5章3話 2人きりで、相談を――(1)
その日の午後――、
ロイはアリスと待ち合わせをして、とあるカフェに訪れていた。
「早速だけれども、ジェレミアの弱点を教えてほしい」
「そう訊いてくると思っいたし、教えられるモノなら、是非ともこちらから教えたいぐらいだけれど――ないわ、なにも」
溜息を吐いたあと、アリスは一拍置いて続けた。
「実は私もジェレミアの常日頃の行いが許せなくて、以前から幻影魔術を攻略できるような情報を集めていたのよ」
「それでも見付からなかったのか……」
「相手は幻覚使いなのよ? 敵を現実から隔絶する魔術。もちろん比喩表現だけれども、現実に干渉できない以上、幻影に囚われている間は死んだも同然じゃない」
「アリス……」
「だから結局、頭でっかちな私はいつまで経っても、立ち向かおうとしなかったのよ……」
切なそうで寂しそうで自虐的な嘲笑を浮かべるアリス。
コーヒーの水面に自らの顔を映し、彼女は再度、物憂げに深い溜息を吐いた。
「けれどね、ロイ? 対ジェレミア戦にはある程度、テンプレートのような戦い方があるわ」
「ジェレミアに?」
「違う。挑戦者の方によ」
「幻覚を喰らう前に先手必勝、だよね?」
ロイが視線でも返事を促すと、アリスは小さく首を縦に振った。
それを確認すると、彼は少しだけ自信ありげに語り始める。
「アリス、結論から言うと、ボクはジェレミアに勝てる可能性はあると思っている」
「幻覚使いに、勝てるの?」
「もちろん、100%勝てるって断言はできない。けど、ボクには2つの武器があって、それを組み合わせれば、とある1つの勝ち筋が見えてくる」
アリスはふと考える。
確かにジェレミアの
恐らく、自分には思い付かないだけで、ロイにはなにか素晴らしい作戦があるのだろう。
その結論に至ると、アリスはロイとの会話の続きに集中した。
「そのためには、アリスにどうしても確認しておくべき情報があるんだ」
「わかったわ。時間が惜しいでしょうし、詳しいことは訊かない。一方的に質問しまくってくれてけっこうよ」
「ありがとう、アリス。それでまずは――ジェレミア自身の魔術師としての技量について知っておきたい。あいつは【幻域】の詠唱を零砕したり、追憶したりできるの?」
「十中八九、不可能よ。少なくとも、あいつが今までの決闘で詠唱を零砕したり、追憶したりしている場面なんて、一度もなかった」
「なるほど」
「ただ、絶対に不可能というわけではなくて、あくまでもジェレミアの実力不足が原因で不可能、という点は注意してね?」
「なら、幻影魔術の射程距離は?」
「ジェレミアが五感で感知できる領域の全てよ。基本的には視覚で相手を捉えるでしょうけど、背後に回っても声を出したら、一発で発動条件を満たしてしまうことになるわね」
「決闘の開始直後はお互いに向き合っているから、回避するのはほぼ不可能。詠唱を零砕できなくて、本当に助かった。それと他には……仮に幻影魔術にハマったとして、脱出する方法は?」
「ないわ。あるとするなら、ジェレミア本人が魔術を中断する時ぐらいね」
「回避できないし、脱出も難しい。二重の意味で逃げられないんだね」
「そうね……、私でも、絶対に逃げられないわ」
「次の質問なんだけど……敵が倒れている間、ジェレミアはなにをしているの?」
「なにもしないわ。理由は2つ。幻影に惑わされている敵の体感時間を弄れば、あっという間にギブアップしてくれるから。そしてなにより、幻影を取り憑かせた時点で、ジェレミアの勝利確定だからよ」
「……ジェレミアが相手で一番粘った人、何分間、幻覚に耐えられた?」
「戦闘自体の最長時間は5分程度の生徒が1人いたけれど、幻覚を喰らった場合、最長でも15秒でギブアップしちゃうわね」
「みんな、苦しかったはずだよね……」
「そう……ね、みんな、試合終了後は顔を
「ていうかジェレミアのヤツ、決闘、申し込まれすぎじゃないかな?」
「逆よ。自分には【幻域】がある。そういう決闘を申し込まれても返り討ちにできる根拠があるからこそ、ああいう稚拙で下品な言動ができちゃうのよ」
苦虫を嚙み潰したようにアリスが露骨に嫌がる。
生真面目なアリスと傍若無人なジェレミア。確かに相反する性格で、互いに互いを嫌悪するのは自然だろう。
だが生真面目なだけで、普通に優しく、思い遣りのあるアリスがここまで苛立つなんて相当だ。
ロイが王都にくる前から、よほど酷い言動をしていたのも、想像に難くない。
「なら、これはオマケだけど……幻影魔術の魔力の燃費ってどのぐらい?」
「いや、魔力の燃費がオマケって……。でも、そうね。もしかしたら魔術師学部じゃない、騎士学部のロイにとって意外かもしれない。けれど実は幻影魔術って、そこまで極端に燃費が悪いわけじゃないわ」
「具体的には?」
「あくまでも他の魔術との比較なら、平均よりも少し悪いぐらい。けれど、魔術の効果と対比すれば、むしろ相対的に燃費が良いって意見さえあるわ」
「そうだったんだ……」
「えぇ、だからジェレミアの魔力切れを狙うのは得策じゃないわね」
ふと、ロイもアリスも同時にコーヒーに口を付ける。
話し続けて喉が渇いたのだが、喉を潤すのには向かない飲み物だが、予想以上に丁寧な味で、荒っぽさが微塵もなく、苦みでさえ楽しめるような上品な飲みごたえだった。
「あと、他には……幻影魔術は直接身体にダメージを与える魔術じゃないんだよね? 痛みはあくまでも幻で、周りから見たら一切傷を負わないまま疲れ続けるっていう……」
「そのとおりよ。でも、逆を言えば、術をキャストされた本人にとって、幻影魔術の痛みは本物。いくら幻、本当は無傷ってわかっていても、痛覚を管理されている以上、抗う術はないわ」
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