第21話 未柳の大根役者っぷり

 俊介と尾長は、ステージ中央の手前付近で待ち伏せしていた。視界が拡大する平原ステージだから、きちんと茂みに身を隠していた。この状態を維持していれば、たとえ敵キャラクターの視界範囲内に入っても、発見されることはない。


 二人とも、重里高校の攻撃パターンを読めていた。まず間違いなく隠し玉作戦を実行する。他の作戦をやりたくても、まともなリソースが残っていないからだ。


 東源高校は、重里高校の進撃ルートを読みきってしまえば、ほぼ勝ちであった。


 なお進撃ルートを読むための下準備なら、ゲーム序盤でやってあった。


 そう、ステージ中央の境界線に均等な間隔で並べたワニ型歩兵たちのことだ。彼らが警報装置として働いてくれるから、重里高校の進撃ルートを簡単に読める。


 あとは重里高校の進撃ルートに、未柳のファイターを配置して、囮をやってもらうだけだ。


 重里高校は、自分たちの進撃ルートに立ちふさがる未柳を、数の力で押し潰そうとするだろう。


 その瞬間、茂みに潜んだ俊介と尾長は、すべてのスキルを駆使してコンボを叩き込めばいい。


 すでに俊介のウィッチはレベル四となり、奥義〈ソウルバインド〉を習得していた。だが敵である重里高校だって同じだけのゴールドを取得しているわけだから、彼らのうち誰かが奥義を取得しているはずだ。


 だからこそ待ち伏せ攻撃が突き刺さる。意識の外から飛び込まれてしまえば、奥義を撃つ前にダウンするからだ。


 この茂みを利用した待ち伏せ攻撃は、距離とタイミングがすべてだ。


 成功すれば、集団戦に勝利することになり、そのままゲームの勝者になれる。


 失敗すれば、囮役の未柳は一瞬でダウンしてしまって、東源高校は人数不利となる。


 東源高校には、境界線に並べた警報装置と、リソースの優位があるため、ローリスクで勝ち確定といっても過言ではないだろう。


 もちろん不安要素はある。東源高校はプロゲーミングチームではなく、ただの部活動だ。プレイヤーの誰かが初歩的なプレイミスをする可能性があった。


 俊介はミスをしない自信があった。それだけの技術と経験値を持っているからだ。


 しかし尾長と未柳は、相応の技術と経験値を持っていなかった。


 仲間を信じることと、能力を客観的に考察することは別だ。むしろ仲間を信じるからこそ、彼らの能力不足を下支えする必要がある。だから俊介は、尾長と未柳に一声かけたかった。この優れた個人技で、どんなミスでもカバーするから、と。


 しかし【MRAF】の仕様上、敵と距離が近ければ、ボイスチャットの内容を拾われてしまう。たとえ符丁や暗号で会話しても、音の定位から待ち伏せを見破られてしまうわけだ。


