第55話 ロケットの発射台とカメレオン
ステージのpick/banが始まった。
この試合における優先権は、ノイナール学院にあるため、彼らが先にステージのbanを行う。
実況解説コンビが、ステージ選びについて触れた。
まずはいつものように、実況の佐高から。
『今日の試合における、ステージ選択の肝は、両校のキープレイヤーですね。東源高校なら、kirishunがバトルアーティストを使うかどうか。ノイナール学院なら、新崎選手が格闘家を使うかどうか』
いつものように、解説の山崎が続く。
『個人的には、バトルアーティスト使ってほしいんですけど……使わない気がしますね』
『なぜですか、山崎さん?』
『だって、もしこの試合で勝ったら、次は因縁の花崎高校戦ですよ。そこからはBO3で戦うんですから、今のうちにバトルアーティスト以外のキャラも実戦で使っておかないと、花崎の高度な戦略に負けてしまいます』
『なるほどー。それではノイナール学院は、格闘家、使いますかね?』
『使わざるを得ないでしょうね。彼らは去年より飛躍的にうまくなりましたが、それでも今の東源高校に勝つためには、全力を出す必要があるので』
『そんなに強いですか、今の東源高校』
『kirishunが作戦を使えるようになったのが、あまりにも大きいんですよ』
『さてそんな状況下で、ノイナール学院のbanですけど、はい、砂漠を消しました』
『格闘家が隠れにくいステージを消した形です。ここは高低差こそ激しいですが、視界の開けた場所が多いですから、見つかりやすいんですよ。そんな状況下で、ハンターの〈スカウティング〉を使われたら、位置があっさりバレます』
『さてノイナールの砂漠banから、次に東源高校のbanなわけですが、都市の廃墟を消しましたね』
『東源高校は、格闘家が隠れやすいステージを消しましたね。よっぽど新崎選手の格闘家を警戒しているんでしょう』
『さて、続いてステージのpickです。優先権はノイナール学院にあるので、彼らが対戦ステージを選ぶわけですが……まぁ定番の森林ですね』
『そこそこ隠れやすいし、たくさん練習した場所なので、格闘家が活躍しやすいわけですよ』
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ステージのpick/banが終わったので、次はキャラクター構成の選択だ。
東源高校のキャラクター構成は、ファイター、マジシャン、重装歩兵、プリースト、ハンターである。
俊介がファイター。
尾長はマジシャン。
加奈子は重装歩兵。
未柳はプリースト。
薫はハンター。
予選大会で活躍した三名に関しては、そこまで変わった役割ではない。ほぼいつも通りと言っていいだろう。
なので注目すべきは、未柳のプリーストと、薫のハンターだ。
事前に計画したように、未柳は地味オブ地味の働きをする。金鉱採掘と回復スキルをひたすら繰り返す。試合展開によっては、ただひたすら金鉱を掘るだけで終わることもあるだろう。
薫は、積極的に動き回って〈スカウティング〉のスキルで、新崎の格闘家を探す必要があった。
「緊張はするけど、以前ほどでもないのかな」
薫は、メイド服の襟をつまんで、過去の自分や、ファッション部のギャル部長を連想した。
衣服には、謎めいた力がある。でなければ、ファッションという業界はお金を生み出さなかったし、上流階級は公式の場でフォーマルな格好を求めないだろう。
この謎の力は、良い方向に働くこともあるし、悪い方向に働くこともある。
薫は、普段着みたいにメイド服を着こなしているからこそ、新崎のコスプレに注目していた。
どちらが優れた異装の使い手か、なんて考えはもちろん持っていない。
薫がファッション部に出入りして着飾ることを楽しんだのに対して、新崎はアニメのキャラクターになりきることで過去の自分を克服している。
すなわち薫が衣服を土台にして積み重ねる変化なら、新崎は役者や俳優のような演じる変化なのだ。
だからこそ、新崎の格闘家は恐ろしい。彼は職業や役割が重要になる【MRAF】において、自分の仕事をこなすことに徹底できるからだ。彼が、この一年で頭角を現した理由でもある。
「僕は、あんまりバチバチした争いって得意じゃないけど、新崎くん……君とは戦ってみたいよ」
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新崎は、いつものようにド〇えもんのコスプレをしていて、気合十分だった。
「意外だった。てっきり東源高校でハンターを使うのは、kirishunだと思ってたのに」
新崎が使用する格闘家の天敵は、ハンターのような索敵スキルを持ったキャラだ。あくまで格闘家は、隠れて接近することでしか真価を発揮できないキャラだから、接近戦に持ち込む前に発見されると、一瞬でピンチになってしまう。
だからこそ、チーム全体のキャラクター構成も、少しだけ悩むことになる。
格闘家の弱点から逆算すれば、いかにして敵に発見されないまま、敵のダメージ源の懐に飛び込めるか、を考えればよい。
もしも、新崎以外の選手が、大きく成長していたなら、トリックスターあたりの扱いの難しいキャラを使ってもよかったのだろう。
だがあのキャラは、ただでさえ扱いが難しいのに、ほんのちょっとでも作戦に噛み合わなかったら、ただの歩く的になる恐ろしさがあった。
なお試合前に、warauコーチは、こう判断していた。
『もし、あと一か月、練習期間があったら、他の選択肢もあったんだろうが……』
あと一か月足りなかったゆえに、今日のノイナール学院のキャラクター構成は、格闘家、ファイター、マジシャン、重装歩兵、プリーストになっていた。
格闘家以外は、驚くほどにスタンダードだし、なんなら東源高校と一緒だ。
違うのは、ハンターと格闘家だけである。
だからこそ、ハンターを使っている薫という選手が、新崎は気になった。
「あの女の子みたいな男子は、きっとメイド服をロケットの発射台みたいに感じてるんだろうな」
新崎にとって、アニメキャラのコスプレは、カメレオンみたいな変身だった。
同じ異装であっても、求めている力が違うのである。
そう、力だ。もしノイナール学院に、もう少しだけ力があったら、きっとチームメンバー全員が変化の力によって、複数の作戦を会得することも可能だったんだろう。
warauコーチは、選手たちが複数の作戦を取得する前に、大会当日を迎えてしまったことに対して、こう言っていた。
『すまなかった、みんな。俺の練習メニューの組み立て方が、堅実すぎたんだ』
彼は悪くないだろう。ならノイナール学院の選手が悪いのかといえば、ちょっとニュアンスが違う。
誰もが一生懸命練習したし、ちょっとした休憩時間に作戦について話し合いもしたし、チームメイトの仲も良好だった。
だがそれでも、目標としていたハードルを越えられないことがある。勝負の世界とは、そういうものなのだ。
かといって嘆く必要もない。なぜならこの試合で勝てれば、さらに一週間が手に入って、新しい作戦を取得できるかもしれないからだ。
「この試合のカギは、僕の格闘家と、薫くんのハンター。どちらが異装の力によって、チームに貢献できるのか。勝負しようじゃないか」
新崎は、東源高校でハンターを使う薫に、対抗心を持ち始めていた。自分と同じく異装の使い手ということもあるが、彼がいつもと違う職業を使って、新しい役割にチャレンジしているからだ。
新崎は、アニメのコスプレの力によって、新しい自分を発見した経緯があるゆえに、自分と同じ匂いを感じる人が、気になってしょうがないのである。
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