待ち受けるのは一体!!!??

洞窟1

田畑が村町俊 に声を掛けられたのは数日前だ。田畑が休み時間、暇を持て余していると、彼がそわそわした様子で話しかけてきたのだ。彼はいくらか吃音症を患っているらしく、口をひらく度にどもっていた。更に斜視でもあるようで片方の目はロンドン、もう片方はパリを向いていた。


村町は間違ってもクラスの中心人物のような存在ではなかったが、かといっていじられキャラでもない微妙な立ち位置にいた。というよりも持ち前の陰の薄さで不良達の目を掻い潜ってきたと言えるだろうか。とにかく、吹けば飛ぶような存在、それが村町だった。


田畑は彼とは親交が無かったので声を掛けられた時はリアクションに困った。というのも彼は開口一番、以前、田畑が野田に嫌がらせ行為をされていた時に見て見ぬふりをしてしまったのを謝罪してきたのだ。村町があまりにも悲痛な面持ちでどもりながら許しを請うてきたので、田畑はそんな事は意に介していないと正直に伝えた。村町は胸を撫でおろしたようだった。その日からというもの、彼はもっぱら田畑にコミュニケーションを取ってくるようになった。田畑は先日の謝罪の内容は作り話で、ただの自分に話しかける為の口実だったのでは?などと下衆の勘繰りを行ったが、彼とて、友人が増えればそれに越した事はない、と思っていた。


村町は別段、気の利いたジョークをかます訳でも、田畑と共通の趣味を持ち合わせている訳でもない、要するに会話するには異常に退屈な男だったが、一緒にいて落ち着かない男ではない。それが田畑の彼に対する印象だった。


彼が口にする言葉と言えば今日は暑いだの、今日は寒いだの、水虫になっただの、食指が動かない話ばかりで、田畑がそんな彼の代わりに話題を提供したとしても、村町は薄い反応を見せるか、もしくは何を言ってるのかわからない、という有様だった。


田畑が廊下で常史江や千佳と話していると、彼は教室の戸口から半身だけ出して虚ろな瞳で物も言わず田畑を静観してきたので、田畑は時折、彼が不気味にも感じられた。


だが村町は話のレパートリーが貧困で、何を言っているのかたまにわからなくて、しかも不気味で、一緒にいて死ぬほど退屈だという点を除けばいい男だった。


それは致命的ではないかというような気もするが、田畑自身、友人を選り好みできる立場ではなかった。


さらに村町は付和雷同で、まったく自分というものが存在せず、田畑があの映画が面白いと言えばそれに同調し、あの映画は見る価値のないゴミだと言えば、それに賛同した。




そんな彼が今日、珍しく田畑に話題をふってきたので、田畑はこりゃあ雨が降りそうだ、と思った。


「し、死者に会える洞窟って知ってるか?」


「死者に会える洞窟?」


田畑は驚いた。急に彼がオカルトじみた話をしてきたからである。


ちなみに田畑はというと、以前はそういった類の話には懐疑的だったが、常史江や裏山の使う超能力を間近で見ることで考えを改めた。田畑は俄然興味が湧いて来た。


「き、き、近所の怪しいじいちゃんからき、聞いたんだけどさ。と、隣町の〇〇町の山ん中にあ、あるんだってさ。う、運が良ければそこで死んだ奴に会えるらしい。何でもあの世と繋がってるんだそうだ」


「〇〇町?電車で数分の所じゃないか」


「お、俺、そこに行こうと思うんだよね。どうしても、あ、会いたい奴がい、いてさ」


村町はその『会いたい人物』の話を語った。




なんでもその人物は彼の中学時代の親友だったらしく、クラスのムードメーカー的存在で、見た目もよく、明朗快活で爽やか、人望もあったらしく、聞けば聞くほど村町とは縁遠い存在に思えた。


村町がクラスメートにからかわれた時は相手に声を荒げてくれたらしい。おちゃらけたところはあるが、情に厚い男だったそうだ。そんなんだから女子もほっといてくれず、彼がウィンクすれば黄色い歓声が沸き起ったそうな。うーむ、羨ましい話である。自分がそんな事をしたところで悲鳴と罵詈雑言しか飛んでこないであろうが。


村町はある日、彼と些細な理由で口喧嘩になってしまったという。そして和解する事なく、彼は事故で帰らぬ人となったようだ。


村町は彼にもう一度会って、一言謝りたい、そう言った。どもりながら。


「あ、あの喧嘩は俺にひ、非があったんだよ。アイツが付き合ってる女が、あ、あまりにもはすっぱな上に、見るに堪えないつ、面してたんで、お、おれはアイツに何でお前あんなゲテモノと付き合ってるんだ?と、軽い気持ちで聞いたんだよ。あ、あんなにムキになるとはお、思わなかったんだ」


それは確かに100%君の方に非があるだろうな、誰だって彼女をそんなふうにこき下ろされたら怒るに決まってる。田畑はそう思った。


村町は、次の休日に○○町の、国土地理院の地図にも名前が記載されていない町はずれの小山に出向き、その穴を探すので、よかったら一緒に来ないか?と田畑に促した。


田畑は予定もなかったし、彼の珍奇な話に胸が高鳴ったので二つ返事で答えた。




当日、村町と電車で街を渡り、いざ、その山の麓までつくと、田畑は軽い気持ちでそこに来た事を後悔した。何故ならその山は山裾からでも伝わる程、異様で不気味な雰囲気を放っていたからだ。


通常の山とどう違うのか、名状しがたいが、田畑の本能が危険信号を発していた。田畑は彼にその事を伝えたが、村町は気にもかけず、山を登り始めた。田畑は彼に無視され、いささかムッとしたのと、臆病者だと思われたくはなかったので、しかたなく彼の後ろをついていった。


二人は足場が悪い山林を進んだ。


「迷っちまったらヤバいし、明るい内にその穴が見つからなかったら帰ろうよ」


「すす、すぐ見つかるよ」


村町の言葉は当たった。その洞穴は30分もしないうちに見つかった。すぐ傍に寄ると、冷涼な風が吹き出していた。


入り口だけでもその洞窟はこの山の中で一際恐ろしく見えた。奥は薄暗く、恐らく内部は完全な暗黒となっているのだろう。田畑は足がすくんだ。今からこれに入るというのか…


田畑がうろたえていると、村町は躊躇せず洞窟に入っていった。


「マジかよ…」


彼を置いてそのまま帰る訳にも行かないので、田畑は同行した。


洞窟内部は入り組んでいた。道が幾つにも分かれており、アリの巣じみた様相を呈していた。田畑は懐中電灯を手に、足早に進む村町の後ろをついていくだけでやっとの状態だった。


突然、田畑のズボンのポケットから財布が落下した。


おっと。彼はすぐさま拾い上げた。だが、前方を向くと、村町の姿は無かった。


「お、おい村町君!」


彼はそう叫んだが、返事は無かった。


「おい!」


田畑は泣き出しそうになりながら彼の名を呼び、走り出した。だが、天井から垂れ下がった鍾乳石に顔から直撃し、その場に転倒した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る