 だから俊介は、客観的な意味で仲間を信じて待つしかなかった。


 やがて重里高校の一団が、ステージ中央に到達した。


 西岡の重装歩兵を先頭にして、四番ファースト真田のハンターと、大食いキャッチャー吉岡のマジシャンが続く。もちろん手持ちの柴犬型歩兵も大名行列みたいに並んでいた。


 彼らが一つの軍団となってばく進する様子は、もはや列車であった。


 そんなド派手な列車がステージ中央を通過しようとすれば、当然のように境界線に並んだワニ型歩兵たちが反応した。


 ゲーム中盤以降なら、もはや歩兵の攻撃はそれほど恐ろしいものではない。だが重里高校にしてみれば、自分たちの進撃ルートを読まれたことが痛いわけだ。


 西岡は、小さな声で嘆いた。


『こんなに用意周到なのか、尾長は……』


 進撃ルートという貴重な情報を手に入れたので、予定通り未柳は囮をやるためのルートに移動した。


 ついに勝負の瞬間だ。東源高校は絶対的な優位を手にしていた。だがプレイミスをすればひっくり返る可能性がある。


 なお、もっとも簡単な役割は囮役の未柳である。ただ棒立ちして、敵の攻撃を受ければいいだけだった。もし役割に色気を出すなら、ひたすら後ろに逃げるというのもアリだ。


 だが未柳は、俊介にも尾長にも予想のできないことをやりだした。


 なにを血迷ったのか、わざとらしい演技で絶叫したのである。


「あぁぁーー! こんなところで偶然敵と遭遇するなんて、怖いよー、泣いちゃうよー」


 一円も稼げない大根役者であった。こんな露骨な演技をやったら、なにかしらの罠があると敵にバレてしまうだろう。これなら黙っていたほうが何百倍もマシだった。


 せっかくの罠を台無しにしかねない大根役者っぷりに、俊介のタヌキみたいな顔はぐにゃりと歪んでいたし、尾長の爬虫類みたいな顔は引きつっていた。

 

 だが未柳はふざけたわけではない。なぜなら彼女の表情と目線は真剣そのものであった。どうやら彼女なりに囮を成功させようと知恵を振り絞ったらしい。だが努力の方向性を完全に間違えていた。


 しかしもう後戻りできないので、俊介と尾長は予定通り動くだけだった。


 重里高校側も、謎の大根役者の登場に戸惑っているらしいが、基本的な狙いを捨てるつもりはないようだ。重里高校の狙いとは、重装歩兵を先頭にして、東源高校の本拠地まで全力で突き進むことである。


 ならば、わざわざ足を止めて未柳のファイターを倒す必要はない。まるで列車が障害物を弾き飛ばすように、軍団の突進する勢いを利用して未柳を倒そうとした。


 大根役者という不純物は混ざったが、おおむね東源側の狙い通りに事態は動いていた。あとは未柳がラウンドシールドを構えて、重里列車の到着を待てばよかった。俊介と尾長は、いつでも飛び出せるように心の準備を整えてあった。


 しかし重里高校のハンターとマジシャンが、未柳にスキルを撃ち込もうとしたことで、最悪の事態が発生した。


 未柳の大根役者っぷりは、どうやら一種のフラグだったらしい。彼女の鼻息はイノシシみたいに荒くなっていたし、目玉は渦巻きみたいにぐるぐる回っていた。バレーボール部時代に失敗したときと同じように、大事な場面だからこそ力みすぎていた。


 まだ集団戦を始めるには早い距離だ。というか絶対に自分から近づいてはいけないタイミグだった。


 だが未柳は、すっかり正気を失っていた。本気で勝ちたいからこそ、せっかく直したはずの欠点が再発してしまった。


「勝負よ、勝負、あたしたちが勝って本選へ行くんだから!」


 未柳はファイターのスキル〈ジャンピングアタック〉を発動した。【MRAF】初心者だって知っている技だ。敵の懐に飛び込んで着地エフェクトでダメージを与える。シンプルイズベスト。一目瞭然。これ以上ないぐらい基本的なスキルだろう。


 そのはずなのに、未柳は使ってしまったのである。絶対に自分から近づいてはいけない場面で。


 ● ● ● ● ● ●


 未柳は、すっかり興奮していた。生徒総会でオヤジギャグを披露したときよりも、東源高校バレーボール部の選手として試合に出場したときよりも、血液が煮えたぎっていた。


 そのせいでバレーボール部で二軍落ちした悪癖が、表に出てきてしまった。だが自分自身を客観視して欠点を完璧に治せるなら、弱点なんて言葉はこの世に存在していないだろう。


