3 『愛には愛を』

 僕は、朝のテレビニュースで知った。


 ピルールルー。

 驚いたな。

 昨日、電話番号の交換をしたばかりで、もうかかってきた。

 家にきた友達とお母さんが思ったのは、丹羽百合愛さんのことだったんだ。

 喧嘩の件もあって、ホームルームも荒れてしまったとかそんな話をしたんだ。


「僕だけど。丹羽さん、どうしたの?」


「朝早くから失礼だけど、端田くんの玄関の前に来ているの」


 え!

 か細い声なのに、行動力は抜群だな。

 僕の白い団地、三〇二号室前にいるのか。

 このドア一枚隔てた向こうに。


「分かった。肌寒いから、玄関の中までどうぞ」


 ドアをゆっくり開けると、泣き腫らしたような百合愛さんがいた。

 一体、この女神は、気が強いのか弱いのか、どちらだろうか。


「今朝のニュースを聞いたかな?」


 ずばっと訊かれましても。

 そりゃあ、真田中学校の名前が出てしまったものだしね。


「うん」


 僕は、どんな言葉も紡げなかった。

 ただ、頷くだけの情けない男だ。


「飯田橋くんと鈴森くんが刺し合ってお亡くなりになったって……」


「そうみたいだね」


 百合愛さんは、事件に真っ向から取り組んでいる。

 それなのに、僕だけが他人事のようで嫌だな。

 いじめられていたから、さっぱりとしているとかではない。

 どこか、絵空事のような感じがするのだ。


「私、この頃のこともあるから、やり切れない気持ちで一杯なの」


 セーラー服のスカーフをきゅっと握る。

 ストライプがしわくちゃになる。

 彼女の心臓のようだ。


「それは、クラス委員として? 人として?」


 僕からも質問してみよう。


「そんなの、人としてに決まっているじゃない」


 思った通りの返事か。

 女神も人の子ってことか。


「丹羽さんは、関係ないんだから。……どうしようもないよ」


「端田くんって冷たい人だとは思わなかった」


 むう。

 余計なお世話だな。


「丹羽さんは、女神なんですか?」


 しまった!

 口を滑らせた。


「とにかく、この事件はあの『ハンムラ』が関わっているとの噂があるから、今日は端田くんは、学校を休んだ方がいいよ」


「何だって! いいよ。勝手に言わせておけば。僕は潔白だ。それに、無遅刻無欠席でいたいしね」


 百合愛さんが、暫く下を向いた後で、僕に熱い目を向ける。


「でも――」


「僕は、弟の分も生きなければならないんだ! そんな茶番に付き合っていられないよ」


 玄関の暖簾が揺れた気がした。

 カチャンと後ろから音が運ばれる。


「悠太! 陽司のことを気遣ってくれていたのね……!」


「お母さん――。いや、これは。うううん、それより、食器は割れていない?」


 僕らのお皿などを拾った。

 お母さんは、エプロンの裾で目頭を押さえている。


「大丈夫よ。お母さんも全く怪我をしていないわ」


「私にも手伝わせてください。私もいけなかったわ」


「丹羽さん……」


 僕の女神は、やはり女神だった。

 優しさの道のりを考えられる人だと思ったよ。


 もしも、『ハンムラ』に、愛し合って欲しいと頼めたら、よかったのに。

 皆の殺伐とした感じやいじめがなくなったらいいと思う。 


 ――『愛には愛を』も考えて欲しい。


 彼女のように……。

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