第60話おデート
「そろそろお腹減って来たから、お昼行きましょ」
アーネスに続き今度はレトロな路面電車に乗り、繁華街を目指す。
運賃の支払いはそれぞれのスマホでタッチ形式だ。
「コッチにもお寿司って有るんだな」
「そりゃ有るわよ。日本人いっぱい来てるからね。その中に何人か寿司職人も居たんじゃない?」
連れて行かれたのは繁華街の中心地にある、『新鮮!回転スシ太郎 エドワード店』だ。
「へぇ、チェーン展開してんだ」
異世界でも頑張ってくれている事に、何故か嬉しさが込み上げてくる。
繁華街の大通りの角地で、間違いなく一等地だ。
家賃だって高そうだ。
「エイヴォンリーは湖沼地帯で、新鮮な魚介類が豊富に獲れるからね」
「え?全部淡水魚なんだ」
功は驚く。寿司は海の物のイメージがあったからだ。
「エイヴォンリーの魚介類の種類は豊富だから。ま、食べてみなさいって」
昼時という事もあり、少し並んでいるが、ここは是非並んででも食べてみたい。
待つこと程なく、案内されたテーブルで、アーネスはコートを脱ぐなり片っ端から流れる皿に手を出す。
「おいおい、この後甘いもん食いに行くんだろ?」
「だから抑えてるんじゃないのよ」
最早何も言うまい。功は心に誓った。
店内は日本の回転寿司店と変わらない。
強いて言うなら店員さんとお客が、ヒューマン、エルフにドワーフ、獣人、半魚人とバリエーションに富んでおり、そっちの方が珍しい。
《半魚人!寿司屋で働いてていいのか⁉︎》
とは思ったが、自分だって考えてみれば哺乳類、同じ哺乳類の牛や豚を食べている。
半魚人が寿司を握っていても少しもおかしくは無い。
逆に目利きで安心出来る。
・・・のかもしれない。
取り敢えず考えるのをやめた。
とにかく流れる皿達から一皿選び、眺めてみる。
白身の魚のようで、身が艶々で旨そうだ。
アーネスと2人分のお茶を淹れ、山葵?のような香りの紫色のペーストをアーネスの見様見真似でつけ、これは見た目も同じ醤油に付けて頬張る。
「旨い」
鯛のような淡白な味わいだが、身はしっとりプリップリで歯応えがあり、日本と全く遜色の無いクオリティだ。
「米も旨いな」
「でしょう?エイヴォンリー周辺はこの湖沼米の産地なのよ。湖水の中で半魚人の農家さんが一生懸命育ててくれてんのよ。感謝して食べなさいよ」
素朴な感想に対し、盛り沢山過ぎる謎が返って来て、何処から突っ込んでよいか分からない。
諸々後で調べよう。
エイヴォンリーのホームページの概略から入れば良いだろう。
スマホの検索アプリは何より偉大だ。
ネタの中には謎の物体も有ったが、勇気を出して食ってみると意外に旨かった。
功的には充分満足だ。何かは分からないが。
アーネスがゲテモノを見る眼をしていたが、解せぬ。
結局しっかりと腹ごしらえした2人は、回転寿司店を出ると桟橋に向かった。
また水上バスに乗り、今度は別の島に向かうのだ。
「たまに行くお気に入りのカフェがあんのよ。そこのパンケーキが美味しく美味しくて!」
何やらはしゃぐアーネスだが、20皿は食っている筈だ。女子の甘い物は別腹という都市伝説は本当の事らしい。
いや、データがアーネスだけなので、鵜呑みには出来ないか。
着いた島は全体が公園のような施設で、建物の数自体は少ないが、一つ一つの建物の規模は大きい。
起伏に富んだ地形で、随所に背の高い常緑樹が茂っている。
この島の建物は他と違い、石造りの中世の城郭や宮殿を模したデザインとなっている。
その美しい輪郭は都市部とはまた違った景観を作り出し、人々を
難を言えばやはり城郭には高い尖塔が欲しいところだが、大人の事情なのだろう、塔は無い。
どうやら美術館や図書館、天文台、野外劇場などの
建物の間にある公園や庭園には、この寒いのにイーゼルを置き、絵画を描く人や、ネット動画らしき物を撮影している若い女子も居る。
そんな島の桟橋近くに、数軒の赤煉瓦倉庫のような建物が有り、どうやらそこに目当てのカフェがあるようだ。
昼を過ぎ、段々と気温も上がって霧も晴れては来たが、湖面に
学生や、幼い子供を連れた若い奥様連中で賑わう『カフェ・ミスティ』は中々の盛況ぶりで、2人は幸運な事に、丁度空いた窓際の席に通された。
功は甘い物も嫌いではないが、寿司をたらふく食べた今はそんな気分ではない。
アーネスの旺盛な食欲を見ながら、コーヒー(のような飲み物)を片手に異世界の雰囲気を楽しんでいた。
《こんな穏やかな世界だったんだな》
たまに雲の切れ間から射す陽光が、エンジェルロードを創り湖面を照らす。
森や城砦での数日が嘘のようだ。
《何だよ、これなら異世界も悪くないじゃないか》
そんな事をぼんやり考えていた時。
「で、明日からなんだけどさ」
いつの間にか『生クリームマシマシパンケーキフルーツプリントリプルトッピング二種類のアイスクリーム添え』を食べ終わったアーネスが、スマホを見ながら眉間に皺を寄せている。
「?」
「今PMSC協会、なんかいつの間にかギルドって呼ばれてるんだけど、そこの案件掲示板見てるんだけどさ。この時期あんまりいい仕事が無いのよね」
