第36話 加奈子の信念

 ヴィジュアル系でありながら、ゴスロリ神話メタルでもある加奈子は、ひたすら金鉱を掘っていた。


 今回の使用キャラはプリーストである。以前にも語ったが、加奈子はサポート用のキャラクターが好きではない。ただし今回の作戦における運用方法は、サポートではなく、ファイター兼タンクとしての意味合いが強いため、おおむね満足だった。


 だが不満がないわけではない。実は作戦内容そのものが好きではなかった。


 まるで天才を勝たせるために、チームメイト全員が犠牲になるような作戦だからだ。


 加奈子は自己犠牲が嫌いである。尾長がバスケの全国大会で膝を怪我したときのことを思い出すからだ。先日のドッジボールを利用した特訓だって、自己犠牲精神にもとづいて行われたものであった。


 だが使える作戦の数を増やさなければ、本選を勝ち上がっていくうえで不利になるため、文句をいわずに受け入れた。


 加奈子は、なにがなんでも本選を勝ち上がりたかった。部活動で積み上げてきたことを全国大会の強豪チームにぶつけてみたいし、花崎高校との再選を待ち望んでいるからだ。


 花崎高校には、吉奈という魔女のリーダーがいる。eスポーツプレイヤーとしての熱い魂と、占星占術を習得した匠としての魂を持ち合わせた剛の者だ。


 そんな吉奈と交流を続けることによって、加奈子は占い部の魔女たちが【MRAF】を始めた理由を知った。


 彼女たちは、自分たちがカルト集団ではないことを証明するために、表の世界に出てきた。


 加奈子は花崎高校内部の雰囲気を知らないから、なぜ彼女たちがカルト集団扱いされるのか、不可解に感じる。きっと誤解ないし偏見があるはずだ。でなければ、あんなに心地よい波動を持った人物が、拒絶されるはずがない。


 誤解と偏見を取り払うためには、ネット配信のある本選で熱い戦いを見せるのが一番だろう。魔女たちの発する純粋な気迫が、花崎高校の一般生徒たちに伝導して、偏見という名の曇りを捨てるはずだ。


 そうやって対戦相手を気遣いたくなるぐらい、加奈子は吉奈たちとの再戦が楽しみであった。


 だが今は小此木学園との対戦中である。加奈子は恋人のタロットカードを胸ポケットに感じながら、ゴールドとチームの状況を確認した。


 あと500ゴールド発掘すれば、バトルアーティストはレベル最大になる。


 俊介は、東源陣地の安全地帯で金鉱の採掘を行っていた。


 尾長のトリックスターは、さきほどダウンしてしまった。たとえ操作キャラクターがダウンしても、座席から離れてはいけないため、彼はミニマップの状況やステータス画面から小此木学園の動きを分析していた。


 未柳のサムライは、廃車の中に潜むと、対象指定スキルを〈見切り〉で弾く瞬間を待ち構えていた。


 薫のウィッチは、敵を引き付けるために、あえて敵陣地の金鉱に手を出していた。


 大会の実況である佐高も、両校の状況を語った。


『東源高校は、あと500ゴールド掘れたら実質の勝利です。一方小此木学園は、限られた時間の中で入手したゴールドをチーム全体で均等に分配して、集団の力でバトルアーティストを倒そうとしています』


 解説の山崎は、細かい戦況に触れた。


『総合的に判断すれば、おおむね東源高校優勢ですね。ですが、まだまだ油断はできません。たかが500ゴールド、されど500ゴールドですよ。今この瞬間にバトルアーティストを倒されたら、その時点で東源は敗北が確定ですから』


『このあたりも【MRAF】の醍醐味の一つですね。誰にゴールドを投入するのかでチームごとのカラーが出ますから。チームのエースにゴールドを集中するのか、作戦に合わせて適切な比率で分配するのか、チーム全体で平均的に分配するのか』


『今回の試合にフォーカスすれば、個人技の高い選手にゴールドを集めれば、少々特殊な作戦を構築できます。ただしその選手が倒されてしまった場合、集めたゴールドを丸ごと失うことになりますから、実質チームの敗北が確定します』


『ハイリスク、ハイリターンの作戦ですね』


『しかしリスクを恐れては強敵に勝てませんから。とくにkirishunの場合、プロチームのことも考えているでしょうし、絶対に逃げられない作戦です』


 実況解説コンビのお家芸みたいな【MRAF】話法が終わったとき、敵陣地で金鉱を掘る薫から報告が入った。


「敵に発見された。今すぐ加奈子さんのところまで逃げるから。二人のスキルを組み合わせて時間を稼ごう」


 報告を参考にして、加奈子はミニマップを確認した。


 敵集団は北東に集まっていて、薫を追いかけていた。どうやら敵集団には小此木学園のプレイヤーキャラが複数含まれているらしく、かなりの火力を有していた。


 いくら薫が時間稼ぎのために、あえて敵陣地で採掘していたとはいえ、即座にダウンしてしまうのでは、今後の展開に支障をきたす。


 だから加奈子は、薫の逃亡を援護することにした。


「わたしの護衛用の歩兵を採掘に充てて、わたし自身は薫くんと合流する」


 加奈子は、護衛用の歩兵を金鉱の採掘に充ててから、単身で北東に向かった。


 なぜ大事な護衛用の歩兵を採掘に充てたのかというと、残り500ゴールドの状況では、加奈子がダウンすることよりも、採掘用の歩兵を失うことのほうがマイナスだからだ。


 だから加奈子は心の片隅で、やっぱり自己犠牲型の作戦はやりたくない、という愚痴を持っていた。


 しかし花崎高校と再戦するためにも、全国大会に出場するためにも、作戦は作戦だと割り切ることにした。


 加奈子は気持ちを切り替えると、これから発生する少数戦を乗りきるために、自分たちの手札を確認した。


 加奈子のプリーストはレベル一のままだから、回復スキル〈ナノマシンの癒し〉しか持っていない。


 薫のウィッチはレベル二まで上げてあるから、ブリンクスキル〈魔女の空旅〉と行動阻害スキル〈魔女の燻製〉を持っていた。


 これら三つのスキルを組み合わせれば、少数戦を引き延ばすことも可能だろう。


 たくらみが成功するかどうかは、加奈子と薫の連携プレイの精度にかかっていた。


 連携プレイの精度には、個人間の距離感や親しさだって重要になってくる。


 加奈子と薫は、eスポーツ部を結成する前からの友人だった。ファッション部の黒ギャル部長こと千秋と加奈子がクラスメイトであり、その縁から交流が生まれたのである。


 加奈子は年ごろの乙女らしく、黒ギャル部長の千秋と、中性的な薫の関係性に、興味津々だった。もしかしてあの二人はお付き合いしているのではないかと。


 だが高校三年生にもなってくると、公私の分別がついてくるため、他人のプライベートに不用意に踏み込まなかった。


 しかし惚れた腫れたの話題に首ったけなのが女子高生だろう。加奈子は卒業式の日に聞くつもりだった。二人はお付き合いしていたのかと。


 そんなことを考えていたら、ついに薫のウィッチと合流した。

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