第50話逃避行

ドクから連絡が来た。


『コイツは凄ぇぞ功!びっくりだ!』


えらく興奮した様子のドクは凄ぇとびっくりを連発して話にならない。


「一体どうしたんだ?何が有ったんだよ?」


『だから凄ぇんだって!』


「凄いのは分かったから何なんだよ。ガイスト、聴こえてるか?何が有ったんだ?」


ドクでは話にならないと思った功はパーティ回線にしてガイストに振った。


『うん、確かにこれは壮観だ。今城砦北壁の真下に居るのだが』


変態は大概の事ではたじろがないらしい。落ち着いたガイストの声が返って来た。


『とても美しい。まるで神が造形したもうた芸術の極みのようだ』


《て事はロクでもないもんてことだな》


『巨人達の白骨化した死体とミイラ化した死体が・・・7、いや9体か、ここから見えるだけで9体の死体が北壁に貼り付いたようになっている。

まるで地獄から抜け出そうともがく人間の苦悩を描くレリーフのようだ。神々しい西陽を受けて陰影が浮き出る様子はまさに究極の美の一つと言っていいだろう』


美しい云々はガイストの戯言たわごととして聞き流すが、ダッチマンウォールバンカーが死んでいるとはどういう事だろうか。


『おぉ、良く見ると崖下にも死体が折り重なっている。パラダイスだ!』


《なんのだよ!》


さすがに突っ込まざるを得ない。


「どういう事だ?状況が今一よく分からん」


『おそらく巨人達は、山頂の城砦目掛けて崖を登攀しようとしていたのだろう。その途中で攻撃されたのに違いない。なんと萌えるシチュエーションなのだ!』


「マジか!ならちょっと周りに細かい騎士風のゴーレム居ないか探して見てくれ。さっきパーティストレージに送った奴の仲間みたいなの。交戦したとするとそいつらの筈だ」


ここに来てまさかの展開だ。

通話はアーネスにも聞こえるようにスピーカーモードにしていたが、そこにアーネスが割り込んで来た。


「ちょっとフィー!聞いてる?聞いてんでしょっ!その情報は売れるから綺麗に色んな角度で全部カメラに収めといてよ!サラディ!何か持って帰れるモン有るっ?有ったら確保っ!」


『い、いやお嬢、それはさすがに無理だ。小指の骨一節でもストレージには入らねぇよ。だが、この情報を持って帰りゃ、仮に回収した奴が居てもそいつから一割は貰える筈だ』


ドクはやっと正気に戻ったようだ。


『私〜、骨より内臓💕がいいわ〜』


フィーはある意味正常である。


「いいから撮んのよっ!ドク!最善で対処っ!現場は任せ・・・」


「ストーップ!ストップ!ストップ!今はそれどころじゃ無いっ!」


《コイツらは何なんだよ、今はそんな事やってる暇なんか無いだろうに!》


「サラディ、余計な仕事しなくていいからな。そこから城壁狙えるか?」


『ウォフッ』


「よしっ、ならガイストも大丈夫だろ?フィーは周辺警戒しておいてくれ。その辺はヤバいのが多いらしいからな。ドクはボートの操縦、俺が合図したらすぐに陽動開始、なるべく粘って騒いだ後、下流に向かって退避、城砦が見える位置で隠れて俺達を待っててくれ。合図があるまではドクが崖を撮影。ゴーレムを探してくれ。もうしっかり稼いだから皆で生きて帰るぞっ!」


『お、おう』

『ウォンッ』

『りょ〜か〜い💓』

『いいだろう』




「アーネス行くぞ」


先程ポチったバッグを背負い、ハーネスを留める。そのままアーネスに背を向けて歩き出した。


「そんなにプリプリ怒んなくていいでしょ⁉︎お宝が有れば欲しくなるのが人情じゃない」


アーネスには養わねばならない子供達が居るのだ。

多少の無理はするのだが・・・


「行き過ぎた欲は身を滅ぼすぞ。人間身の丈に合った生き方しなきゃ足下掬われる」


「何よ爺臭い事言って」


お金が欲しいのも本気だが、アーネスも本当は分かっている。

彼女なりに、これは功に甘えているのだ。一種の軽口、ジャレ合いだ。


しかし功は急に振り向き、アーネスの肩に手を置いた。

アーネスは危なっかしい。頑張り過ぎるといつかは擦り切れる。

功はアーネスにそんな事になって欲しくなかった。


「お前が何かの為に頑張ってるのは分かってる。いつも金、金って言ってるけど、お前自身が普段あんまり贅沢しないでいる事もな」


化粧気の無いアーネスの顔、無造作に括られただけの髪、痩せた身体。たまの贅沢はカフェでの甘い物。凄く高かったと悔しがる安物の矯正下着。

だが、仲間の為、パーティの為なら装備やアイテムは惜しまないし、勝手に居なくなった仲間の給料もちゃんと振り込む馬鹿正直さ。


「だからこそ、お前には人生を楽しんで貰いたい。その為には生き残らなきゃならない。何かの為に頑張ってるからこそ、その何かの為にも命を無駄にしないで欲しい。俺がいる間は、まあ、出来る範囲で手伝うからさ」


《何?何で急にそんな事言い出すのよ!》


不意打ちだ。

突然の功の言葉に胸が締め付けられる。

分かってくれてる、見てくれてる者が居る。それを知るとこんな気持ちになるのか。


ダメだ。これ以上はダメだ。これ以上この男の顔を見ていたら溢れてしまう!


