疫病神現る②

「どうやら信じる他無いようだな…お前の話」

裏山はしゃがみ込んだまま忌々し気にそう呟くと、まるでかの伝説のカンフーマスター、ブルース・リーのように鼻腔から流れる血を指で拭った。彼の左腕ににしがみついた自称『疫病神』の老人が笑った。

「ようやく理解したようじゃな」

「ふん、まあな」

裏山は考えを巡らした。

疫病神、ねえ。まさかそんなもんが実在するとは寝耳に水だが、俺や常史江みてえな超能力者が存在する世界だ。今更疫病神が出現したくらいじゃ驚きも薄いわな。まあ、それはそれとして、だ。コイツがマジに疫病神だとしたら洒落にならねえぞ。早い内に手をうたねえと、あのオッサンの二の舞だ。だがコイツを無理やり引きはがしたり倒すのは容易じゃあなさそうだ。このジジイの言う通り逆に墓穴を掘る事に繋がるだろう。この野郎はこっちの攻撃を返してきやがる。さっきのでそれがわかった。

「お前…一体いつからいるんだ?お前みたいなのがいつから存在していた?」

疫病神は右手で顎に触れながらしばし考え込んだ。

「そうじゃのう。具体的には覚えとらんがお前さんが生まれるずっと前…。恐らく平安時代位じゃったかのう。多分」

なんてこった。そんな大昔からいやがったのかコイツは。そんな昔から、ずっと人間に憑依し、そいつの不幸を糧としていやがった訳か。今までこんな奴の存在が明るみにならなかった事に驚きだぜ。

「何をどうしたらお前みたいなのが生まれんだよ」

「お前さん達人間の心じゃよ。かつて医療技術が今ほど充実していなかったこの国には、天然痘などの病は怨霊や妖怪によるものと信じられていたんじゃ。そんな人間の恐怖や不安の集合体がワシを実際に生み出してしまったんじゃ」

「嘘から出た実ってやつか?傍迷惑な存在だぜまったく。まさしく人類にとっての忌み子だな」

裏山の恨み節に疫病神はまんざらでもなさそうな憎たらしい表情をした。最大級の誉め言葉と受け取っているようだ。

「じゃあ何だジジイ。お前、俺を呪い殺す気か?さっきのお前のご主人様みたいによお」

「ホッホッホ。そう焦るでない。まだ猶予はある。『三日間』じゃ。ワシは『三日間』かけて取り憑いた人間の運気を骨の髄まで吸い上げる。運気が尽きた者は必ず何か致命的な災いが起こり命を落とすのじゃ。そしてワシはまた別の新たな人間に憑依する。だが安心せい。ワシを他人に押し付ける方法もある」

「なにっさっさとそれを教えろっ!」

裏山は青筋を立てて無我夢中で叫んだ。

「なんとも傲慢な態度じゃのう。まあよい、方法は単純、ワシを誰かに押し付けるには『誰かと口づけを交わす』のじゃ。それでワシは口づけした相手に憑依する。前の男は結局それが出来ず死んでしまったのじゃ。気の毒にのお」

「気の毒もクソもお前が殺したようなもんじゃねえかジジイ。だがホッとしたぜ。教えちまってよかったのかよ。その程度でいいんだな」

疫病神はおちょくるような口調で述べた。

「ああ。ワシは誰だろうと選り好みはせんからのう。だがお前さん、そんな呑気な事言ってていいのか?見た感じとても女には縁がなさそうに見えるが。経験あるのか?」

「ほざいてろ。キスくらいした事あるわ」

苦し紛れにそう言いつつ、裏山はかつて小学生の時、市民プールで泳いでいた時にこむら返りを起こし危うく溺死する所をライフセーバーのむさくるしいオッサンに人工呼吸で救助された記憶が脳裏に浮かんだ。それが彼のファーストキスだった。以来彼はプールには足を運んでいない。苦い記憶である。トラウマ級と言ってもいいだろう。

彼が階段の踊り場にしゃがみ込みながら疫病神と会話しているとその前方からミニスカ姿で金髪の若いギャル風の女が通りかかった。一人でブツブツ左腕と話している(様に見える)裏山をゴミムシを見るような眼で一瞥しながら興味なさげに階段を登って行こうとした。その時だった。

「お、いい女じゃな」

突然、疫病神が手を伸ばし女の臀部を撫でまわしたのだ。裏山は真っ青になった。

「ギャアア!何さらすんじゃこのボケエ!」

「いや違うのよ。これはね、このジジイが…あ、見えないんだっけ」

裏山は必死に弁解しようとしたが女は聞く耳を持たず品性下劣な言葉で彼を罵倒した。

「やかましい!死にさらせこの蛆虫がっ」

女は裏山の顔面にハイヒールの靴底で蹴りを放った。その瞬間、女のパンティーの色が赤なのがちらりと確認できた。嬉しくないラッキースケベ、アンラッキースケベである。

「ぎぇっ」

彼は蹴りをモロに喰らい、アクション映画さながらの勢いで階段の一番下まで転がって行き、べちゃりと地面に顔から張り付いた。

「死ねーっ腐れチ〇ポ野郎ーッ!」

上の方から女の口汚い罵倒がまだ聞こえてくる。

裏山は体の節々に痛みを覚えつつ、なんとか上体を起こすことに成功した。

「こ、こんのジジイ~…!」

裏山が睨むと、疫病神はさぞかし楽しそうに言った。

「ホッホッホ。これ位で音を上げたらいかんぞ。今からもっともっとお前さんは散々な目にあうんじゃからのう」

「この怒り…屈辱…今に見てろよ貴様…!」

そう裏山が呟くと同時に、彼の頭に鳥のフンが落下した。

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