ファースト審査会

 海外代表のサプライズ参加はビッグ・ニュースとして扱われた。写真甲子園もかつてはマイナーな大会だったけど、写真人気の高まりとともに注目を集めてるんだよ。そこに海外代表、それもビッグ・ネームのロイド先生やミュラー先生がチームを引き連れての参加だから話題沸騰って感じ。


「野川君、これってもしかして」

「ボクもそんな気がする」


 写真甲子園をさらに盛り上げるためのゼノンの企画で良いだろうって。だって歓迎食事会の後に記者会見まで開かれたもの。意気込みを聞かれたロイド先生は、


「ロイド・メソドの優秀さを日本に知ってもらう良い機会だと考えている」


 これを受けてミュラー先生も、


「ミュラー・メソドが世界一であるのを証明してみせるので、お楽しみに」


 もうバチバチ状態だった。招待された方も自分の流儀の宣伝が目的なのは良くわかった。もっとも監督同士はバチバチでも選手は別みたいで、日本旅行を楽しんでいるみたい。同じ高校生だものね。麻吹先生に聞いても、


「校内審査会の時と同じだ。どんなビッグ・ネームがバックに付こうとも、撮るのは選手だ。選手の技量以上のものは撮れないだけ。余計な事を考えずにカメラに集中しな。お前らは二流でもプロに勝ってるんだ」


 夜はホスト・ファミリーの家で民泊。ホスト・ファミリーもうちの監督が麻吹つばさと知って仰天したみたい。


「ロイドやミュラーが来なければ気楽な一般人の監督で楽しめたが、アイツら来たからにはそうはいかなくなった」


 聞くとバランスだって。実際にも審査員が逃げ出しかけたけど、


「あの流れだったら、審査員のすげ替えもやりだしかねなかったよ。それぐらい勝負にこだわって来てると見て良いだろう。でもな、わたしが睨んでる限り、ロイドもミュラーも何も出来ないさ」


 麻吹先生が写真界でどれほどの地位を占めているかは良く知ってるつもりだったけど、ここまで重いのを思い知らされた感じ。



 さて競技初日を向かたのだけど七時にメイン会場に集合。そこで今日のテーマの、


『恵み』


 撮影方法はカラー限定。これが発表され撮影会場にバスで移動。四カ所を巡るのだけど、一ヶ所当たりの撮影時間は三十分。遅れると減点される。作戦タイムは移動時間だし、初めて見る風景で作戦を考えないといけない厳しさ。


「小林君、どう撮る」

「現地に着かないとわからない部分はあるけど、撮影場所は農場のはず」


『恵み』となると農作物がメインになると思うけど、それだけじゃ甘い気がする。もっと広く考えるんだ。そう、恵みをもたらしているすべてを取り込まないといけないはず。ざっと構想を話して、


「恵みで踊り出すような構想にしたいの」

「だったらロンドか」

「今日はそれで行く。後は現地での判断」


 撮影会場に到着。地図で立ち入り可能地域を示されて、メモリー・カードを渡された。八時きっかりに撮影開始。まさに雄大な景色。ここで撮れるものは。麻吹先生は細かい指示は出さずに見守っているだけ。出した指示は一つだけで、


「ギリギリまで粘れ。ただし遅れるな」


 監督も様々みたいで、すべての作戦を考えてるような監督もいるし、選手が撮って来た写真を細かくチェックするのもいるけど、麻吹先生はのんびり風景を楽しんでいるようにしか見えないのよね。あれは風景と言うより、大会の熱気を楽しんでいるのかもしれない。


 あっという間に三十分が経ち、SDカードを提出してバスに乗り込み移動。バスの中でも他のチームは、最初の撮影場所で撮れたものと、次のところで撮るべきものの相談に余念がない感じ。うちもそうだけど、麻吹先生は、


「楽しめよ。二度と出来ない体験だからな」


 移動時間は三十分。九時キッチリに第二会場、さらに第三会場、第四会場と回って十一時半に撮影終了。ここから昼食会場に移動。どこも今日撮れたものをどうするかの話で懸命。もっとも、メモリー・カードは撮影終了時にすべて回収されるから、相談だけ。


 昼食会場の隣はセレクト会議室にもなっていて、広い会場に代表ごとのテーブルが割り当てられ、そこに編集用のPCとプリンター、撮影用紙が備えられてるんだ。十三時に四カ所のメモリー・カードが渡されて、セレクト会議スタート。


