第三話◎魔王と弟子:その2
「第一回! チキチキ! ご奉仕上手はだーれだ? 大会~!」
「…………」
「…………」
「んむ……?」
「はい、じゃあメイド服を用意したので、サヨナくんとカグヤさんはここで着替えて下さい」
「この空気の中でよく司会進行出来ますね」
「ミスリル製のメンタルしてんなお前」
「余にも分かるように説明をせい! これは一体何だと言うのだ!」
「……。こう言ってはアレですけど、この人魔王の割にかなりまともですよね」
「何か没個性気味だよな」
「どうして余を愚弄する流れに持っていく!? 余は魔王ぞ!?」
「持ちネタの引き出し少ねえなコイツ!」
やいやい言う三人を尻目に、シコルスキは既にメイド服を二着用意している。どうしてそんなものを持っているのか、そんな疑問を差し挟むような常識は
パンパンと手を
「えー、興奮の
「……余が負けたら?」
「紙上では言えません」
「一番怖い回答……」
「何するつもりなんだよ」
「出版レーベルが変わるとだけ言っておきましょうかね。じゃあ勝負の内容を伝える前に、今ここでこのメイド服へ着替えて下さい。さあ早く! ここら辺が挿絵になるんでね!」
「挿絵……何とも甘美な響きよの。んむ、悪くない! ならば余が手ずから、そこの下々をこてんぱんにしてやろうぞ!」
「こんな無理矢理な話の展開で大丈夫なんですか? この小説」
「君も発言内容が徐々に
というわけで、サヨナは嫌々ながら、カグヤは割とノリノリで、シコルスキより手渡されたメイド服へと着替えるのであった。(部屋の外で)
「着替えましたけど……」
「待たせたな!」
現れた二人を見て、シコルスキとユージンは同時に声を漏らした。
「貧困問題」
「民主主義」
「なんなんですかその悪意ある表現は!?」
「シコっちは余の知らん言葉をよう知っとるのう……」
メイド服自体は、王城や貴族の
なお、ドレスのタイプはロングドレスである。これはシコルスキの強いこだわりであった。スカート丈が短いメイド服は邪道とのことであるが、特に他三人からの共感は得られなかった。
もっとも──野郎二人が注目したのは全体像ではなく、主に胸部である。転落死確実の断崖絶壁であるサヨナとは対照的に、カグヤは双丘が出来上がっていて、どうも苦しそうだ。
これはメイド服の作成者がシコルスキであり、そして採寸相手がネバーネバースレンダー(
「とまあこんな感じで、挿絵用に長々と業務用地の文を入れました」
「業務用地の文!?」
「やめましょうよそんな言われたから書いた的なこと
(くるしい)
そんなこんなで女同士の醜い争いが、今ここに火蓋を切る──
「じゃあルール説明をします。そこに色々用意したので、我々へご奉仕して下さい。ご奉仕ポイントが高い方が勝者です。制限時間は数ページ!」
「すうぺーじ……?」
「それ時間の単位じゃねえから」
「っていうか、ルールが超アバウトなんですけど……。五歳児でもまだマシなルール整備出来ますよ」
「『主人へ口答えする・マイナス10点』……と」
「もう始まってるんですか!?」
「奉仕のタイミングによーいドンは無いんだぜ、サヨナ嬢」
「何かこの人もちょっと乗り気だし……。わざわざしょうもない格言じみたこと言って……」
「『コイツ腹立つ・マイナス20点』」
「
「言い忘れていましたが、カグヤさんに負けたら君はフランス書院文庫の刑ですよ」
「極刑!?」
「ええ──その時はフラ書によって増やして差し上げましょう。君の語彙をね……」
「だからフラ書は国語の教科書じゃねえよ!!」
「ちゅ、抽送って単語なんかわたしは知らないっ……!」
「今から教え込まれるムーブやめろ! つーか
既にカグヤはシコルスキが用意したご奉仕アイテムを、あれやこれやと取捨選択している。
その姿は非常に真面目で、この上なく作風にマッチしていない。魔王という圧のあるポジションさえなければ、モブ以下の活躍しか出来なさそうだ──サヨナは残酷な評価を敵へ下した。
既にキャラ立ちの危うい魔王カグヤは、自信に満ちた笑みと共に、奉仕アイテムを手にした。
「メイドは余の城にも居たからな! つまり、同じことをすれば余の勝利は揺るがぬ!」
「何か
