一念発起

室内に反響する銃声。悲鳴。そして出血。とは言え全ては画面の中の話だ、吾妻は自宅の、開放感溢れるだだっ広いリビングでソファに腰かけながら、ファーストパーソンシューター、つまりfpsのゲームをオンラインでプレイしていた。アスペクト比16:9のワイドスクリーンテレビであり、迫力満点だ。伊達にワイドの名を冠してはいないというわけだ。その新作のソフトは新から貸してもらったものだった。新作で評価も上々というだけあってグラフィックは実写と見まがうほどであり、臨場感もかなりのものだ。次々と現れる敵にヘッドショットを決め、圧倒した時の快感は得難いものがあるが、逆に言えば相手に倒された時のストレスは生半可なものではない。対人戦ならば尚更である。要するに諸刃の剣というやつだ。癪性の人間ならば、コントローラーが幾つあっても足りないだろう。敗北が重なれば、一体自分は何のためにゲームをやっているのかわからなくなる事請け合いである。そういえば海外のゲーム配信者がオンラインの相手に、ゲームで負けた事の腹いせからかリアルで自宅に銃撃されたという話も記憶に新しい。そんな事もあってか、よく世間ではfpsのような、言い方は悪いが殺人ゲームを好んでプレイする人間は犯罪者予備軍のレッテルを張られてしまう事があるが、その考えはいくらか早計ではないだろうか?実際のところ暴力的なゲームは犯罪を減少させるという研究結果が発表されたらしい。つまり暴力ゲームをやっていると頭のおかしい犯罪者になるのではなく、元々頭のおかしい人間が暴力ゲームを好んでいただけなのだ。いや、それも少し暴論か?


まあそんな作者の持論はどうでもいいとして、吾妻は持ち前のプレイヤースキルで次々とヘッドショットを決めて行った。彼は運動神経も優れていたが、ゲームの腕前もかなりのものであった。まったく神は一人の人間に二物も三物も与えすぎ、というやつだ。


「はじめてにしちゃ、なかなか上出来だな」


吾妻の耳に独特のハスキーボイスが聞こえてきた。彼がチラリと目を向けるとワケのわからないハードロックバンドの、けばけばしくて悪趣味な衣装を纏ったメンバーのイラストが印刷されてある、罰ゲームで着せられているのかと疑いたくなるほどダサいTシャツを身に纏っている少年が椅子に腰かけていた。古井新。彼は吾妻の家に遊びに来ていた。相も変わらずポテトチップスを口に運んでいる。彼を家に招いたのは今日が初めてだった。吾妻はここ最近よく彼とつるむようになった。新は口の重い男だったが、話してみると意外とユーモアとウィットに溢れた奴で、吾妻は彼のそんなところが気に入った。学校では二人はべったりだったので吾妻のグルーピー達は退屈そうにしていた。というより新に嫉妬していた。


リビングの戸が開けられ、吾妻の母が二人の分のオレンジジュースを、おぼんに入れて持ってきた。吾妻の母は、茶髪で、耳にはノンホールのイヤリングに、如何にもセレブファッションといった服装を見に纏っていた。スタイルも良く、芸能人に見劣りしない、麗人といった言葉が似あう女性だった。実年齢より若く見られがちであり、吾妻と二人歩いていても兄妹と勘違いされるほどだ。吾妻が小学生の時、授業参観で彼の母は注目の的だった。


「これ飲んでね」


そう言って吾妻の母はテーブルの上にジュースを置いた。新は彼女の左手の薬指に嵌められた、ギラギラと輝く高価そうな結婚指輪が嫌でも目についた。


「あ、ありがとうございます」


新は随分とかしこまった態度をとり、吾妻の母に深々とお辞儀をした。些か緊張している様子だった。その姿を見て吾妻は、こいつは多分童貞だな、と判断した。吾妻の母は買い物に出かけると吾妻に伝え、外出した。


