でぃべいさー!

透はせっかくのお楽しみタイムを邪魔されたことにご立腹し、声のした方へ振り向いた。噴水のすぐそばに透と同い年くらいの少年が二人、こちらを向いて立っている。他校の生徒だろうか?見覚えのない顔だった。手前にいるのは某事務所にでも所属していてもおかしくない、切れ長の眼を持つ、妖艶な雰囲気を放つ、男の透が見ても美少年で、なんとなくいけすかない笑みを浮かべていた。胸の部分に大きな赤色の髑髏のイラストが刺繍してある六分袖の黒いTシャツに、リーバイスのジーンズを履いており、そのポケットに手を突っ込んでいた。気取った野郎だぜ。その後ろに守護霊みたい佇む少年は、ヤクでもやってるのかというくらい、ガンギマリって感じの眼をしており、子供が見たら泣き出しそうな風貌の男だった。その深海の生物にでもいそうな不気味な目で手前の男の背後から透達を感情の読めない、無表情な顔で見つめていた。なんだこいつら、人がせっかくちちくりあってたっちゅーのに、割って入ってきおって。極刑ものの罪の重さだぞ。せめて数秒遅れてから現れろよ。お邪魔虫め。しかし、木を見て森を見ずってやつか?茜といちゃつくのに気を取られて、こんな奴らの接近をゆるしちまった。とにかくトラブルは避けなくては。茜に危害が及ぶような事は絶対にあってはならない。透は、彼女の身の安全を第一に考えた。二人組は物も言わず、透たちの方へ歩みを進めてきた。些か苔むしたコンクリートの地面を踏みしめる度にコツコツという足音が響く。茜が不安げな表情で透の手に触れた。透はそれを無言で握った。お互い手が冷えていたが、わずかながら体温を感じられた。そのやりとりを見て『髑髏』が言った。


「こんばんは、お熱いね。ねえ君達、突然だけど愛し合ってる?」


「は?何だよお前ら。あっち行けよ」


透は勇気を振り絞って怒気を孕んだ声でそう言った。内心、茜の前でかっこつけたかったのもある。『髑髏』はそれを華麗にスルーし、へらへらしながら尚も問いかけてきた。


「お互いの事、愛してるんだろ?」


透はこいつとは話にならない、厄介事になる前に逃げよう。そう判断し、茜の手を引いてベンチから立たせて二人の間をすり抜けて立ち去ろうとした。


「愛してるんなら、目の前で証明してくれよ」


『髑髏』の手が透の右肩を掴んだ。透は振り払おうとした。だがそれはかなわなかった。


透の肩の付け根から先が小爆発と共にちぎれ飛んだ。


「ぎぃやああ」


透は獣のような声で絶叫してしゃがみこんだ。肩からはシューシューと煙が出ている。断面は焦げている。思考の情報処理が追い付けない。数メートル先には、自分の右腕が転がっている。ああ、アディオス、一時期は俺の恋人でもあった俺の右腕よ。まさかお前と物理的な意味で『別れる』日が来るなんてなぁ。クソッタレ。笑えねえジョークだ。この野郎、爆弾かなんか持ってやがるのか?


「透君っ」


茜の悲鳴が聞こえる。そうだ、茜だけは守らなくては。彼女は、幸せにならなければならない。誰にも彼女の幸せを奪っていい権利なんかありはしないんだ。なんたって俺のエンジェルなんだから。


透は残った左手で『髑髏』の体に掴みかかった。


「おーっと」


『髑髏』がおどけた声を出した。


「茜、逃げろ逃げろ。俺の事は、気にすんな」


「でも…」


決心がつかない茜が狼狽えていると、『ギョロ目』の方が素早い動作で茜の背後にまわり、彼女のか細い首を腕で締め上げた。手にはサバイバルナイフが握られており、それの刃を茜の首に押し当て、彼女の耳元で囁いた。


「大声とか出して見ろ。掻っ切るぞ。あと俺をイラつかせても掻っ切る」


「ひぃっ」


茜は震え上がって歯をガチガチと鳴らした。『髑髏』は透を蹴り飛ばして彼を引き離した。透は地面に倒れこんだ。爆発による激痛は絶え間なく透を襲っていた。


…何てこった。人生最良の一日が、あっという間に最低最悪の厄日に早変わりだ。神様、さっきアンタに感謝すると言ったけど、撤回するよ。何で俺達がこんな目にあうんだ?なんにも悪い事してないのに。あれ、キリスト教的には、オ〇ニーって罪にならないんだよね?畜生、人の不幸が、そんなにおもしれえかよ。透は茜の方を見た。彼女は大粒の涙を流しながら、透を見つめている。あー、茜のあんな顔は、見たくはなかったのに。


「何でてめえらこ、こんな事すんだよ。俺達が何したっちゅーんだよ!」


透の問いかけに『髑髏』は数秒考えこむと、言った。


「そうだなあ、しいて言うなら思い出作りってやつかな」


『髑髏』は口角を上げた。透は彼の言ってる事が理解出来なかった。思い出作り?そんなもんのために俺は右腕を失った訳か。キ〇チガイめ。


「なあ、俺はどうなってもいいからさ。その子だけは見逃してくれよ」




透は藁にも縋る思いで『髑髏』に訴えた。もはやそうするしか道は残されていなかった。茜は透の言葉に何か言いかけたが、『ギョロ目』にナイフを押し当てられ言葉を遮ぎられた。そして『髑髏』の返事は、意外なものだった。


「いいよ、だけどさっき言ったよな?君たちの愛を目の前で証明してくれと。だからこいつを使って証明してくれ」


そう言うと『髑髏』は徐にジーンズのポケットから小さい何かを取り出し透の前に放った。透が顔を近づけると剃刀の刃である事がわかった。


「彼女の為に、そいつで自分の左目を切りつけてくれよ。『アンダルシアの犬』、だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る