 制限時間は二時間だけど、メモリー・カードだけでも十二枚あるから見るだけでも時間がかかるのよね。あちこちで悲鳴みたいなものがあがってる感じがする。候補写真をプリントアウトする時間も惜しいって感じ。


 ロンドは校内審査会でも使ったけど、練習でも数えきれないぐらい使ったもので、三人の役割分担も指示しなくとも出来上ってるんだ。今回は野川君が大地の俯瞰的な恵みを、ミサトさんがアップでの芽生えを、そしてエミが恵みを受ける人を担当してる。二時間なんてあっと言う間に過ぎていき、エミは懸命にロンドを紡ぎあげて行ったんだ。


「野川君、これ弱い。もうちょっと強いのを」

「ミサトさん、これは踊ってないよ。もっとあるはず」


 セレクト会議中は監督のアドバイス時間も制限されてて十分しかないのよね。麻吹先生は、


「時間はあるだけ使え」


 これしか言わなかった。ギリギリまで粘って、


「これで行く」


 十五時にセレクト会議が終了、十六時からの審査会だからプレゼン内容を考える時間で良さそう。審査会ってどんな形式でするのかと思ってたんだけど、開会式と違ってプロの司会者になってた。


 審査員が改めて紹介されて、真ん中に大きなスクリーン。左右に三つの椅子。まずプレゼンをやってから写真が映し出され、さらにもう一校も行ってから、二校ずつ講評がされていくみたい。


 みんな苦労してるな。一枚一枚の技術はさすがに決勝大会だと思うけど、あの時間内に組み写真の作品に仕上げるのラクじゃないものね。審査員の講評もその点について厳しくて、


『これじゃ、この写真がここにいる意味がわからない』

『これじゃ、バラバラに見えちゃうよ』

『もっと汗をかかないとダメ』


 なかなか手厳しいけど、愛情もこもったアドバイスもしてくれてる感じかな。発表順は抽選だったけど、前半十校と後半十校の間に十分間の休憩を挟んでエミたちは後半のトップ。


「摩耶学園のプレゼンテーションを行います。恵は天から降り注ぎ、大地を潤し。人を幸せにします。天地人のどれを欠いても成り立ちません。そして恵みは喜びになります。これを作品にさせて頂きました」


 講評は良かったよ。全体の構成は面白いって言ってくれたし、一枚一枚の面白味も評価が高かった。最後に、


『これだけ個性のある写真を一つの組み写真として、なんの違和感もなく作品として仕上がってるのに感心した、明日以降も期待している』


 USPSもMCTSも出て来たけど、どうなんだろう。一枚一枚の写真の出来は素晴らしいと思うけど、一体感がもう一つのような。その辺の指摘も審査員から出てたけど、どうにも歯切れが悪い感じ。だよねぇ、後ろからロイド先生やミュラー先生が睨んでるものね。


 審査会が終わると夕食。以前はこの時点で翌日セカンド審査会のテーマが発表されてたらしいけど、今は当日発表。そこが厳しいところだけど、そういう練習を去年の二学期からずっと積み重ねてきてるんだ。


 だって学校の練習の時は三十分で撮って来て、三十分で編集。それもだよ評価するのが麻吹先生だから厳しいどころか、ボロチョン。重箱どころじゃない指摘がテンコモリ。ちょっとでも不備なところがあると、


『気合が足らん。カメラマンは肉体労働だ。欲しい画像のために根性見せてみろ』


 麻吹先生の辞書に『妥協』の二文字は無いとして良さそう。いや麻吹先生だけじゃない、アカネさんだって、あの上品な新田先生だって同じ。どんな条件でも求められるのはパーフェクトだとしか思えなかったもの。今日の感想を麻吹先生にも聞いたのだけど、


「あん、良かったんじゃないか。褒められてたじゃないか」


 麻吹先生曰く、採点結果は発表されないけど、審査員の講評でおおよそわかるって。単純だけど欠点の指摘の多いところほど評価点が低いだろうだって。


「この大会の伝統だよ。ああやってあえて公開で毎日指摘することで、少しでも励みにしてもらい、レベルアップを計ってるのだ」

「じゃあ、それを糧に明日変わるところも」

「当然ある。それが写真甲子園の醍醐味でもある。今日の成績は悪くないはずだ。だが明日はどうなるかわからんぞ」

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