5章12話 月明かりの下で、世界一幸せな一瞬を――(1)



 ロイが目を覚ますと、そこは寄宿舎の自室だった。

 いつの間にか制服は寝間着になっていて、自分の身体はベッドの上に横たわっている。


 挙句、ジェレミアとの決闘は放課後になってすぐ行われたはずなのに、今、窓の外を見ると月が綺麗な夜が広がっていた。

 起きようと思いロイは身体に力を入れたが、上半身を起こしただけで立ちくらみのような感覚を覚えバランスを崩しかけてしまう。


「ヒーリングしたあとに勝利したのに、それでも気絶したのかなぁ……?」


 ロイが首を傾げたその時、彼の自室のドアがノックされた。

 しかしロイが返事をする前にドアが開き始めるので、一瞬だけ、ロイは不思議がる。


 返事を待たないならなんでノックしたんだろう?

 そう思ったのも束の間で、次の瞬間、窓から差し込む月の光を反射して、綺麗に瞬く金色の長髪を揺らす美少女が入ってきた。


「シィ?」

「~~~~っ、ロイくん!」


 起き上がったロイの姿を見て、シーリーンは中にはぬるま湯を入れて、ふちにはタオルをかけていた木の桶を落としてしまう。

 無論、部屋の床には水たまりができてしまったが、今のシーリーンには関係なかった。彼女ベッドまで駆け寄ると、その上で上半身を起こしているロイに思いっきり抱き着いて、押し倒した。


 朝焼けのような金色を誇る長い髪からは、バニラのように甘い香りがする。

 初雪のように白い素肌からは、ミルクのように幼い匂いして、その匂いに包まれているだけで、とても心地よい。


 頭が蕩けそうで、胸が切なくなる。そんな女の子特有の――いや――女の子の中でもトップクラスであどけない乙女チックな香りに、ロイの心臓は否応なしに早鐘を打つ。

 しかもシーリーンもパジャマ姿で、小柄な体型には不釣り合いなまでに豊満な胸が、自らの身体に押し付けられているのだ。


 彼女の身体はとてもフワフワしていてやわらかくて、ただ抱きしめているだけで信じられないぐらい気持ちよかった。

 ここはベッドの上だ。反射的にシーリーンの身体を受け止めるように抱きしめてしまったが、身も心も溶けてしまいそうなほど、とにかく熱い。


 その事実を認めると、いくらロイでも緊張し始めそうだったが――、


「ロイくん……っ、ロイくん!」

「? し、シィ?」


 ――シーリーンは彼に抱き着いて泣き始めて、流石に空気を読まないわけにはいかなかった。

 そして数分後、ロイはシーリーンを頭や背中を撫でて落ち着かせて、泣き止んだ頃合いを見計らって、決闘が終わったあとのことを確認した。


「お医者さんの話だと……当たり前だけど、【癒しの光彩】は傷を治す魔術であって、貧血や、異常な重力の影響を無効化する魔術じゃないんだって。だから肉体的な体力が戻っても、頭や平衡感覚や、サンハンキカン? が不調で気持ち悪くて、精神的な気力が尽きて倒れたんじゃないか、って言っていたよ」


 それでどうも、ロイは決闘が終わった直後に気を失って、今日まで1週間、目を覚まさなかったらしい。

 ヒーリングしたとはいえ、異常な重力を喰らって、何度も死ぬような幻覚に囚われ、そのあとに自爆したのだ。火薬の量は自分で調整したとはいえ、肉体強化を無効化された状態でこれを乗り切ったと考えれば、むしろ早く目が覚めた方と言えるだろう。


 最後に一番大切なことだが、あれ以降、シーリーンはジェレミアからも、彼以外の取り巻きたちからもイジメられなくなったらしい。

 ロイが眠っている間はよくアリスと一緒にいたらしく、それも功を奏したのだろう。


 余談ではあるが、ロイの昼間の看病はクリスティーナがやっていた。

 が、夜は責任を感じて、シーリーンが代わりにやることにしたとのことだった。


「そっか……、というか、もう1週間も経っていたんだね」


 ロイは窓から差し込む月明かりに照らされながら微笑む。

 本人としてはカッコつけたわけではなく、ただカーテンが閉まっていなかっただけだ。


 けれど、シーリーンには関係ない。

 彼女はその微笑みに胸の奥が切なくなり、溢れんばかりの恋慕の情と、それを伝えるための言葉が、花の蕾のように可憐な唇から、本当に溢れそうになる。


 言おう。伝えよう。

 この想いを、ロイに告白しよう。


 正直、片想いしている男の子から離れるのは名残惜しい。

 だとしてもシーリーンは一度、ロイから離れて、ベッドの上に女の子座りをする。


 顔だけじゃない。全身が熱い。

 だけど、ロイのことが好きなのだ。


 拒絶されるのは確かに怖い。

 ただそれ以上に、振られても、大好きだからという理由しかなくてもかまわない。この気持ちをロイに知ってほしい。そのエゴとも言えるような衝動が、心の全てを染め上げのだ。


「ロイくん」

「ん? なに?」


 シーリーンは自らの右手を、ロイの左手に、指を絡ませるように繋いでみせる。

 ロイもロイでドキッとしたが、決して拒むようなことはない。優しい声で、続きを促した。


「シィを助けてくれて、救ってくれてありがとう」

「うん、どういたしまして」


「すごく嬉しかった。本当に嬉しかった。こんなシィにも、優しくしてくれる人がいて。ここにいていいんだ、って、認めてくれる人がいてくれて」

「困っている人を見たら、放っておけないからね」


 そう言われて、シーリーンの白い頬に乙女色が差す。

 瞳を潤ませて、熱っぽい視線をロイに向けた。


 もうダメだった。我慢の限界だった。

 ドキドキと高鳴る胸の鼓動も、大切なこの想いも、抑えきれるわけがない。


「改めて、ロイくん」


「なに、かな?」


「シィは、シーリーン・エンゲルハルトは、ロイくんのことが大好きです。愛しています」


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