。


「アレよね? 泊まるのはロイの部屋じゃなくて、シィの部屋よね?」

「えっ、当たり前でしょ……。学院に在席する男女の同衾を許すなんて、学院の施設の1つである寄宿舎が許すと思う?」


「えぇ! そうよね! 知っていたわよ!」

「なんで逆ギレ!?」


 腕を組み、ぷんぷんと頬を子どもっぽく膨らませるアリス。

 ひとまずロイは彼女をシーリーンが寝転がっているベッドの縁に座らせて、自分は机とセットになっている椅子に座り続けた。


「アリス、ゴメン、実はシィにはもう、全て話したんだ。ボクとアリスが本当は付き合っていないことを」

「……えっ」


「ボクも、そしてアリスも、放課後にみんなで集まった時、シィに、次にナイショの話をする時は気を付けてね、って言われて頷いたよね? だからシィの言うとおり、最低限の誠意として、ボクは本当のことを言うべきだと思ったんだ」

「そう……よね。シィだってイヤな感じだっただろうし、ロイにしたって、私のワガママに付き合ってくれているだけなんだもの……」


「それで、そろそろ説明してもらうよ?」

「……っ」


「なんでアリスは、ボクと恋人なんてウソを?」

「シィだけは知っている状態だけど、いまだに学院の全員、イヴちゃんやマリアさんも騙していることになるんだよ?」


 そう言われて、意外にもアリスは混乱しなかった。

 いや、それは落ち着いていたからという意味ではなく、逆に、もう諦めてしまったから、もうどうでもよくなってしまったから、と、そういう意味だろう。


 ここに呼び出されたアリスの妄想ではない、正しい理由を知った時点で、どこかこうなることを、こういうことを訊かれることを、察して、そして事情を放り投げるようにしてもいいと思えてきた。

 だからアリスは、なにもかもどうでもいいかなぁ、という一種の気楽な感じによって、フラットに語り始めた。


「私、もうすぐ結婚するのよ」

「――ハ?」

「ほぇ!?」


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