一気に現実に戻された功は、うんざりとして顔を撫でた。
「まあ、前回アンタが頑張ってくれたから、大分楽にはなったんだけどね〜」
機嫌良さそうにニンマリと笑うアーネス。
「聞きたい?」
「何を?」
「アンタの稼いだ詳細よ」
いきなり生臭い話だ。
「そういうの一社員に話していいのか?」
「いいのよ、ウチはガラス張り経営だから」
功も、全く興味がないと言えば嘘になる。
「で?」
コーヒーを置き、窓からアーネスに向き直る。
「まず、アンタが大量に仕留めた猿っぽいのとモグラっぽい奴ね。これが新種だったの」
「ほほう」
「ドクがパーティ名義で登録してくれてたんだけど、猿が『エイプザリッパー』、モグラが『ライオンロックモール』って名前にしたらしいの。
まあ、名前なんてぶっちゃけ何でもいいんだけど、あ、なんか拘りあった?」
「いや、無いな」
「ならいいわね。で、エイプの方は特に素材的に良い物は無かったんだけど、モールの方はお宝の山だったのよ」
お茶を一口含み、続ける。
「皮がまず高値で売れたわね。で、内臓の一部、ぶっちゃけ肝臓なんだけど、ここに高級ポーションの成分が含まれてて、抽出量が肝臓全体の3%も精製出来たらしいのよ」
それがどれだけ凄い事なのかは功には判断が付かない。
「まあ、それだけじゃ大した金額じゃ無いんだけど、その情報が高く売れたって訳。それに両方のスキルマテリアルね。これも既存で似たようなスキルが有るから、まぁ金額もお察しなんだけどさ、新種からって事で初回特典よね、研究用に高額買取して貰えたの」
《働いた甲斐があったってもんだな》
しみじみと頷く。
「それにダッチマンの情報よ、『空中都市ミラーナ』も掴んで無かったらしくて、この情報も超高額!」
アーネスの笑顔が止まらない。
「あの城砦迄の最短経路の情報まで売れて、しかもキングオウル戦の詳細も売れたわ」
「そんなもんまで?」
「そうなのよ、今までキングオウルに接敵した事例も少なかったし、逃げ切った奴はいても、一時的にせよ撃退した奴は居なかったからね」
「へぇ」
確かにあんな森の奥地まで、あの巨鳥に通用する大砲を持ち込むのは至難の技だろう。
あの奥地には踏み入ったパーティも少なく、情報も殆ど無い。
何故なら金になるかどうか分からない所に、わざわざ危険を犯して行く理由が無いからである。
「それに」
「まだあんのか?」
「アンタ忘れてない?」
「何を?」
「ゴーレムよ、ゴーレム」
「ああ、忘れてないけど。そう言えばそんな事言ってたな」
あの時、アーネスは非常な喜び様だったのを思い出した。
「ゴーレムの外殻と中身で値段が違ったんだけど、中身が嘘みたいな値段で売れたのよ。外殻はサンプル分だけ渡して、ドクがどうしてもって言うから売らなかったけどね。アンタの鎧にすんだって」
「へぇ、確かにあの軽くて硬い外殻ならいい鎧が出来そうだな」
「まだ有るのよ」
「え?まだ?」
「そう、ウチの事務員さんでレオンハルトさんておじさんが居るんだけど、あ、明後日紹介するからね。そのレオンさんが交渉上手でさ、ギルドに城砦の採掘権?探索権?何かそんなの勝ち取って、これからあの城砦と断崖探索したパーティは上がりの15%をウチにパテントで入れなきゃいけない様にしてくれたの!
もう、笑いが止まんないわ」
《その金はまだ入って無いぞ》
些か呆れるが、これがアーネスという生き物なのであろう。
「で、とにかく現時点で65万マナティよ!しかも初回探索優遇税制で減税された税率が3%!
他にもアンタが集めたレア素材が1万2千マナティにもなったのよ。これは優遇対象外だから通常税率だけどね」
興奮して喉が渇いたのか、冷めかけたお茶を飲み干し、足りなかったのか、功のコーヒーまで奪って飲む。
「これでアビスパスファインダー号の改修も事務所の水漏れも、溜まってた支払いも、資材設備の買い入れも、皆のボーナスも、施設の福利厚生と生活向上もみんな解決!
晴々とした気分なのよ!結局お金あんまり残んなかったけど」
《残らんかったんか〜い!》
「アビスパスファインダー号?」
聞き慣れない固有名詞が出て来た。
「あぁ、そっか、功は知らなかったわね。ウチのパーティのマザーシップよ。
私のお父さんが使ってた水陸両用船。
今まで騙し騙し使ってたんだけど遂に動かなくなってね。老朽化しててレストアしなきゃいけなかったんだけど、お金が無くて出来なかったのよ。
これでようやくエイヴォンリーのPMSCらしく、思いっきり船で活動出来るわ。これから事務所行くから見せたげるね。アンタの職場になるし」
成る程、これだけ水が多いと活動はやはり水辺になるらしい。
それなら船が母体になるのも頷ける。
功と遭遇した森こそがイレギュラーの仕事だったと言うことだ。
船が使えないから森で活動していたのである。
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