第59話 機転とカバーの戦い
kirishunこと桐岡俊介は、敵の足音に耳をすませていた。
高性能なゲーミングヘッドフォンのおかげで、敵の足音が四人分しかないことに気づいた。
しかも敵の四人分の足音は、ステージ中央付近に集まっていた。どうやら陣地の境界線にある金鉱のみを掘っているらしい。
これら情報から導かれる答えは、一つしかなかった。
「新崎さんが、すでにうちの陣地に侵入してます。あらゆる効果音に合わせながら、足音を消してるんです」
俊介の報告によって、東源高校のメンバーたちの表情が、引き締まった。
ノイナール学院の細かな動きは、東源高校側でも、想定済みだった。
新崎の格闘家は、東源高校の陣地を隠密行動して、標的を探す。
残り四人の選手たちは、ステージ中央付近にある金鉱を掘りながら、ノックバック効果で吹っ飛んでくる獲物を待ち構える。
採掘したゴールドのほとんどは、歩兵の生産に回しておく。
これら、細かな動きの意味を、実況解説コンビが説明した。いつものように、実況の佐高から解説の山崎へ。
『山崎さん。ノイナール学院は、もう後に引けなくなりましたね。すべての動きがゲーム序盤特化ですよ』
『ですね。新崎選手の格闘家は、本来やるべき金鉱掘りと、視界確保を放置してでも、東源高校のダメージ源を探しています。
さらに残り四人のメンバーが採掘したゴールドも、すべて歩兵の生産に使いました。
となれば、格闘家のノックバックで、敵のプレイヤーを一名削ってから、ゲーム序盤における歩兵の強さを活かして、ひたすら前に進む。この流れが成功すれば、ノイナール学院の勝利でしょう』
『仕掛けられる側としては、地味に対処が難しいんですよね。歩兵に新しい命令を入力するための原則は、本拠地の視界内か、プレイヤーキャラの視界内にいること。
だからもし、仲間のプレイヤーキャラが倒されてしまったら、その場に残っている護衛用の歩兵を回収するためには、誰かが近づかないといけない。でもノイナール学院の歩兵たちが、次から次へと押し寄せてくる』
『だからこそ、東源高校にしてみれば、格闘家によるノックバック戦略を防げたなら、実質勝利なわけですよ。いってしまえば、ノイナール学院の疑似的なラッシュを防いだようなものですから』
だから俊介は、薫のハンターと連携して、新崎の接近を見抜くことに全力をつくしていた。
薫のハンターが担っている役割は、〈スカウンティング〉で新崎の格闘家を発見することだ。
俊介のファイターが担っている役割は、薫の動きをカバーすることだ。
他のメンバーたちも、それぞれの役割を意識して、迎撃態勢を整えていた。
もはや仲間たちとの余計な会話は必要なかった。誰もが自分の役割を理解しているからだ。
だがしかし、俊介は嫌な予感を感じていた。
ド〇えもんのコスプレをした新崎の長所は、先読み能力だ。ゲームセンターの戦いでも、先読み能力を活かして、俊介の驚異的な反応速度に対処してみせた。
そんな人物が、素直にお手本みたいな動きを実行するとは思えなかったのだ。
だがお手本みたいな動きとは、格闘家のメリットを最大限に有効活用することに他ならない。それを実行しないというなら、わざわざ格闘家を選んだ理由がなくなる。
だから新崎は、東源高校のダメージ源である、尾長のマジシャンを狙うはずだった。
という考えを、俊介が脳内に浮かべたとき、ついに緊迫のときがやってきた。
メイド服の薫が、〈スカウティング〉を発動するキーを軽快に押したのだ。
すると彼の操作キャラであるハンターは、大きな地図を広げながら、その場でぐるりと回転した。この動きと連動して、周囲の視界が明るくなり、ミニマップに真円のライトが点滅した。
おそらく薫は、近くに新崎がいる確信があったから、〈スカウティング〉を発動したんだろう。
その予測は、的中していた。だが万全ではなかった。
なぜなら、〈スカウティング〉が周囲を明るく照らすのと、新崎の格闘家が茂みから飛び出してくるのは、ほぼ同時だったからだ。
とはいえ、ほぼ同時ならば、いくらでも挽回は可能だった。
いや違う。可能なはずだった。
新崎は、優れた先読み能力により、東源高校のメンバーたちが思い描いていた構図を崩していた。
新崎の格闘家は、尾長のマジシャンを無視して、薫のハンターに向かって、前ステップしていたのだ。
俊介は、思わず絶叫した。
「薫先輩の背後に飛び込んだ!? なんで!?」
格闘家をキャラクター構成に組み込んだならば、対戦チームのダメージ源を狙う必要があった。
そして今回の試合において、東源高校は、ハンターを斥候役として使っているため、ダメージ源ではない。だからハンターには、一ゴールドだって投入していない。
そんなことは、ノイナール学院だってわかっているはずだ。
わかっているはずなのに、新崎の格闘家は、薫のハンターに向かって飛び込んでいた。
こんな格闘家の強みを捨てるような行動をとるはずがない、と俊介をはじめとした東源高校のメンバーたちは考えていた。
この思考方法は、かつて花崎高校と対戦することで習得した、【対戦相手へのリスペクト】を実践した証でもあった。
だがしかし、リスペクトは、裏目に出ることがある。
新崎のような、心理戦の得意な選手に、裏をかかれることだった。
そう、東源高校のメンバーは、裏をかかれたのだ。
だから俊介のカバーは、明らかに出遅れた。このままだと、薫のハンターは、ノックバックによってノイナール学院側の陣地に吹っ飛ばされて、包囲殲滅されてしまうだろう。
たとえ薫のハンターがダメージ源でなくとも、プレイヤーキャラクターを一体でも倒されてしまえば、その後の歩兵を使った争いで、不利になること間違いなしだ。
現在の状況を、実況解説コンビも触れた。
『山崎さん、これ、どういうことなんですか? ノイナール学院、マジシャンを無視して、ハンター狙いましたよ』
『これは二段構えの作戦です。一段目で、斥候役であるハンターを潰してから、二段目で、ダメージ源であるマジシャンを潰すつもりですね。格闘家なら、スキルのクールダウンはありませんから、臨機応変な動きが可能になります』
『なるほど。これ、最短距離でダメージ源を潰すと見せかけて、迂回路を混ぜた形ですか。〈スカウティング〉が使えなくなれば、マジシャンを倒すの簡単ですもんね』
『そういうことになります。東源高校は、ノイナール学院を真面目に分析したからこそ、この作戦に引っかかったんです。今年のノイナール学院は、どんなハイリスクな作戦だろうと、最短距離で実行するぞって思ったわけですね』
この東源高校のメンバーたちが、ものの見事に裏をかかれた瞬間を、花崎高校の魔女たちも見ていた。
花崎高校の部長である吉奈は、魔女のフードの奥から、やや熱っぽい口調で語りだした。
「kirishun。あなたが作戦に詳しくなったからこそ、裏をかかれたのよ。これは進歩でもあるんだけど、まだまだ駆け引きが下手ね。でもあなたは、こんなところで終わらないんでしょう。次の試合で、わたしたちと対戦するために」
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