第54話 ノイナール学院との決着は、ワンアクションですべてが決まる

 俊介の所属する東源高校は、すでに試合会場に入っていた。現地にも、配信にも、お客さんが詰めかけていて、熱狂の度合いは増すばかりである。


 舞台裏に待機したスタッフたちも、試合席に座った選手たちも、すでに準備は整っていた。


 あとは試合開始を待つばかりである。配信があるゆえに、試合のスケジュールは時間単位で決まっているため、少々の待機時間があった。


 その間に、部長の尾長が、部員たちに伝えた。


「俊介くんと馬場くんが、ゲームセンターで偵察してくれたおかげで、この試合における争点は、すでにはっきりしている。新崎くんの使う格闘家だ。彼を防げれば我々の勝ちだし、防げなければ我々の負けだ」


 先週の試合でも、新崎は格闘家を使用して、大活躍していた。しかも彼個人が活躍するだけではなく、彼の格闘家を中心としてチーム全体が連動して、大いなる活躍を見せつけた。


 だが格闘家というプレイヤーキャラクターは、かなり癖がある。うまく運用できれば強いが、うまく運用できなければチーム全体の利益を損なうことになる。


 なぜこんなにシンプルな結論になるかといえば、【MRAF】の特性上、たった一人でもプレイヤーキャラクターの長所を活かせなかったら、リソースの差で敗北するからだ。


 俊介のバトルアーティストで例えれば、わかりやすくなるだろう。


 もしもバトルアーティストを育てている最中に、あっさりダウンしてしまえば、それまでに注ぎ込んだゴールドと時間を丸ごと失うことになる。


 そうなったら、チーム全体のゴールドと時間を失っているわけで、その試合では敗北が確定するわけだ。


 この事情と同じく、格闘家を選んだとなれば、チーム全体で格闘家の長所を活かせるかどうかが鍵となる。


 ただでさえ格闘家は『アーケードコントローラーによるコマンド入力でスキルが発動する』なんてピーキーな特性を持っているため、ほんのちょっとでも運用を間違えたら、ただの的になる。


 具体例をあげれば、中距離から遠距離で狙われたら、なんの抵抗もできずにダウンするパターンが非常に多かった。


 では東源高校が、どうやって新崎の格闘家に対抗するのかといえば、すでに作戦は立ててあった。


 部長の尾長が、青いフレームの眼鏡をキラリと光らせながら、事前確認を行った。


「念のために確認しておくが、この試合は前回と違って、バトルアーティストを使わない。我々全員が活躍することで、勝利することになる」


 もし一芸勝負をしたいなら、バトルアーティストを使うべきだ。


 俊介の個人的な感性だと、バトルアーティストを使って、わかりやすい決着をつけたいところである。だがチーム単位で成長することを考えたら、各自の連携で勝利しておかないと、いずれ限界がやってくる。


 ビジュアル系メイクの加奈子は、ぎゅいーんっとエアギターをかきならしながら言った。


「チームのみんなでうまくならないと、たとえノイナール学院に勝てたとしても、この次の花崎高校戦で負けちゃうから」


 実は【東源高校 VS ノイナール学院】の前に【花崎高校 VS 唐谷高校】が行われ、花崎高校が勝利していた。


 花崎高校。魔女たちの所属する学校であり、予選において東源高校が敗北した相手でもある。


 つまり東源高校が、ノイナール学院に勝利した場合、花崎高校と対戦することになる。しかもただの対戦ではなく、全国大会の切符をかけて、BO3の勝負に挑むことになるわけだ。


 加奈子は、いまでも花崎高校の部長である吉奈と親しくしているから、前向きなライバル意識がメラメラと燃え上がっていた。


 俊介だって、魔女たちのリーダーである吉奈の印象は鮮烈なままだった。


 吉奈は、俊介の個人技を、作戦だけで打ち破った生粋の軍師である。あれほど賢く立ち回れる選手は、なかなかいない。


 だからこそ俊介は、なにがなんでも彼女に勝ちたいと思っていた。


「花崎高校に勝つためには、吉奈先輩の作戦を上回る必要があります。なら俺たちは、ノイナール学院を作戦で打ち破らないと、お先真っ暗ですよ」


 部長の尾長も、ぐっと親指を立てた。


「そのとおりだ、俊介くん。我々が以前よりも賢く立ち回れるようになったことを証明しなければな」


 メイド服を着こなした薫は、ノイナール学院の試合席にライバル意識を向けた。


「ぼくは、新崎くんと戦ってみたい。彼がどうして、あんなにも異装にこだわるのか知りたいから。だから、この作戦における、囮の役割をがんばるんだ」


 薫は、囮をやる。新崎の格闘家をおびよせるための。だが薫の個人技で、新崎の個人技に対抗するのは、極めて難しい。だから薫は新崎の攻めに耐えつつ、仲間の到着まで耐えることが目的となる。