 だから〈ジャンピングアタック〉を発動してからも、未柳は勝つ気満々であった。


「あたしだってたくさん練習したんだから、すごいプレイができるはず」


 四番ファースト真田のハンターの懐に飛び込むつもりだった。ちゃんと練習したからこそ、ダメージディーラーを潰すことで集団戦で優位に立てることを覚えていた。


 しかし冷静さを完全に失っていた。そのせいで距離感覚も見誤っていた。


 一人称視点のゲームの難しいところである。スキル発動の距離を間違えたせいで〈ジャンピングアタック〉の着地で発生するエフェクトに敵を巻き込めなかったのである。


 つまり未柳は、ただ敵集団の近くに派手な着地をしただけで、なにもダメージを与えられなかった。


「うそっ……こんなのって……」


 スキルを外したショックで、ようやく未柳は正気に戻った。


 だが手遅れだった。最悪の状況であった。周囲に味方プレイヤーはいないし、〈ジャンピングアタック〉で飛んだせいで、護衛のワニ型歩兵からも離れてしまった。


 冷静さを取り戻した未柳の結論。攻撃を仕掛けるタイミングが早すぎたうえに、ダメージを与えられていない。


「あ、あたし、またやっちゃった……」


 未柳のマウスを握る手は、寒空の下みたいに震えた。まさかこんな土壇場で、バレーボール部を二軍落ちした原因が表に出るとは思わなかったのだ。


 俊介とのマンツーマンのトレーニングで弱点を克服したと思っていたのに、どうやらあれは一時的な解決だったらしい。


 未柳は、バレーボール部時代のトラウマを思いだして、呼吸が苦しくなった。


 一年生のとき、大事な大会になればなるほどミスをした。練習ではうまくいっていたのに、本番では必ず失敗した。ブロックもサーブもアタックも、ぜんぶうまくいかなかった。


 小学生のときからバレーボール一筋でやってきたのに、東源高校という全国大会常連の名門に入学したら、なぜかうまくいかなくなった。小学校と中学校では力んでミスプレイをしなかったはずなのにだ。


 どうやら高校生になったことで、多少なりとも責任感が芽生えたことが原因らしい。


(みんなもがんばってるんだから、あたしも精一杯やらなきゃ!)


 と、考えるようになったわけだ。


 学業や生徒会の仕事なんかはズボラだが、スポーツに関しては真剣だった。もしかしたら学生の本分を疎かにして、部活動に熱中することは悪いことなのかもしれない。それでも未柳はバレーボールが好きだった。


 だからこその責任感の芽生えだった。


 しかし責任感は肉体と精神の力みにつながり、未柳は二軍落ちしてしまった。


 バレーボールの試合でミスプレイしたときの、監督とチームメイトの顔は今でも覚えている。


 失望と嘆きで染まっていた。


 だから未柳は思った。きっと今日も俊介と尾長が失望しているんだろうと。


 しかし違っていた。なぜか二人はまだ諦めていなかった。


 尾長は、なにかを計算しているらしく、青いフレームの眼鏡が光っていた。


 俊介にいたっては、未柳に向かってグっと親指を立てていた。どうやらミスプレイしても嘆くなといっているらしい。


 未柳は感動してしまった。この二人は失望しないのである。ならば自分だって諦めないでやれることをやろうではないか。そう思った未柳は、敵プレイヤーを道連れにすることを考えた。


「自分のミスは自分で取り返す……!」


 しかし敵である重里軍団は、未柳の気構えなんて考慮しない。列車のごとく突進すると、プレイヤーキャラクターのスキルと、柴犬型歩兵の噛みつき攻撃で、未柳を押し潰そうとした。


『これで、うちは人数有利だ』


 重装歩兵をやっている西岡は、未柳を楽勝で倒せると思っているらしい。


 未柳は西岡を良い男だと思っているが、楽勝で倒せるなんて勘違いは是正しなければならない。


「ただで転ぶもんかっ!」


 未柳は、ファイターがレベル三で覚えるスキル〈シールドバッシュ〉を使った。これは名前のとおりラウンドシールドを構えたまま正面に突撃するスキルである。


 未柳は疾風のごとく走り込むと、鋼鉄の盾をハンターの胴体に叩きつけた。激しい衝撃音が響いて、ハンターのHPをごっそりと削った。


 だが道連れにするためには、ダメージが全然足りていなかった。


 未柳は追撃を試みた。ラウンドシールドによる防御を継続しながら、ロングソードでズバズバと斬りつけていく。


 そうやって未柳が勇猛果敢に攻める間にも、ラウンドシールドでカバーできない隙間から、ハンターの矢やマジシャンのスキルが突き刺さっていた。しかも大量の柴犬型歩兵が大波のように押し寄せて未柳を飲み込み、全方位からガブリと噛みつく。


 それでも未柳はハンターへの攻撃を続けた。もはや自分が生還できないことなんて理解していた。だが意地があった。二年生から始めたeスポーツ部だが、二軍落ちという挫折した選手を受け止めてくれた部活動なのである。


