第28話 変化
「器具、点検。マガジンバッテリーを抜け。安全装置。降圧よし。対物レンズよし、照射器及び拡声器、ストロボよし、ジンバル基部よし、警告及び押し付け制圧用電極よし、照星よし、昇圧器よし、光線照準器よし、切り替え軸部よし、用心金よし、握把よし、バッテリーケースよし、キャッチレバーよし、照門よし、マイクよし、投影窓よし、液晶よし、吊り具基部よし、異常なし!」
白く鈍く輝くソレを渡す前、彼が唐突にそれを舐め回すように、見、触りながら呪文を唱えた。……私もあんな風に扱ってくれないかな。
「点検要領と整備は後で覚えて貰いますから、今は分からなくても大丈夫です」
「はい」
一抹の不安を覚えつつ、差し出されたソレを握る。
「じゃあこんな感じで握って貰って」
「こう、ですか?」
彼が握る色違いのソレを見ながら、ゆっくりとグリップを握る。
「ストップ!人差し指を伸ばして!用心金に指を入れないで!」
ビクッ!と人差し指を伸ばす。
「安全装置が掛かっていても暴発する可能性がある前提で、気を付けて。使用する瞬間まで用心金と引き金に触れないようにして下さいね。正面部は使用する時以外は上か下に向けて、射線上に物や人を置かないで下さい」
こわい。
今更ながら、自らの手の内にあるモノが武器であり、人を痛めつける為に作られた道具であるという事実を理解し、脳が汗をかく。――彼が早口で発した注意は完全には理解できなかったが。
「
はたまた『レスリーサル』が何を指すのかは分からないが、今度は人差し指に気を付けてソレを持つ。
数瞬後、後端部が光って視界に文字が現れた。
❲ユーザーを認証 はじめまして 五十川明 さん❳
❲はじめまして、よろしくおねがいします❳
「異常無いみたいですね、よかった」
「基本的には私か代理の者が直接警護にあたりますが、一人になりたいときやお出かけ……出来るようになった時にはコレに入れて携行して頂きます」
脳から垂れた汗が心臓に至ったのか、この形でこの人の温もりを堪能出来るのは限られた時間であるという事実を認識したからか、心拍が駆け始める。
「SOSボタンの押下ないし使用した場合、どこに居ても我々が急行しますから、これだけは忘れないで下さいね」
これを押したら、この人が来てくれる。助けてくれる。
途端、これがただの人を痛めつける道具では無く、温もりをくれる、お守りのような感じがした。
そして、将来これを濫用しないとう自信はなかった。
更に言えば、ジャケットの下からチラと覗いた拳銃のように、ずっと彼の側に居て、大切にされたいという欲求が迫り上がって、喉を詰まらせた。
****
こんな『器具』を
上は何を考えているのだろうか。警備部員としては疑問を感じざるを得ない。
携帯制圧波照射器は確かに、義体か生身かを問わずどのような人間であっても人差し指一本で制圧し得る強力な道具ではある。
しかし、飽くまで対象の抑止を目的とした『器具』であり、出力を上げて武器として使用できるのは我々に配備されている法執行モデル(Law Enforcement)だ。しかもそれとて
そして彼女に渡されたのは民生仕様(Civilian)の、しかも小型版だ。
つまり制圧力が不足している。痴漢対策に、抵抗の意思を明示するならば適切だが、毒ガスを撒いて交番を爆破し、小銃を乱射したテロリストに命を狙われかねない人間に持たせるべきなのかは疑問符がつく。
その上彼女が人を痛めつけられるかは……分からないが、訓練で
という訳で訓練をしなければならない。
『誰でも簡単に身を守れます』なんていうメーカーの謳い文句は置いておいて、道具を適切に用いるには訓練が必須だ。
備蓄倉庫内に汎用人形がある。アレを借りよう。
****
なんだろう、これは。
胸から上が軽くなったような感覚で満たされている。