「カグヤさんに毒気が無さ過ぎて、この話自体がボツ食らいそうですねえ」
「じゃあ出すなよそんなヤツ……」
「何をぶつくさ言っておる? ほれ、シコっちよ! 背を向けい!」
「分かりました。肩でも
くるりと背を向けたシコルスキに、カグヤはゆっくりと近付く。よくよく見ると、その手には裁縫用の糸があった。が、針はない。一体何を──ユージンが考えた瞬間、カグヤはシコルスキの首周りに糸を巻き付け、両手で思いっ切り外側へと引っ張った。
「死ねいっ!」
「奉死!?」
「ぐおあぁあぁあ……!!」
「せ、先生っ! …………、…………。あ、わたしもうちょっと奉仕アイテム探しますね~」
弟子は師の窮状に対し、見ないフリを選んだ。いっそ死ねばいい、とすら思ってそうだった。
一方カグヤはキラキラとした表情で、シコルスキの
「んむ……糸が耐えられなんだか」
「おい、生きてるか、コル」
「『首絞めプレイ・プラス20点』……」
「加点すんの!?」
「あ、終わりました? 何であなた先生殺そうとしたんです?」
「はあ? 下々よ、メイドとは常に主君たる者の命を狙う存在であろう? 余もこれまで、あの手この手でメイド共に暗殺を
「へー(棒)」
「興味無いなら聞いてやるなよ……」
魔王の悲しい家庭環境に
「お待たせしました、ご主人様。紅茶でございます」
「意外と様になっていますねえ。胸板は薄い割に演技は厚いというわけですか」
「手がお滑り遊ばせた!!」
サヨナがティーポットをシコルスキに投げつける。が、シコルスキはひらりと身を
がしゃん、と陶器製のポットが粉々になる。
「『殺意・マイナス15点』……と」
「とんでもございません、ご主人様。ドジっ子メイドにございますわ」
「自分で言うな」
「ふん。投げ方が甘い。もっと
「んでこっちは趣旨を勘違いしっぱなしじゃねえか!」
「先程からぎゃーぴーと小うるさいそちらの幼女趣味のご主人様も、遠慮なさらずにお召し上がりになってくださいまし」
「『コイツクソ腹立つ・マイナス40点』……まあ飲むけど」
カップに口をつけて、ゆっくりと紅茶を飲むユージン。その様は実に庶民的で、特に優雅さや優美さは感じられない。幼女趣味という呪われた血が、一切の格式を台無しにしていた。
「お味はいかがでしょう?」
「まず紅茶を
「小うるせえ!!」
所作はなっていなくとも、
「まあ紅茶を
「ふーん。普段はどっちがそういうのやってんだ?」
「僕ですねえ。サヨナくんは料理と洗濯が出来ないので」
「穀潰しかよ」
「い、今必死に覚えてる最中なんです!! それに洗濯は出来ますよ!! 干すのと取り込むのはわたしの仕事じゃないですか……!!」
「ふふ、そうですね。いつも感謝してますよ」
「子供にわざわざ簡単な家事を手伝わせてるオカンかお前は」
こいつらの普段の生活が若干気になったユージンだった。シコルスキは元々一人で暮らしているので、ああ見えて家事スキルは高い。一方でサヨナは家事スキルが
サヨナがいじられている中で、凡魔王はモップを持ち、ブンブンと素振りしている。これほどまでに次の展開が読める準備動作があるだろうか。
「変態! そこに立てい」
「何で俺なんだよ……」
「動いたら殺すぞ。だがジッとしていれば一瞬で
「二択に見せかけた一択やめろや」
「お
「死ねえっ!!」
カグヤが全力で振り抜いたモップは、音の速さを超えて衝撃波を生み出した。その威力は腐っても魔王であり、シコルスキ邸の窓ガラスが砕け散り、椅子や机、ついでにサヨナが吹っ飛んだ。こんなもの、直撃すれば人間など
が、ユージンは左腕でモップを受け止め、カグヤから無理矢理モップを引き抜いて奪い取り、その柄で彼女の
「ふぎゃああ!」
「『踏み込みが足りない・マイナス20点』」
「エリート兵!?」
「これはカグヤさんが無謀でしたねえ。ユージンくんの切り払いレベルは9なので」
「三話にして人外レースのトップに躍り出てますよあの人……」
だから何で行商人やってんだ、とサヨナは思わずにはいられなかった。ただの人間が
が、殴られたことがなかったのか、べそをかいていた。リアクションも凡だった。
「うぐうう……父上にも殴られたことないのに……」
「……。大丈夫ですか?」
