第51話前門のブリッコーネ、後門のゴーレム

「何よあれ⁉︎」


アーネスは功に抱き付いた格好のまま、首を捻りその光景を見た。


今、正に功が開けた格子門から続々と侵入してくるブリッコーネ達。


勿論チェーンガンやグレネードのこぼれ弾を受けている者も居るだろう。

しかし、この数の前にはそれは誤差だ。


数十、いや、百数十体のブリッコーネの津波。


《これは・・・突破は無理だ・・・》


功の理想ではこのまま門を出て、崩れた階段はそのままジャンプで飛び越え、山を行ける所まで駆け降りてバイクを収納、ドク達と合流する筈だった。


勿論最悪の場合も想定していたが、これは意外だった。

ゴーレムとダッチマンウォールバンカーの事しか頭に無く、ブリッコーネの事を忘れていたのは迂闊だったと言わざるを得ない。


《ミサイル!》


最大火力であるミサイルを起動しようとするが、恐ろしい弓弦の響きと共に風を切って飛来する重い音がする。

見るまでも無い。短槍の如き矢だ。

しかも複数!


慌ててミサイルの起動をやめ、アクセルターン!

背後にシールド展開。

ギアダウン、アクセル!


ガンッガンッバキッと何本かはシールドに当たり、弾き返される。

ブリッコーネの矢衾やぶすま、その狙いは正確だ。


しかし、動き出したバイクに当てられる猛者は流石に居ない。タイヤの跡にブリッコーネの矢が突き立つ。


《俺のシールドもこの短時間で随分強くなったなぁ》


あまりの恐怖に功は場違いな事を考える。集中出来ていない証拠だ。


「何で?昨日ブリの斥候ヤッたから?そんなの有り得ないでしょ!ブリって部族単位で行動するはずなのに!この数は三部族以上いるわよ!」


アーネスの問い掛けに、功は答える事が出来ない。

だが、その声で功は現実に戻って来た。

高速で現状を分析する。


ミサイルは走行中の起動は無理だ。しかし止まってターゲティングしていれば、その間にハリネズミにされてしまう。

いくらヘキサシールドのスペックが上がったとて、10本も20本も防げる訳ではない。


チェーンガンは弾切れ、フロントの6mmライトマシンガンのベルトリンクは100発も無い。

手持ちの武器では焼石に水。


無理だ。

今の戦力であの剽悍なブリッコーネの群れを相手にするなど、どう考えても不可能。

例えミサイルが使えても、こう開けていては時間稼ぎにしかならないだろう。

フルメンバーで臨んでもこの数相手では無謀もいいとこだ。

この数相手は戦闘ではない、戦争である。


とにかく距離を開けるしか無い!

しかし道は広場にしか通じていない。

チェーンガンが使えない今、他の門をこじ開ける事も出来ない!


しかもブリッコーネの脚の速さは尋常ではなく速い!

あの長い脚の利点を遺憾なく発揮している。


《もしかして詰んだか?》


功が諦めかけたその時。


「ようしっ!やってやろうじゃないのさ!こんな状況くらいこの先傭兵やってりゃ何回だって有るわよ!一々ビビッてたらこの仕事でご飯なんて食べられないってっ!」


何故かこの状況で元気になる奴が居る。

例え空元気でも、それは間違いなく元気だ。


「功!遠慮なんてしなくていいからね!やっちゃいなさいっ!」


《いや、俺は最初から遠慮なんかしてないぞ》


しかもアーネスは功にばかり任せていなかった。


密着したまま功越しにライフルを構え、功の肩甲骨の上に伸縮ストックを固定し、肩に顎を乗せてフルオート射撃。


「痛い痛い痛い痛いっ!」


丁度脊椎のアーマーと肩甲骨のアーマーの間にストックが入り込み、アーネスにとっては固定されて扱い易いかもしれないが、功にはただひたすら痛い。

7mm高速弾のフルオートの反動はかなりの物だ。


撃ち尽くすと身を乗り出して功の顔を胸の装甲に押し付け、腕を首に巻き、足まで腰に絡めて弾倉交換する。

揺れて跳ね回るバイクの上で作業するには仕方ないかもしれないが、この姿勢は所謂だいしゅきホールドだ。

内容はかなり違うが。


しかし、当たり前だがそんな事をされると前が見えない。

アーネスは痩せっぽちだが、背は高いのだ。


「危ない!危ないから!」


何とか顔をアーネスの肩から出し、辛うじて事故を避ける。


アーネスは構わずブリッコーネに向けて射撃を続けていた。


「功っ!揺らさないで!」


耳元で叫ぶ。


「無茶言うな〜っ!」


はちゃめちゃなアーネスの行動で、功の中で恐怖がいつしか消えて行く。


「頑張れ!アンタなら出来る!サラディ!聞こえてる⁉︎もう一度グレネード撃って!今度は城壁越えて100mくらいに落ちるくらいにっ!とにかく撹乱すんのよ!」


功の耳のワイヤレスインカムに向かい、唇を押し付けるようにして叫ぶ。


当たり前だが、そんな事をされると耳がキーンとする。


『ウォ、ウォフン』


サラディも大変そうだ。

向こうは向こうで戦闘音がするので、無理はしてもらいたくない。


そんなこんなで、後ろに大量のブリッコーネを引き連れ、再び広場に入った。


《奴らは?》


居た!