 ヴィジュアル系メイクの加奈子は、ぴろりぴろりと難しいギターソロを弾いた。


「これは難しい作戦だよ。ノイナール学院を、こちらの意図したとおりに動かさないと、そもそも囮が成立しないから」


 薫は、加奈子のギターピックに、人差し指を当てた。


「対戦相手を、自分たちの意図したように操るのは、花崎高校の得意技じゃない? だったら、そういう巧みな作戦を、ぼくたちも使えないと、たとえノイナール学院に勝てても、次で負けちゃうと思うんだ」


 テクニカルな戦いになりそうな雰囲気になったとき、お笑い生徒会長の未柳が待ったをかけた。


「ねぇねぇねぇ、みんなすっかり忘れてると思うけど、あたし、めちゃくちゃバカだからね? 今回の作戦、ちゃんと理解できてないかもしれないよ」


 作戦の話題となれば、部長の尾長が青いフレームの眼鏡を光らせながら言った。


「そんな予防線を張らずとも、この作戦における未柳くんの役割は簡単だよ」


 未柳はプリーストを使って、ひたすら回復スキルの使用と、金鉱掘りを繰り返すことになる。ただそれだけであり、へたすると戦闘に参加することもない。


 なぜこんな地味オブ地味な役割になったかといえば、チーム単位の獲得ゴールド量と関わっていた。


 薫が囮をやると、その分だけ金鉱に張り付ける時間が減るから、チーム単位で掘れるゴールド量が減ってしまう


 その埋め合わせを誰かがやらないかぎり、たとえ新崎の格闘家を潰せたとしても、ゴールドの総量で上回るノイナール学院に巻き返される可能性がある。


 だから未柳が、ひたすら縁の下の力持ちをやるわけだ。


「わかっちゃいるけどさ、本番でプリースト使うの初めてだから、緊張するんだってばー。不安をまぎらわせるために、作戦の流れを確認しておくんだけどさ。薫くんが囮をやって、新崎くんの格闘家をおびきよせたら、俊介くんと、加奈子と、部長で、包囲殲滅。これであってるよね?」


 おおっ、とチームメンバー全員が驚いた。あのしょうもないオヤジギャグばかり連発して頭の中身がこれっぽっちも進歩しなかった未柳が、まさかこんな正確に作戦を理解する日がくるとは思わなかったからである。


 そんなみんなの気持ちを代表して、加奈子がギターのピックをマイクのように使って、未柳にインタビューした。


「もしかして未柳、ちょっとは賢くなった?」


「バカにしないでよ! 毎日、部室前にあるアナログ盤面で作戦の練習やってれば、基礎ぐらい身につくんだから!」


「じゃあ、格闘家の弱点はなんだと思う?」


「忘れちゃった、てへ」


 てへ、の部分は、やけに過剰なポージングだった。もちろん本人は、かわいいと思ってやっている。だがチームメイトたちから見ると、ただウザイだけだった。


 いつもは温厚な尾長も、今回ばかりは、やれやれとため息をついた。


「…………褒めて損したな」


「ちょっとちょっと、そういう持ち上げて落とすみたいなネタいらないからー。これじゃあ、あたしのポジション、ひな壇のお笑い芸人じゃーん」


 未柳は、それはもうウザイ表情で、チームメイトたちにネットリ絡みついた。そう、彼女は持ち上げて落とす扱いを喜んでいた。本当にお笑い芸人みたいな生徒会長である。


 この流れを、ぶった切ったのは、ライバル関係にある加奈子である。


「ちなみに格闘家の弱点は、ハンターが最初から覚えてるスキル〈スカウティング〉だよ」


 未柳も、ぽんっと手を叩きながら、ようやく自分の席に戻った。


「そうそう、思い出した。格闘家は、スキルで特定のキャラを遠くに吹っ飛ばしたければ、どこかに隠れてる必要があるんだよね。でも〈スカウティング〉を使われたら、敵の視界にも映るし、ミニマップにも映っちゃうもんね」


 最後に話をまとめるのは、作戦に詳しい部長の尾長だ。


「というわけで、この試合は、薫くんが囮をやって、〈スカウティング〉で格闘家の位置を割り出して、残りの仲間で包囲殲滅。それが勝利条件だ」


 東源高校の部員たちは、自分たちの勝利条件を確認すると、ヘッドセットを耳にかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る