懐かしいような、初めてのような。
「ピーという電子音の後に標的を撃ってください」
パパパパパ!と閃光と警告音が響き、人形を真っ白に染めあげる。
「その調子!上手いですよ」
嬉しさとはまた違う。
彼が褒めてくれるからというのもあるが、多分違う。
自己効力感。
こわさの裏返しのように、自分が強くなったように感じる。
いや、実際強くなった。私は変わった。
もう一人ぼっちで泣き喚くだけの存在では無い。
「良いですね、気分転換にこの後休憩して体でも動かしませんか?」
彼の提案を受けた事で地獄を見る事になると、当時の私は知らなかった。
****
「馬鹿野郎!゛マル対を疲弊させてどうする気だ!」
仰る通りである。
自重トレーニングが筋トレ扱いされずストレッチ扱いされるのは警大と国防大位だという事実が、卒業後
我々に適用されている義体は人工生体組織である為、その能力維持の為に定期的に負荷を掛けなければならず、また神経系機能維持の為に過負荷運転も行わなければならない。
情報費を投入して徹底的な治療が行われた彼女もまた然りであるのだが、初っ端から負荷を掛け過ぎた。
「み……宮木さん……」
相当辛かったろうに、やっと彼女が弱音を吐いたのは、さぁもう3セットやろうかとタイマーをセットした時だった。
汗ばみ、火照った肌と荒れた呼吸、そして濡れた髪が色っぽく頬に寄り添った彼女の姿を忘れないようにしようと、そう心に決めたのは職業倫理に反するかもしれない。訂正、明らかに反する。
「運動させるにしても程度っちゅうモンがあるだろ、程度っちゅうモンが!」
「はい!゛」
運動は精神衛生上良いので推奨されているので、警備主任もそこまで強くは注意しなかったが、これでマル対からの警察への印象が悪くなれば最悪だ。
「以後運動を行うに際してはマル対の体調及び能力等に十分注意するように」
「はい゛!゛」
『覇気のある声』で返事をして、警備本部を後にする。
ドア前まで行って、警備部長に敬礼しつつ、
「帰ります!゜」
中央に正対して、回れ右。ゆっく〜りとドアを閉め、ふぅと一息つくと目の前にソレは居た。
古川だ。
「お疲れ〜、やっぱ馬鹿だね〜」
相変わらずのオタク特有の雰囲気と、合間合間に挟まるデュフデュフというファンタジー世界なら奴隷商人として高貴なエルフを高値で主人公へと売り払いそうな笑い声で、一瞬で彼だと分った。後は何故か『そこに居る』という、気配か移動音を消す能力によって。
「おっ、じゃあリボルビング腕立ての続きやるか?」
「馬鹿だね〜……」
そんな彼に勝負を仕掛けようとしたが、彼の笑みが少しばかり薄まって本題を述べようとしたので追求はやめる。
「あんまりアレだからもう介入するけどさ、気付いてた?」
「何を?」
****
「お疲れ様です。ごめんなさい、無理をさせてしまって」
あの後、経口補水液と氷嚢と寝床とを与えられた私は、意識を気づけば手放していて、起きたときには数時間が経過していた。
意識を再び戻したのは彼が扉を開けて接近した気配によるものだ。(どういう訳だか、彼は扉の開閉をほぼ音を立てずに行う。気付けば私も真似していていたが理由がわからない)
「いえいえ、楽しかったです」
前よりも言葉がスルスルと出てくるし、自然と笑顔になる。
彼に慣れたのか、安心によるものかは分からなかったが、今までの自分から新しい自分へとのし上がろうとした足掻きが、偶々自らを蹴り上げたのかもしれない。
「……良かったです。また機会があれば、やりましょう」
しかし、『新しい自分』も、あれだけの運動をして平然としていた彼が少し顔を赤らめて、目をそらしがちな――過去の私が取っていたような振る舞いを彼がしている理由は分からなかった。
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