1章12話 路地裏で、幼女を押し倒して口付けを――(4)



 瞬間、ロイと、彼のすぐ背後で魔術の刃を構えていた幼女の足場、地面が崩壊した。

 そして幼女の【そこに我はいない、故に咲き誇る純黒の花】は制御不能状態に陥ってしまう。


 ロイの計算どおりだった。

 影とは物体によって光が遮られた結果、地面や壁にできあがる領域である。そこで、その地面が形を変えるどころか破砕したらどうなるのか?


 答えは単純明快に、事実上の魔術無効化だ。

 厳密には無効化されるわけではないが、いくら得体の知れない幼女でも制御できないぐらい、そのための処理が複雑になる。


 そして同時に、【そこに我はいない、故に咲き誇る純黒の花】と入れ替わるように、地面から無数のエクスカリバーの刃が咲き乱れた。

 そこで幼女は気付く。先ほどから、エクスカリバーの先端が地面に突き立てられていたことに!


「聖剣を変形させた!? 刀身を伸ばして、地中から攻撃を!?」


 エクスカリバーのスキルは『使い手の剣に対するあらゆる想像・イメージを反映する』というものだ。

 つまりロイは任意の長さの刀身と、それが分裂している状態をイメージしたのだ。


「地中で伸ばしていたこれ、まだ距離があったのに、本体が慢心して近付いたからこうなったんですよ!」

「だから格上の私を相手にお喋りを――!?」


 背中から倒れ込む幼女。その先には花弁のように複数あるエクスカリバーの切っ先、その1つが待ち構えていた。

 無論、【神様の真似事】を使えば簡単に回避できるように思える。


 しかし――、


(――【神様の真似事】は使えませんね。『速さ』とは移動できるという前提があって初めて成立する概念です。つまり足場を崩されたら『速さ』を降臨させても移動ができません)


 ――ロイは見事に【神様の真似事】の弱点を突いていた。


 たとえば『美味しさ』を降臨しても、食べられなければ意味がない。

 毒物に『美味しさ』を降臨させても、死んでしまったら元も子もないだろう。


 たとえば『気持ち良さ』を降臨しても、その対象が凶器ならば意味がない。

 一瞬の快楽のために死ぬかもしれないからだ。


 だというのに――、

 ――幼女は余裕を取り戻して、笑った。あどけなくて、稚くて、心底愛くるしい笑みを浮かべたのだ。


「なら、これでどうですか?」

「――――ッッ」


 幼女はギリギリの距離だったが、自分の片手でロイの胸倉を掴んだ。

 そしてロイは倒れ込む幼女に引っ張られる形で――そう、彼女と共に聖剣の分裂した切っ先の1つに倒れそうになってしまう。


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。

 ロイの脳内でけたたましい警鐘が鳴り響く。


 このままでは自分も突き刺さってしまう。

 つまり、まず間違いなく死ぬだろう。


「戻れ!」


 とっさの判断で、ロイはエクスカリバーを普通の状態に戻した。

 結果、剣先は1つに収束して、刀身も元の長さに戻る。


 しかし当然、エクスカリバーが元に戻ったからと言って、2人が倒れなくなる、というわけではない。

 そしてだからこそ――、


「「~~~~っっ!?」」


 ――最悪の展開として、ロイと幼女は倒れ込んだ勢いでキスしてしまった。

 しかも戦闘の成り行きで仕方がないとはいえ、ロイが幼女を押し倒す形である。


 一瞬触れただけでもわかるほど、幼女の唇はぷにぷにでやわらかかった。

 が、のんびり幼女の唇を味わっている暇などない。


 この子の外見は10歳以下だ。

 そんな女の子を相手にゴスペルホルダーで、聖剣使いの自分がキス? 社会的に死んでしまう。絶対に、だ。


「ご、ごごご、ゴメン!」


 ロイは慌てて幼女から身体を離した。

 一方で幼女は恥ずかしかったのか、頬を乙女色に染めて照れている。


「これで、私の勝ちですわね」

「えっ?」


「社会的に私の勝ちです」

「た、確かに……」


 言うと、幼女は踵を返す。

 ロイとの『お遊び』もここまでということだろう。


 しかし、きっとこの余裕ぶっている態度も、実は『年上』としての虚勢かもしれない。

 今のロイには余裕がないが、第三者が見れば、強がっているのがバレバレだった。


「ふふっ、久々に楽しめました。それでは、また明日、お会いしましょう」

「えっ!? ちょ――」


 別れの挨拶を済ませると、本体、と、いうことになっていた幼女の身体が霧散する。

 その数秒後に、ロイを心配に思ったシーリーンたちがメインストリートから路地裏に入ってきた。


(えっ……? また明日?)


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