城壁の崩れた割れ目に立ち、崖下に向けて腕の重力砲を向けている。


功は城壁に視線を走らせ、目当ての物を見つけた。

だが、そこに向かう前に片腕のゴーレムがこちらに向かって来る。


シュルルルル


と、サラディのグレネードが打ち上がって来た。頂点まで打ち上がると、綺麗な放物線を描いて落ちて来る。


サラディだって大変だろうに、仲間の為に打ち上げてくれたのだ!

無駄に出来ない。


《着弾地点は?あと何秒?アイツの位置は?速度は?直撃は無理か?》


最後のハンドグレネードをその場に落とし加速。

後続のブリッコーネを牽制する。


片腕ゴーレムは動きが鈍い、まずこいつから片付ける事にする。


アーネスはバイクの動きが激し過ぎて功にしがみ付くのに精一杯だ。


さらにバイクを倒してカーブを描き、片腕ゴーレムを誘導する。

サラディのグレネードの爆発に巻き込んでやろうという腹だが、相手も当然気付いておりその手には乗って来ない。


位置取りは、着弾地点の向こうに片腕ゴーレムが居る。奴は爆発半径ギリギリを迂回して功達に迫ろうとしている。


が、


《そうじゃないんだよ!》


直撃は無理なのは分かっている。功は自分から着弾地点に向かう。


着弾寸前タイミングを合わせて功はシールドを展開した。


自分達の前では無い、着弾地点のすぐ手前だ。

地下と同じように少し前傾させ、片腕ゴーレムを狙う。

言うほど簡単ではないが、深く集中した功は機械のように精密にやり遂げた。


50mm装甲板を貫く対戦車榴弾はシールドに遮られ、歪な爆発をする。同時にシールドも消失。


漏れた爆風と破片に巻き込まれないように功は、バイクをその場でスピンさせ、ギアダウン。


偏向した爆風と榴弾片メタルジェットに晒され、跳ね飛ばされた片腕ゴーレムに向かってアクセル!


《まだ寝てろ!》


功の願い虚しく片腕ゴーレムはゆらゆらと立ち上がり、こちらに腕を向ける。


だが遅い。

片腕ゴーレムの目の前に迫る。


功はフロントタイヤに気持ちカウンターを当ててフロントブレーキ!

リアが持ち上がりジャックナイフターン!


リアタイヤは上段からの袈裟斬りのように片腕ゴーレムの首を襲う!


メキッ!


車体重量300kg以上、車載武装とライダー2人で200kg以上。併せて500kg以上の質量チャージ。


厳密には速度もあるし、フロントも地についているので違うだろうが、さすがのゴーレムも無事では済まない。


そのままタイヤに押し潰されて胸部が破壊され、頭部が千切れて飛ばされる。


「グエッ」


アーネスが慣性で功とバイクに押し付けられ、肺から空気が出たような音を出す。

ちょっとした三次元機動にアーネスも無事では済まなかったようだが、まだ優しい方だ。


功はフロントブレーキを握りしめたままアクセル!

リアタイヤは煙を上げてホイルスピンを起こす。

タイヤに踏まれていた片腕ゴーレムは勢いで後方に吹っ飛ばされた。


ガラクタのように地面に投げ出された片腕ゴーレムは完全に沈黙した。


だが、これで終わった訳では無い。

功はその場でアクセルターンして目当ての場所に向かう。


それは城壁に登る階段。

階段にも城壁の内側にも、手摺りのような胸壁が遮蔽になっており、ブリッコーネが一度に登って来れない隘路でもある。


城砦の中に立て篭もる事も考えないではなかったが、いずれはブリッコーネに追い詰められて破綻を迎える事になるのは確実だ。


それに、


「アーネス!舌噛むなよ!」


功はバイクで階段を駆け上がる。


だが、


《クソッ!》


完全な方のゴーレムに先回りされた。


ゴーレムは壁の裂け目から下に向かって重力砲を構えていたが、功が近づくとフワリと浮き上がり、静かに城壁の上に着地する。


「アーネス」


功は無理難題をアーネスに委ねる事にした。


「何よ」


階段の途中、3/4を登った所でバイクを横向きに停める。


不可能なのは分かっている。死ぬかもしれないのも重々承知だ。

それでも功は言わなければならない。


「ここでブリの奴らを食い止めてくれ」


「いいわよ〜、その代わり帰ったらパンケーキはアンタの奢りね」


普段通りのアーネス。

こいつには一生敵わない。

そう思った。

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