第20話捕捉
「マジかよ!クソッ!」
距離はまだある。彼我の距離はおよそ200mと少し。その距離を隔てて尚圧倒的な強者のオーラを感じる。
体高は伏せた状態で2mちょっと、全長はここからでは見えない。
「アーネス!予定変更だ!デカイのがいる!あれだ、あの恐竜みたいなの!」
咄嗟に名前が出て来ない。
『何よ、それじゃ判んないわよ』
もどかしい。
「あれだあれ!フォレ何とか!舌噛みそうなやつ!」
『アンタマジで言ってんの?すぐ戻って来なさい!』
自分でも良く見つけたと思う。いつからそこに居たのか、木立に半分隠れ、背中に苔や草を生やし、ひっそりと蹲っている姿はちょっとした丘か岩にしか見えない。
おまけに霧の様に細かな雨が降る中、見つけられたのはウルズアイのおかげだろう。
その巨体に似つかわしく無い小さな眼が、瞬きもせずこちらを凝視している。
《あ、こっち見てる》
『功、聞いてるか?奴はお前に気付いてるか?どうだ?』
ドクから通信が入る。
「距離220m、バッチリと眼が合っちゃってるな」
『不味いな、でくわしちまったか。奴は絶対に諦めん。しつこいので有名な魔物だ。すぐに戻って来い!』
「戻ったらそっちごと追われるぞ」
『だから何だってのよ!戻って来なかったらアンタがやられんのよ!戦力集中したら何とかなるから戻って来なさい!早〜く!』
アーネスの言う事ももっともだ。だが、ネットによるとフォレスタルチェルトラは確か2パーティ以上が推奨の魔物の筈だ。
有効な弾は12mm以上で、とにかく倒すのに大火力が必要な要塞のような奴だ。
移動速度も巨体の割に速く、狙った獲物を執念深く追う嫌らしい性格を持つ。しかも興奮させると魔物忌避結晶(高濃度全素核に魔物避けのみをエンチャントした物質。現在の技術では作れない古代遺物)も効果を無くし、逃げ場が無くなってしまう。
「ドク、対戦車地雷とか持ってねぇの?」
『馬鹿言うない。地雷は放置する馬鹿がいて20年前から禁止になったんだ。そんな禁制品使ったら傭兵ギルドからお尋ね者にされちまう』
何処にでも迷惑な馬鹿はいるらしい。
「救援は呼べねぇの?」
『残念だがこの稼業は全て自己責任だ。友好関係に有るパーティがいれば金次第で要請する事も出来るが、俺たちにはそんなのはいない・・・。いない事も無いが後が怖いし、救援が来る前に色々終わってらぁな。先ずは自力で逃げ出すのを考えよう』
『いいから早く戻って来なさい!この森うろついてたらいつかはエンカウントする魔物よ!対策だってしてあるんだから大丈夫!』
ドクに被せるようにアーネスが叫ぶ。自信満々のようだが、功は信じない。アーネスの事だ、絶対穴がある筈だ。
大方、ドクの重機関銃かガイストの対物ライフルの事を自慢げに"対策"と言っているに違いない。
確かに有効かも知れないが、それだけでは対策とは言い難いと功は思う。
フォレスタルチェルトラはまだ動かない。奴も功が自分を認識している事に気付いている筈だ。
もう一度マップを見る。奴の足止めが出来そうな地形は近くには無い。深い渓谷や、断崖でも有ればと思ったが、考えてみればそんなものがあったって輸送車も通れない。
自分の装備を見る。
使えそうなのはアクティブホーミングのミサイルランチャーくらいか?10mmチェーンガンはそのまま撃てば嫌がらせくらいにはなりそうだ。ペネトレートを乗せるとダメージは与えられそうだが、魔力が一瞬で枯渇しそうなので、使い所に注意が必要だろう。
ペネトレートを乗せたオルトロスのサボットスラグでも通用するかは怪しい。ラプターホーネットのホローポイントはワンチャン有るかもしれないが、7mmフロントマシンガンでは多分ダメージは与えられない。