「し、下々……。そちは……。…………ん…………?」
「…………」
妙に頭部がスースーすることにカグヤが気付く。一度気付くとそれは加速度的に冷たさを増し、やがて耐え難い程のスースー感が魔王を襲った。並びに、ここで目の前の悪女の口元が、ぐにゃりと三日月形に
「むぎゃあああああああああ! あ、頭がひやひやするううううううう!」
「あーっはっはっはっは! 今更気付いても遅いですよ!! タオルにはたぁーっぷりと、先生特製ミント液を
「あんなヤバイやつだったっけ? お前の弟子」
「いやいや。僕の教育ではなく、多分アレは彼女が元々持っているモノの発露ですよ」
「ひいいいいいいいいいいいいん!」
「生意気な巨乳は我が眼前ですべからく死すべしッ!!」
「『
「『魔王より魔王の
メイド感が一切関係無い部分で、サヨナはようやく男二人から加点された。元来根に持つタイプなのか、それとも巨乳がガチで嫌いなのか、そもそも性根が腐っているのか、
こうして、シコルスキ主催の妙な大会は無事滞り無く終了し──
「結果発表~~~!」
「お疲れさん。お前ら後で本職のメイドに土下座してこいよ?」
「何でですか!」
「余はもう帰ってベッドで眠りたいぞ……」
「いやあ、大体全員が株を落とせた、素晴らしい戦いでしたね。では激戦を終えたお二人は、今のお気持ちを率直にどうぞ」
株を落として
サヨナは一度
「まあ、メインヒロインは負けませんから」
「遺言は死んでから言え」
「
「異様に辛辣!?」
「何だか、余ってあんまりすごくないのかなぁ、って思いました。まる」
「この僅か数ページで成長したな……」
「世界は広いですからねえ。いかに魔王といえど、それを上回る怪物はどこにでも潜んでいるものですよ。この経験を
ぽんぽんと、シコルスキがカグヤの頭を軽く
「というわけで勝者はカグヤさんでぇぇぇぇぇええ~~~~す!!」
「……んむ?」
「……………………ん? あ、すいません。疑惑の判定に対しリクエストお願いします」
「ねえよそんな制度は!」
「じゃあどうしてわたしが負けてるんですか!? ありえないでしょ!? 誤審だ誤審!!」
「お前のその謎自信の源泉を
「正直、どちらが勝っても納得のいかない名勝負でしたが、公平性を期すために、あえて我々審判団から説明をしましょう。今回の勝負の肝であるご奉仕ポイントには、表立って発表されるポイント、通称技術点とは別に、内部的にもう一つのポイントがあります。その名も芸術点!」
レトロRPGのダメージ算出方法を解説するヤツ的なノリで、シコルスキが勝敗の分け目となった隠しポイントについて触れる。芸術点、それは
「何とカグヤさんは巨乳なので僕から1000点の加点、サヨナくんは貧乳なので1000点の減点が行われていたのです!! 一方ユージンくんはロリコンなのでどちらも加減点無し!!」
「
「何か
始まる前から既にサヨナは負けていた──じゃあこれまでのやり取りは一体何だったのか。
激しい
一方で勝者となったカグヤは、微妙な顔をしている。
「確かにシコっちから渡されたこのメイド服は、胸の辺りの締め付けが苦しかったが……それが原因で勝ったというわけか? んむぅ……あんまり納得がいかぬのう」
「すいませんね。最近採寸するのに便利な相手が少年体型なもので」
「少年体型!?」
「とはいえ、勝ちは勝ちよの。下々よ、悪いが頂点に立つのは余、ただ一人だ。そちの健闘は見事なものであったが、所詮は人間。この現実を泣く泣く受け入れるがよい」
「いやあなたこそ、最後の辺りは泣いてただけじゃないですか」
「そもそもこんな勝負でマジになる方が負けだからな?」
「では勝負も付いたことですし、忘れがちな本題を進めましょうか。カグヤさんの依頼である、部下をどうにかして増やす方法。今からそれの解決手段をお見せしますよ。皆さん、外へ出て頂けますか?」
不敵な笑みを浮かべながら、シコルスキが提案し、部屋を出て行った。「そういえばそんな話であった」と、既に色々と趣旨がズレていたカグヤも後を追う。サヨナとユージンも、どこか嫌な予感をひしひしと感じつつ、外へ出る──
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