「お前の母親、美人だな」


母が家を出るなり、新が目配せしてそう言った。


「おい、変な気をおこすなよ」


「おこさねえよ」


新は苦笑いして言った。


「さて、そろそろ見るか。こいつは凄いぞ」


新はズボンのポケットからスマホを取り出し、テーブルに立てかけた。吾妻は彼が何を始めようとしているのか瞬時に理解し、ゲームを中断した。


スマホが動画を再生し始めた。内容は作り物かどうか真偽不明の、ストーリーを度外視した、生きたまま女性を解体するだけの映像だった。四肢をもがれ、肉だるまと化した女性が、最終的に首を切断された所で動画は終わった。吾妻と新の二人はそれを無表情で、時には大笑いしながら食い入るように見入っていた。


「よかったけど、ちょっと作り物っぽかったな」


見終わってから、吾妻の第一声はそれだった。新は少し不服そうな顔をした。


「手厳しいな」


新は嘆息して椅子にもたれかかり、天井を見つめた。どこか憂鬱気な様子だった。新はポツリと呟いた。


「時折思うんだよ、誰かぶっ殺せたら気持ちいいだろうなって。ほら、通り魔とかが誰でもよかったって理由で何人もぶっ殺したとかニュースでやってるだろ?ああいうの見ると少し羨ましくなるんだ。この俗世界の何もかもめちゃくちゃにしてやりたくなる時があるんだ。親父を殴った日から、俺はどうかしちまったのかもしれないな」


そういって自嘲的に笑うと、すぐに新は思い改まったように吾妻の顔を見て言った。


「なあ、一緒に誰か試しに殺さないか?」


新はいつになく真剣な眼差しで吾妻を熟視してそう問いかけた。吾妻はポカンと口を開けていた。それから数秒間、室内に沈黙が訪れた。新はその数秒がやけに長く感じられた。テレビからは場違いなBGMが流れている。気まずくなった新は苦笑まじりに言った。


「なんてなあ、冗談だよ冗談。マジにとるなよ」


新はそう誤魔化すとテーブルの上の鮮やかな橙色のオレンジジュースに手を伸ばして、カラカラに乾燥した口内を潤そうと口に含んだ。唾液分泌が盛んになり、頬が痛む。


「構わないが」


吾妻が突然そう言った。だもんで新はオレンジジュースを思い切り吹き出してむせた。テーブルの上は吹き出したオレンジジュースでグチョグチョになった。


「おい、汚いな」


「お前、本気で言ってんのかよ?」


新は咳込みながら言った。どうやら器官に入ったようだった。


「先に持ち掛けたのは君だろう、殺りたいんだろう?じゃあ迷わず殺るべきだ、君の力になりたい。それに僕も興味があるしな」


吾妻は普段通りの溌剌とした爽やかな表情で話を続けた。


「人はもっと自分の本能に正直になるべきだと思うんだ。下らないモラルだとか論理だとか道徳だとかそんなものに拘る必要はない。逆立ちしても人生は一度きりだ。僕は後になって『あれをやっておけばよかった』なんて後悔したくはないんだ。やりたくない事をやってる時間なんてこの世にはないんだよ。僕はずっとそうやって生きてきたんだ」


そう言われると確かに理に適っている気がしてきた。新はそう思って真摯に彼の話に聞き入った。こいつは世に溢れかえる、何も考えず、ただ飯を食っては排泄するだけの豚のような大衆とはひと味違うようだ。やはりこの男なら自分のこの心の中に鬱屈した涎のようなやり場のない訳の分からない情動を理解してくれるかもしれない。そんな仄かな期待を抱いた。


「人生は思い出の連なりだ。思い出が多い分だけ素晴らしい人生なのさ。ただ日々を怠惰に過ごしていくなんて、そんなのは生きているとは言えない。ゾンビみたいなものさ。僕たちで最高の思い出を作ろうぜ、きっと楽しいぞ」


新は彼と数秒間視線を交わすと深呼吸して言った。


「後で後悔するなよ」


「君こそ」


見せかけではない真実の信頼がそこにはあった。




二人が『能力』に同時に目覚めたのは、不思議にもその日の夜だった。

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