突然の事にアーネスの感情は爆発しそうになった。

右の拳を力一杯握り、奥歯を噛み締めてアーネスは功の胸を叩く。

俯き、固く固く眼を閉じて取り敢えず一回深呼吸。

そして震える声を振り絞る。


「さっさと行きなさいよ!帰るわよ!」


「・・・おう」


自分を見ていてくれる功の声は、アーネスの耳にとても優しかった。





功が頭を撃たれた扉に2人は黙ったまま戻って来た。


アーネスが閉めた扉の前に血塗れの割れたヘルメットが転がっている。

それを見てもう一度功は気合いを入れ直した。


ここからはスピードが勝負だ。ゴーレムが陽動されている間に素早く逃げ出さないとならない。

ゴーレムがドク達の元に行く可能性も無いではないが、派手な音を立てているドク達に、森の魔物が大人しくしているとは思えない。


功は扉の前でスマホから愛車V-MAXならぬ、D-MAXを取り出す。

ついでにハンドグレネードも持てるだけ持つ。

パラコードも取り出し、端を扉の取手に結び付け、階段の手摺りを通してもう一端をアーネスに握らせる。


「かなり窮屈だろうけど我慢してくれな。それから陽動が始まって俺が合図したら思い切り引っ張って扉を開けてくれ」


「了解」


アーネスのくせに声が心なしか緊張している。

アーネスのポジションは功の前だ。後席タンデムはチェーンガンとミサイルキャニスターの架台で人が乗れるスペースは無い。


アーネスは功の前に反対向きに跨った。


「え?」


コアラの子供のように、功にしがみつく。


「こうじゃないと何処にも掴まる所が無いじゃない。放り出されちゃうわよ」


確かにその通りなのだが、それでいいのだろうか。


功は深く息を吐いてハンドルを握った。


功は手動で愛車のFCSファイアコントロールシステムを立ち上げる。

ヘルメットが無いのでターゲティングはハンドル左側のタッチパネルで操作しなければならない。

運転中にそれは出来ない。なのでチェーンガンの照準は真っ直ぐ前方に固定。ライトマシンガンは元々前しか撃てないのでそのままでOK。


ホーミングミサイルは・・・無理!

諦める。


武装選択は元ウィンカースイッチ。

左がチェーンガン、右がライトマシンガン、真ん中はセーフティではなく、である。

今はチェーンガンに合わせる。トリガーは元パッシングボタンだ。


スマホはハンズフリーモードで、ワイヤレスインカムを装着。風圧対策でサングラスを掛ける。


「ドク、用意はいいか?」


『おう、始めるか?それからお前さんの言う通り、良く見たらゴーレムが蟻ん子みたいに散らかってるぜ』


「だろうと思ったよ。有るんだな、こんな都合のいい展開って」


『まだまだ油断すんなよ。先は長いんだ』


「そうだな。それじゃ始めようか」


呼吸を整える。


『行くぜ。5、4、3、2、1、ぶちかませっ!』


まずはガイストの15mm炸裂焼夷弾の着弾音。続いてサラディの40mmグレネードの爆発音。

その後は続け様の爆発のパレードだ。


《行くか?いや、もう少し。アイツのスピードなら・・・・よしっ!》


「アーネス、頼む」


アーネスがパラコードを全力で引き、早口で全体防御力上昇ゴッドブレスをかける。


扉が開く。同時にエンジン始動。アクセル!

リアタイヤがホイルスピンを起こし掛けるが、クラッチ操作でロケットスタート。


ギアアップ。


《アイツは?》


居た!

なんと二体も居る。

危ない所だった。やはり用心に用心を重ねて正解だ。


地面を滑るように高速で城壁に向かっている。ただ、二体のうち一体は右腕を失くしており、動きもぎこちない。


ハンドルを右に切り、ゴーレム達を横目に見ながらギアアップ。

鬼の居ぬ間にとんずらだ。


方角は合ってる筈。

功達が侵入して来た外通路の広さと、方角から考えると、こちらが正門に続く通路の筈だ。


建物の角をさらに右に曲がり、ギアアップ。


まだ爆発音は続いている。


途中の通用門の扉はチェーンガンで吹っ飛ばす。


《ビンゴ!》


建物正面に回り込み、それっぽい正面大通りに入り加速。前方に櫓型の大門。


流石にこれはチェーンガンだけでは無理そうだ。


ペネトレートでチェーンガン掃射、1秒。

左手でハンドグレネードを抜き、4秒のタイミングを見計らい、ぽとりと地面に転がす。

同時にギアダウン。

魔力節約の為シールドは張らない。バイクをドリフトさせながらUターン。


グレネードは慣性で跳ね転がり、タイミングドンピシャで穴だらけになった門を爆破する。


バイクをさらにUターン。門を潜る。


すぐ目の前に噴水。

ギアダウン。

滑らかに迂回して加速。

ギアアップ。


それから幾つかの門を通過する。

そろそろチェーンガンの弾も心許なくなって来た。


《見えた!》


前方にあの蜘蛛の巣塗れの格子の門が有る。


あの格子も強敵そうだ。


『功!森の魔物が騒ぎ出しやがった!もういいか⁉︎』


ドクの切迫した声が聞こえる。


「ああ、ありがと!充分だ!こっちももうすぐ出られそうだ!」


『了解!おい!ずらかるぞ!』


ペネトレートにエクステンションでチェーンガン掃射。少しづつズレるように斜めに走る。

とうとうチェーンガンの弾が弾切れアウトオブアンモ

だが、これが最後の門だ。


ハンドグレネード投下。

ギアダウン。

Uターン。


爆発。

Uターン。

ギアアップ。

急ブレーキ!

ギアダウン!さらにダウン!

フロントが流れる!

左足をつき、カウンターを当ててリアも流す!


《最悪だ!》


爆破した正門前には、ブリッコーネの群れが居た。

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