 どうにか相打ちに持っていって、恩に報いたかった。


 だが現実は厳しい。なんとかハンターのHPを半分まで削ったとき、ついに未柳のHPはゼロになってしまった。


〈東源高校 ファイター・ダウン〉


 未柳は絶句した。せめて相打ちにもっていこうとしたのに、半分しか削れなかった。悔しさのあまり、ぎゅっと奥歯を噛み締めた。そもそもバレーボール部時代からずっと続く弱点が表に出てこなければ、こんな惨状にはなっていないわけだ。


 だが俊介と尾長は、大胆不敵に笑っていた。敵にボイスチャットを拾われないようになにも喋らないが、彼らの意思は未柳に伝わっていた。


 どうやらこれからの集団戦で挽回できるらしい。


 ● ● ● ● ● ●


 俊介と尾長は、状況を正確に把握していた。


 たしかに未柳はミスをした。ほぼ勝ち確定だった状況を台無しにして、東源高校の敗北もありうる状況まで追い込んだ。


 だがほんの少しだけ怪我の功名になっている部分もあった。重里高校は未柳が大根役者をやる前から、このルートには罠があるのではないかと疑っていたわけだ。


 しかし未柳が無謀な飛び込みをやったことで、このルートには罠がないと判断したらしい。だから重装歩兵を先頭にした重里列車は、未柳を倒したあとも同じルートを直進していた。


 しかもハンターの視界確保用スキル〈スカウティング〉は、このルートに入る直前に使用しているため、道中の茂みを調べる手段を持っていない。


 俊介と尾長は、アイコンタクトで意思の疎通を行った。当初のプランを継続しても問題なし。その理由は二つあった。


 一つ、未柳はダウンと引き換えに、ハンターのHPを半分ぐらいまで削っていた。


 二つ、俊介と尾長はまだ敵に発見されていない。


 ならば敵の人数有利をひっくり返せるだろう。


 そう決断した俊介は、マウスとキーボードに神経を集中した。NKfantasmのVGAのお手本を思い浮かべる。


 優れたサポートならば、遠くから飛び込んでも仲間とのコンボは成立する。


 チームプレイが成熟していれば、行動阻害の成功率は確かなものとなる。


 俊介は心の中でつぶいやいた。この集中力ならやれる。


 ついに重装歩兵を先頭にした重里列車が、俊介の射程内に突っ込んできた。


 迷いもなければ恐れもない。俊介は〈魔女の空旅〉を発動。魔法の箒にまたがると低空を滑空。重里列車の中心に飛び込んだ。


 あまりにも完璧なタイミングだったので、重里高校の三名は懐に飛び込まれたことに気づくのが遅れた。彼らがウィッチの侵入に気づいたのは、奥義を撃ち込まれてからだった。


「生徒会長のがんばりは、無駄にしない」


 俊介は、奥義〈ソウルバインド〉を発動。禍々しい魔女の茨が地面から飛び出してきた。すべての生命を否定するような紫色の植物が邪悪に発光。茨の数は無限に増え続けて球体のごとく繁茂。重里列車を縛りつけた。


 そう、重里列車のすべてを縛っていた。


 重装歩兵とハンターとマジシャンだけではなく、柴犬型歩兵たちまでスタンと毒状態になっていた。


 いわゆるスリーマンスタン、しかも歩兵まで巻き込むお手本みたいな行動阻害だ。


 もし配信ありの大会なら、この瞬間をクリップで切り抜いてSNSに貼りつけるぐらいの凄まじいプレイであった。


 あとは尾長が落ち着いて範囲攻撃スキルを撃ち込むだけであった。


「これで加奈子くんも、インフルエンザから復帰してから試合に出られるな」


 尾長は範囲攻撃スキルを順々に連発した。


 レベル一で覚える〈ファイヤーストーム〉とレべル二で覚える〈ウイングロンド〉とレベル三で覚える〈ライトニングダンス〉がスタン状態の重里列車に襲いかかった。


 レベル一の〈ファイヤーストーム〉は、もはやお馴染み。炎の竜巻が一直線に進んで、敵を魔法ダメージで焼き尽くす。


 レベル二の〈ウイングロンド〉は、尾長が使うという意味では初登場。ホムンクルスでもある可憐な妖精たちが、正方形の対象範囲を舞台にして風の刃を振り回す。あくまで風の刃で斬っているため、実は物理ダメージだった。


