1章5話 ロイの隣で、満更でもなくて――(1)



 情報を整理すると――、


 ロイは騎士学部、アサルトナイト学科、5学年次でランクはナイト。

 シーリーンは魔術師学部、ヒーラー学科、5学年次でランクはシスター。

 アリスは魔術師学部、ウィザード学科、5学年次でランクはウィッチ。


 ロイはシーリーンとアリスの2人と学部が違うので、なかなか講義で一緒になれない。

 確かにロイとアリスはカリキュラムを2人で一緒に組んだので、同じ講義が多いのだが、一方、シーリーンはロイの恋人なのに、そういうわけにはいかなかった。


 結果、ロイとアリスが一緒にいる講義、そして同じ学部なのでシーリーンとアリスが一緒にいる講義、という二分化が起きている。

 残念ながら、ロイとシーリーンが一緒にいる講義はほとんどなかった。


「はい、ロイ、お疲れさま」

「ありがとう、アリス」


 グラウンドの近くには階段があり、そこに座っていたアリスの隣にロイも腰かけた。

 そしてアリスはロイにタオルを渡す。


 ロイもアリスも体操着に着替えており、今は例のごとく実戦演習の講義だった。

 ふとロイは視線を感じたが……ここに集まっている男子の中で、一番アリスと仲がいいのは恋人がいる自分だった。そのせいで、他の男子生徒からやたら羨ましそうな視線が飛んでくる。


 体操着姿のアリス。

 瑞々しくて10代の少女としてハリがある白い太ももは、健康的で目に眩しい。


 運動のたびに上下に動く胸に対して、先ほどまで、ロイでさえ目のやり場に困った。

 汗ばんだうなじ、紅潮した頬、そして少しだけ乱れた吐息は色っぽくて、これを見てドキドキしない男子はいないだろう。


「ランニング見ていたけれど、ロイってやっぱり足が速いのね」

「まだ剣術も魔術もできない子どもの頃は、他に自分を強くする手段がなくて、とにかく体力を付けよう! って、村の周辺を走ってばっかりだったから」


「子どもの時から?」

「うん、ボクが神様の女の子から授かったスキルを超えるスキル、〈世界樹に響く車輪幻想曲ユグドラシル・ファンタジア〉っていうゴスペル。これの効果は2つで、実力っていうか成長の余地の上限解放と、努力が苦痛に感じなくなること。努力が楽しくなってやめられなくなることらしいんだ。だから子どもの頃から運動ばっかり」


「素敵なゴスペルね。私、そういう前向きなモノって好きよ?」

「ありがと、ボクもアリスのことが好きだよ?」


「うえ!?」


 微笑みながらロイは言った。

 一瞬にしてアリスの顔はリンゴのように真っ赤に染まる。


 ロイに好きと言われた。

 以前にも何回かそういうことがあったのに、ジェレミアとの決闘が終わったあとから、アリスは自分でもやたら反応が変わったと自覚している。


 自分は自分が人として好ましいと思った人としか友達に、親友にならない。そしてロイは間違いなく自分の親友だ。

 ゆえにロイの方が、自分のことをエルフとして好ましいと言葉にすることだって、決しておかしくない。


 なのになぜか、アリスの胸は切なくてドキドキしていた。

 そして少しだけロイの顔を見るのが恥ずかしいのに、なんだかイヤな気分ではない。むしろ心のどこかで嬉しがっている自分がいる。


「わ、私も……ロイのこと、好き……」

「アリス?」

「あっ、~~~~っ」


 無自覚だった。自分では言葉にしたつもりはなかったのに、アリスはとんでもないことを呟いてしまう。

 それに数秒遅れながら気付いたアリスは、瞳をウルウルさせ、口をあわあわさせながら、不自然なほど強烈に弁解を始める。


「ちっ、ちがっ……、違うから! あくまでも親友として! 親友としてロイのことが好きなの! 男の子として好きって意味じゃないんだから! 勘違いしないで!」

「う、うん……?」


 うん、と返事しようとしたのに、なぜか疑問形になってしまうロイ。

 翻ってアリスは、自分で自分を言い聞かせるように(そうよ、私がロイのことを好きなのは友達として! 親友として!)と、心の中で呟いた。


「さて、まだまだ休憩時間はありそうだね」

「最後の1人がゴールするまで休憩時間、ねぇ。ロイがダントツの1着とはいえ、時間あまりすぎじゃないかしら?」


 アリスの言うとおり、ロイはこの5kmのランニングを15分台後半でゴールした。1kmを約3~4分で走った計算で、同年代の男子学生の中では圧倒的に最速である。

 そのため、男子の前に走って待機中の女の子からは、熱っぽい憧れの視線を送られてしまう。


「ロイくん、カッコいい……♡」

「あたしもロイくんの恋人になりたい!」


「ロイくんって優しそうな顔なのに、身体しっかりしてそうだよね?」

「うん、あの身体で抱きしめられたいなぁ♡」


 ロイにシーリーンという恋人がいることは周知の事実だ。

 しかしそれでも、彼に対する淡い恋心を諦めきれない女子学生は何十人もいた。


 ある人間の女の子は切なそうに胸の前で祈るように指を組んで、

 あるエルフの女の子はロイを遠くから眺めているだけで、頬を乙女色に染めて、

 あるドワーフの女の子はロイのことを想うだけで、胸が締め付けられるぐらいドキドキしてしまう。


「あのね、ロイ」

「なに?」


 ふいにアリスが落ち着いた様子で会話を切り出す。

 2人は並んで階段に座っており、互いの距離はもう少しで肩が触れ合いそうなぐらい近かった。


 男女の距離感としては、間違いなく、物理的にも、心理的にも近い今のポジションに、アリスは胸を高鳴らせながら、少しだけロイ側に寄った。


 男女のコミュニケーションは、まだ学生の身分なのだから、節度を持ってしなければならない。男女のコミュニケーションで風紀を乱してはならない。

 常日頃からそう考えているのに、アリスはロイと、もっと、もっと、仲良くなりたいと思う。あくまでも親友として! と、アリス本人は言うかもしれないが。


「ありがとう、本当に、ロイには感謝しているわ」

「えっ!? ボク、アリスになにかしたっけ?」


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