第30話
***
慣れたように調理場へ、湯や茶器を貰いに行く沙耶は、廊下を歩きながら淹れる茶葉を考えていた。
(シナモンで香り付けするなら、どれが合うんだろ……。そういえば全く知らないや……)
ちょっとお洒落を気取ってみたが、結局は庶民感丸出しだ。出されたものは飲むし、好き嫌いもない……と言えば聞こえは良いが、要はこだわりがないのだ。
(……ま、茶葉を貰うついでに聞けばいいか)
瞬時に考えることを諦めた沙耶は、スタスタと調理場への扉をくぐると、昼餉の準備で活気溢れる戦場の中から、1人の顔見知りの女官を呼び止めた。
「
「まぁまぁ沙耶様! いつもいつも、こんなところにご足労頂かなくても、呼んでくださればお持ちしますのに!」
大仰に驚いて駆け寄ってきたのは、ふくよかな中年女性だった。
調理の手を止め、着ていた前掛けで手を拭ってから、手際よくいつもの茶器を準備してくれる。
「さぁて、本日は何をご用意させていただきましょうね。戸部尚書がお好みの緑茶でも?」
「それなんですが……ちょっとシナモンを買ってみたんです。それに合う紅茶を選んでいただけませんか?」
「あらぁっ、それはまた珍しい品をお持ちで。お任せくださいな、ここにとっておきの茶葉が――……」
楽しそうに目を輝かせて棚の中を探る
それを横で眺めながら、沙耶は慌ただしい調理場の中をぐるりと見渡した。
大釜で何かを煮炊きする人に、凄まじい火力で熱せられた鍋を振るう人。器を用意したり、食材の下準備をする人など、様々な人が忙しそうに働いていた。しかし……、
「なんだか、普段より忙しそうですね……」
活気があるというより、殺気立っているような気がする。
すると困ったように眉尻を下げた
「お見苦しくて申し訳ありません。後宮に人手をやってしまって、こっちの手が足りてないんですよ」
「……後宮に?」
「はい。何でも貯蔵している食材を全て改められるということで、大わらわでございます」
忙しそうに手を動かしながらも、口は止まらない。
「食材を改める? 大掃除ですか?」
「そのようなものですよぅ、まったく。……ただ……私も人から聞いた話なんですけどね……」
そう言って周囲を気にしたように声を潜める
「少し前に降格させられたお妃様がね、処分は料理のせいだ、なんて言い出されたみたいでね。……ご乱心ですよ」
眉を顰める
最近降格された、というと、垂氷様しかいないだろう。が、それにしても原因を……、
「……料理のせい?」
「ねぇ、どういうことなんでしょうね。降格なんて認めたくないのはわかりますけれど、料理のせいになんてされたら、たまったもんじゃないですよ。同じ調理場を担当する者としては、ねぇ?」
腰に手を当ててぷりぷりと怒る
垂氷様がもし本当にそんな主張をしているとしたら、調べないわけにはいかないだろうが……、どういう事なのだろう。あの、大人しく真面目そうな人が、変な言い掛かりでゴネるなんてことは考えにくい。
「ま、後宮のお姫様ですからね。嫌いな料理でもあったんでしょう。……はい、沙耶様。お待たせいたしました」
「あぁ、有難うございます……あの、どんな料理が問題だったと言われてるんですか?」
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