疫病神現る④
街の駅前の広場には、今日も今日とて人が密集しており、晴天日ということも手伝ってとんでもない暑さだった。その群衆の中で、良くも悪くも一際目立つ男がいた。往来する通行人は彼を見て首をかしげたり、物珍しそうに遠目から見つめたり、時には冷笑を浮かべたりもした。そう、その人物とは絶不調の真っ最中である裏山椎名だった。彼が注目されている理由とは、その珍妙なルックスのせいではなく、彼が両手に抱えているプラカードが原因だった。プラカードにはデカデカと赤色のサインペンによる文字でこう記されてあった。
『FREEKISS』。
興味本位で過去にちらりと見たyoutubeの動画で、ある男性が街でフリーハグを行っていたのを思い出した彼は、これはいいアイデアだと発奮し、疫病神から逃れる為の手段として、この方法をとったのだ。呆れたものである。
金を切らしていたので、木片とプラ板はそこら辺のホームセンターから能力を使ってかっぱらって来た。初めは自信満々だった彼も,一時間近くその場に立ち尽くしていると次第に何とも言えぬ無常観を覚えるようになってきた。
「どういうこった?こんな絶世の美少年とタダでキスできるんだ。こんな一世一代のチャンス、世のギャルが逃すとは思えんのだが」
彼は自分から女は口説かない、女は口説かせるものだ、という下らないポリシーの持主であった為、死んでもこちらから女を誘おうとは思わなかった。例え今のような状況でも。
疫病神が欠伸を噛み殺して言った。
「お前さんいつまでそんな事やっとるんじゃ。これ以上やっても引かれるだけじゃぞ」
裏山は歯ぎしりした。
「うるせえな。勝負はこっからだこっから」
その時、裏山の前を通行人に混じって小学生らしき3人が横切った。彼のアパートの隣人であるクソガキと、同じくクソガキである友人達だった。少年達の一人が裏山に気付き、隣の少年に対し肘で小突いた。何たるタイミングの悪さ。裏山は心中でげっ、と呟いた。
「おいアレ、キモロン毛じゃね?」
「マジじゃん、怖」
「何て書いてあんのあれ、カルトの勧誘かなんかか?」
裏山は我を忘れ彼らに怒鳴りつけた。
「おい聞こえてんだよテメエら!」
少年達は彼の反応に大笑いしながら人込みの中に逃げ込んでいった。落ち着きを取り戻すと裏山は途端に気恥ずかしくなってきたのでプラカードを真っ二つに叩き割ると、ゴミ箱に突っ込んで速やかにその場を後にした。
ちっプラン①は失敗か。赤っ恥かいたぜ。この街の人間はシャイでダメだな。きっと渋谷とかだったらそりゃあもう大勢のギャルが俺様の唇を求めて躍起になっていた事だろうよ。というワケでプラン②に移行する。少し手荒くなるがしょうがない。そこら辺をうろついてる『ろくでもなさそうな奴』(男女問わず)を見つけ、能力でボコボコにした後、この疫病神を押し付けて即座にズラかる。後はそいつがどうなろうと知ったこっちゃねえ。例えそいつが死んでも俺のせいじゃない。ちと気の毒な気もするが、全てはこの疫病神のジジイが悪いんだ。さてと、まずはターゲットを物色するとしますか…。
それからしばらく街を血眼になって徘徊していると、道路を挟んだ向こう側の歩道を練り歩く、突出してガタイがいい人物が目についた。その男には見覚えがあった。確か同じ高校に通っている小林とかいう不良達のリーダーの少年だった。これはいい標的を見つけた。そう思い、裏山は無意識に口元が緩んだ。だが、今から奴と接吻しなくてはならないという事実を思い出し、すぐにどんよりとした暗い面持ちへと変わった。
気を取り直して裏山は小林の背後を気付かれないよう10数メートル程度離れながら尾行する事にした。彼の能力の一つである『自分の肉体を消す力』は多大なエネルギーを消費する。長時間の使用は不可能。せいぜい10分が限度だろう。また、再度発動するには数分間のインターバルを必要とする。何事も完璧にはいかないという事だ。よってこの力を使うのは肝心な時に限る。奴が人気のいない場所に向かった時、一気に勝負をかけてやる。裏山はそう肝に銘じていた。
小林は町ゆく通行人にメンチを切ったり、相手の肩にわざとらしくぶつかって暴言を吐いたりなど自由人ぶりを発揮しながら、石塀で囲まれたうら寂しい小道へと足を運んだ。恐らく家に向かっているのだろうか?片側から伸びる木々の影によって、昼間でも薄暗い道である。裏山はしめた、と思い、距離を詰めようとした、その時だった。
小林が突如、塀の方を向いてしゃがみ込んだ。何だ?と裏山が『不審者注意』の看板に身を潜めて注目すると、彼の足元に段ボールが置いており、その中から一匹の茶色い子猫が顔を覗かせた。小林はそれを見つめると、さも大事そうに両手で子猫を抱えた。
「よ~しよしよし!こんな所に捨てやがるなんて悪い奴もいたもんだよなあ!これから俺が面倒見てやるから大船に乗ったつもりでいていいぞオイ!」
子猫が小さく鳴いた。
「うわはははは。嬉しいか。嬉しかろう」
小林が馬鹿笑いしながら去っていくのを、裏山は黙って見ている事しか出来なかった。
こ、小林の野郎…。こんな時に限って露骨な『根はいい人ですアピール』してんじゃねーよチクショウ!いまどき少女漫画でもしねーぞこんな展開。映画版のジャ〇アン並の豹変だな。あーもう、今回は見逃してやるぜ。
裏山は犬のフンを誤って踏んだりしながら来た道を戻って行った。
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