兇手

放課後、千佳は一人、帰路についていた。今日は書店にでも行こうと思っていたが、田畑の話を聞き、考えを改めた。無駄に外をうろつくのは控えるべきだろう。災厄とは思ってもいない時に降りかかるものだ。この前の香織とクロの一件で、それが身に染みた。それにしても、田畑の言う通り、もし件の事件が人の、いや超能力者の手によって行われた事だとしたら、まさに最悪だ。考えたくないがあの裏山以上の脅威になりかねない。あの時と違って、既に二人の死者が出てしまっている。人の命の尊厳をいともたやすく踏みにじるなんて、正気の沙汰とは思えない。一体、どのような人生を送ってきたら、そんな冷酷な事が出来るのだろう。人の本質は元来、悪なのだろうか?千佳は性悪説という言葉を思い出した。性善説に反対して提唱された、人の性はもともと、悪だと言う説だ。出来ればそんな事は信じたくない。それが正直な気持ちだが、その説を完全に否定する事は、誰にも出来ないのではないだろうか。何かの資料で読んだのだが、人間は暴力とともに成長してきた生物だと聞いた事がある。弱肉強食、自然淘汰、それが世の真理なのではないのか?平和や、安寧など綺麗ごとであり、まやかしに過ぎないのではないだろうか?ああ、こんな事を考えていても埒があかないし、気が滅入るだけだ。なんにせよ、物騒な世の中になったものだ。自分の身近な場所で、自分の知らない時に、人知れず誰かが残酷な死を遂げるなんて、何とも不気味で、ドス黒い気分になる。

「…明日は我が身、だねえ。くわばらくわばら」

千佳はつい、独り言ちた。歩いていると、視界の隅に、とっくの昔に廃墟となった工場が見えてきた。外観は赤錆だらけである。所々、蔦にも覆われおり、年期を感じさせた。中と外をつなぐ非常階段が半壊しており、中から非常用の扉を開けば下へ真っ逆さまだ。殆ど罠といってもいい。こういった灰工場にロマンを感じる酔狂な輩もいるようだけど、一体何がそんなに彼らの心を捉えて離さないのだろうか。少なくとも自分にはその気持ちはよくわからない。とはいえ、否定する気もない。人の趣味趣向は千差万別だ。まあ何かの映画のロケ地には最適かも知れないな。ヤンキー映画のワンシーンとか。と、ここまでは帰りがけにいつも通る、見慣れたなんて事のない光景、だが一ついつもと違った点があった。前方にある道路標識のすぐ傍に、見知った顔の少年二人がまるで千佳を待ち構えるようにして、佇んでいた。東吾妻とギョロ目の少年だ。千佳は不審に思った。こんな所で何をやっているのだろう?出来れば顔を合わせたくはない。あのニヤケ顔でじろじろ舐めまわすように見られるのはこりごりだ。とはいえ、わざわざ引き返して別の道を通るのは少々面倒だ。一刻も早く家に着きたい。千佳は渋々彼らの横を急ぎ足で通り過ぎようとした。すると待ってましたと言わんばかりに吾妻が声を掛けてきた。多少鼻にかかったような、癪にさわる声だった。

「やあチカちゃん、ちょっと付き合ってくんない?」

「…え?」

千佳は拍子抜けした。何かと思えば、これはナンパという奴だろうか?さすが学園一のスケコマシ、女とあれば節操なしだな。学校で自分の方を見ていたのは、ナンパのターゲットを見定めていたというワケか。如何なる女だろうと落とせるという自信があるのだろう。だが自分は恋愛ごっこには興味が無い。悪いが答えはNOだ。まあ彼には頭と股が緩い『ファンクラブ会員』が腐る程いるので、自分に振られた所で痛くも痒くもないだろう。きっと自分のことなどとっくに忘れて他の女の尻を追い回すに違いない。

「悪いね、わたしゃ…」

「もしかして何か勘違いしてない?付き合うってそういう意味じゃあないんだけど」

吾妻が薄笑いでそう言った。ギョロ目は標識にもたれて退屈そうに携帯をいじっている。千佳は己の早とちりに気付き、恥ずかしくなった。

「それにチカちゃん、常史江の彼女だろ?」

「…は、はあ!?違うから」

「その態度は図星だな?」

千佳は真っ赤になって否定した。それはさておき、ナンパでもなければ一体自分に何の用があるというのだろうか?吾妻は話を続けた。

「君、さっき学校でチビと話してただろ?○○公園の話。聞こえたんだよ。まったく怖いよな、殺された二人は恋人同士でね、男の子は女の子を必死に守ろうとしたんだ。自分の左目を失ってまでね。だけど悲しいかな、無残に二人とも殺されてしまった。まるで悲恋のメロドラマだね」

吾妻はわざとらしく溜息をついた。千佳は妙な違和感を感じた。彼の話、何かがおかしい。まるでその場に居合わせていたかのような口調だ。胸騒ぎを覚え、千佳は思わずたじろいだ。途端に目の前の男が不気味な存在に思えてくる。千佳は震え声で言った。

「何で…そんなことまで知ってるのさ」

「何でって、犯人だからに決まってるじゃないか」

吾妻は満面の笑みを浮かべた。その言葉を皮切りにしてギョロ目が携帯を見るのを止め、ポケットに仕舞うと標識から身を起こし、千佳に視線を向けた。千佳は弾かれたように二人に背を向けると、猛烈な勢いで駆け出した。今のあの目は殺る気だ。それに自分たちが犯人だと告白するなんて、今から目の前の相手を殺す事の証だろう。何てことだ。これならまだ愛の告白の方が100倍マシだった。相手は気の狂った超能力者、捕まれば未来は無い。

「はは。逃げた逃げたっ」

「任せろ」

突如、彼ら3人をとり囲むようにして、筒状で半透明且つブルーの壁のようなものが地面から出現した。千佳は思わず足を止めた。後数センチで鼻先が壁に衝突するところだった。

「逃げられないよ」

背後から吾妻の声が聞こえた。

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