 レベル三の〈ライトニングダンス〉は、まだ誰も使っていなかった。小規模な発電所を指定の地点に召喚して、周辺の敵に雷を放電するスキルだ。なおこのスキルは、ユニークなダメージ計算が行われる。発電所本体に触れた敵には物理ダメージを与えて、放電する雷に当たった敵には魔法ダメージを与えるのだ。


 これら三つの範囲攻撃スキルを、スタンした重里列車に撃ち込んだ。


 さきほど未柳がハンターのHPを削っていたおかげで、まずは重里のハンターがダウンした。


〈重里高校 ハンター・ダウン〉


『なんだよこれ……嘘だろ、だってまだ……』


 四番ファースト真田は、キーボードとマウスから手を離すと、頭を抱えてしまった。


 だが犠牲は真田のハンターだけではない。重里列車は崩壊していた。


 大食いキャッチャー吉岡のマジシャンは瀕死だ。さすがに毒ダメージだけではダウンしないが、あと数発も通常攻撃をくらえばダウンするだろう。


 大量の柴犬型歩兵も瀕死であり、あとは毒ダメージだけで全滅するだろう。


 唯一、重装歩兵だけは頑丈だから、まだHPが三分の一ほど残っていた。


 重里高校、もはや打つ手なしである。


 東源高校にとっては、狩り場であった。


 俊介は、瀕死のマジシャンに接近戦を挑んだ。サポート職であるウィッチでだ。


「マジシャンにスキルを使われる前に落としておかないと」


 たとえ瀕死であっても、マジシャンのスキルはまだ残っていた。なにかきっかけさえあれば重里にも逆転の可能性は残っていた。だからこそ俊介は逆転の可能性を潰すつもりだった。


 そんなことは、大食いキャッチャー吉岡にもわかっていたはずだ。わかっていたはずなのだが、俊介の異常なまでに発達した反射神経にはついていけなかった。


 吉岡が範囲攻撃スキルで反撃を試みようとしたときには、すでに俊介のウィッチが懐に飛び込んで、魔法の箒でボコボコに殴っていた。


『なんでコテコテのサポート職のウィッチが接近戦をやれるんだよ、こんなのおかしいだろ!』


 それが大食いキャッチャー吉岡の最後の言葉となった。


〈重里高校 マジシャン・ダウン〉


 あとは西岡の重装歩兵を残すのみである。柴犬型歩兵たちも、そろそろ毒ダメージで全滅するだろう。


 だが西岡は、まだ諦めていないらしい。


『まだだ、本拠地さえ破壊できれば、勝てるんだ』


 西岡は重装歩兵のスキル〈城塞のごとき信念〉で物理的な壁を作ると、一つ隣の進撃ルートに逃げ出した。


 当然のように俊介と尾長は追いかけようとした。


 だが西岡は、残っていた柴犬型歩兵をぶつけることで、俊介と尾長の追撃を振り切った。しかしその柴犬型歩兵たちも、毒ダメージでばたばたと倒れて、ついには全滅した。


 死屍累々である。重里列車は、まるで西部劇で列車強盗の襲撃を受けたかのごとく、無残な姿となっていた。


 尾長は、悲しそうにつぶやいた。


「西岡くん。最後まで、諦めないつもりなんだな」


 だが俊介にはわかっていた。もう西岡に残された勝ち筋はない。


 プレイヤーキャラは重装歩兵しか残っていない。護衛の柴犬型歩兵も空っぽだ。今から重里の本拠地に戻って自動生産された歩兵を補充しようと思っても、帰り道に置いてある東源の視界管理用の歩兵に見つかってしまう。


 かといって東源陣地をうろうろすることで時間を稼ごうと思ったら、その間に東源高校のワニ型歩兵の大部隊が、重里高校の本拠地を破壊するだろう。


 完全な詰みだ。


 それでも西岡は最後まで諦めないだろう。スポーツマンシップであり、そして部活動における最後の試合だからだ。

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