この予想もウルズアイの恩恵かもしれない。判る筈もない事が何となく予想出来る。
功は少しづつ後退る。視線はフォレスタルチェルトラに釘付けだ。少しでも視線を切るとやられる。そんな強迫観念に駆られる。
アイドリング状態の愛車迄あと少し。
音も無くフォレスタルチェルトラの頭が持ち上がる。静かで滑らかな動きだ。
非現実的な光景。
想像を絶する生物。
被捕食対象の自分。
何もかもが悪夢だ。
静かにバイクに跨る。武装チェック。オールグリーン。ハンドルの手元のスイッチで全車載武装の安全装置を解除し、ファイアコントロールを起動。
視線でターゲット指定。
ターゲットの魔力波形をFCSが分析し、諸元入力、ターゲットロックオン。
微かな駆動音と共にフロントマシンガン、リアチェーンガンが起動する。
こうしておけば自動でターゲットを常に狙ってくれるらしい。
しかしフロントマシンガンは射線が確保出来ず、ヘルメットのHUDにダイアログが表示され、failのサイン。
コマンドキャンセルでサインを消す。どの道フロントマシンガンは使わないだろう。威力も足りないし進行方向に奴はいない。
リアチェーンガンは立ち上がり、ほぼ無音でアームが伸びて筒先をフォレスタルチェルトラに向ける。
アクティブホーミングにターゲット情報が高速で入力されて行く様子がウィンドウで表示されているが、正直目で追えない。邪魔なのでウィンドウを最小化する。
ドクの話だと、最初にロックオンを掛けておくだけで継続してターゲティングされるという話だ。後は左手元のスイッチだけで武装が発射出来るシステムとなっている。
功はアクセルを握り、クラッチを切る。ギアはセカンドに。
足場は少しぬかるんでいる。ローで吹かせばホイルスピンしてタイムロスが出るかもしれない。
フォレスタルチェルトラがのそりと身体を浮かせる。
予定変更!ギアはやっぱりローへ!クラッチを繋いでアクセルターン!
盛大に泥を跳ね飛ばし、バイクの方向を変える。チェーンガンのアームは真後ろへ向き、フォレスタルチェルトラへの射線をキープ。素晴らしい反応だ。
アクティブホーミングは、通常は一旦上空に打ち上がってから急降下で襲いかかるポップアップダイブ式なので、ミサイルのキャニスターは上を向いたまま固定されている。
『何してんの!早くしなさいよ!』
アーネスは急かすが、こっちの身にもなって欲しい。
フォレスタルチェルトラはいよいよ本気の追跡を始めたようだ。灌木や細い木立をへし折るメキメキという音が聞こえる。結構なスピードで追いかけて来る。
脚を伸ばした体高は優に3mを超え、その質量たるや巌のようだ。
自分の持っている装備が豆鉄砲に思える。
《無理だろ!いやいや無理だってアレは!》
しかも足が8本も有るので、動きが静かで体重移動が滑らかだ。おそらく思っている以上に小回りも効くだろう。
巨体とは思えぬ滑らかな動きだ。
マップに映る輸送車のマーク。最短で進めばドクらの射線を遮る事になりかねない。
フォレスタルチェルトラはまだ輸送車の存在を知らない。功が誘導すれば、奴の横っ腹に奇襲を掛ける事も可能だ。
『世話が焼けるわね!ビビって動けないんなら迎えに行ってあげるから大人しくしてなさい!』
《何でこいつは無駄に面倒見がいいんだ!》
リーダーとしては大切な資質だろう。実の所心配してくれて内心ちょっと嬉しいのだが、時と場合による。
絶望感しかなかった功の心に僅かにゆとりが生まれる。
「ちょっと待て、俺に考えがある」
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