『脅威に立ち、秩序を拓く』

第15話 後悔

「……で、被疑者の家を訪問した所応答が無く、呼び出しに応じて立ち上がったと」


 取り調べ担当者の巡査部長が、手元端末を操作しながら私を問い詰める。


「はい。全く相違ありません」


「はい。以上で終了します――あの、幾らご自身が警察官だからって調書に書く通りに発言しなくて良いんですよ?」


 呆れたような調子で彼が言ったが、私の内面はそれどころでは無かった。

 何故、どうして、そんな言葉がグルグルと乾燥機の如く回転していた。


 こうなるなら、もっと頼って欲しかった。

 甚大な後悔が襲い、目の奥がじんわりと熱くなった。


「……もう少し介入が早ければ防げていたんでしょうか」

「どうですかねぇ……」


 我々の電子脳内には、私が書いた彼女の身の上に纏わるレポートと、口座の入出金情報やその他の情報があった。

 本来ならばこの資料は私が知っていてはいけないのだが、私が書いたモノである為、事実上意味が無い。そもそも、規則が要重点観察対象だった容疑者の参考人にその担当官がなる等という特殊な状況を想定していないのだ。(考えてみれば当たり前ではあるが)


「奨学金を義兄に横領、度々呼び出された末に滅多刺し――どうにか出来ませんでしたかねぇ……」


 もし――状況から見て確実に彼女だが――が義兄を殺したとすれば、我々国家中央警察の不祥事であり、その主役は私である。


「……お前、殺人容疑者に対する逃走幇助のだからな」


 阿川が資料から目を上げて呼び掛ける。

 私は今、本来ならば容疑者として身柄を拘束されても文句を言えない立場であるが、本事件の主担当者である阿川『警部補』の裁量によって、参考人としてここに居るのだ。


 ……今後逮捕される可能性はあるが。




「お取り込み中、申し訳無い」


 どこかで聞いたことがあるような声が、取調室の外から聞こえた。


「本件は公安ウチの預かりになりました。3日後までに捜査を終了し、資料を全て我々に送って下さい」


 おいどうした、ふざけんな、等という言葉が聞こえる。

 当然だ。被疑者を特定し、後は逮捕して送検するだけだというのに、こんな所で他所公安に譲る訳にはいかない。


「何故だ!?」

「公安機密です」



****




 結局その後、釈放され、本件について忘れろと言われたので事件がどうなったのかは知らないが、彼女は依然として被疑者のままであり、全国に指名手配もされていた。

 もうこうなってしまっては、まともに生きることは不可能だろう。


 彼女が本当にやったのかは知らないが、今日まで我々の検索に引っかからなかった以上、もう我々が再び会う事は無いだろう。もしかしたら、もうこの世に居ないかもしれない。

 あのときどうすれば良かったのか、前期を終えて直ぐの配備だった、当時巡査だった私に出来る事は無かったか、もう少し資料を踏み込んで作るべきだったか。


 考えたが、答えは出なかった。

 あるのは、ただ、私が担当で、好きだった女性が、複雑な家庭環境の末に義兄を滅多刺しにして殺したという事件。


 それしか無かった。

 やり直せるなら、と何度も思ったが、残念ながら神は私にチャンスを与えてくれなかった。

 もし私が映画の主人公だったら、真相を明らかにする為に刑事か公安に行っただろう。


 だが、皮肉にも希望通り事対隊への転属が命ぜられた。

 そりゃそうだ。私はテロ対処の専門家で、それを以て警部補の階級に居座っているのだから。

 上司から交付された紙切れ――


 光和24年6月1日付けで、宮木広隆 警部補を国家中央警察警備部事態対処隊訓練中隊に命ず。


 ――に従い、私は訓練中隊で地獄のような幹部過程訓練を受けた。

 そんな訓練もやり切り、第二中隊即応警ら隊、第二車事対2班長に命ぜられたのは7月の頭である。


 事対隊の第二中隊は、24時間体勢で管内を警らし突発的事案に対応する、事対隊の顔とも呼べる部署であるが、基本的にやっている事と仕事は自ら隊とあまり変わらず、事対隊に配属された人間が先ず配属されるのはココである。


 そして、


「腹減ったなぁ」

「そうだねぇ……」


 主要道路、所属を示す黒帯に黄緑色の線が入ったPCパトカーを停め、相勤の笹川警部補と共に警戒を行っている途中。

 即応警ら隊勤務員の階級がやけに高いのは、我々事態対処隊が一次介入を行う際に、付近警察官の現場指揮を執る事になっているからである。(それと同時に、突入隊指揮官の養成という意味で初級幹部が第一中隊に放り込まれるというのも大いにある)


 肩章に引っ掛けたハイドレーションのチューブを吸い、喉を潤す。


 銃器使用事案や、高性能義体事案の通報を受ければ、回転灯を回し、フットサイレンを鳴らしつつ現場へ臨場するのだが……。


「ふぅ」


 今日の基幹系無線は静かだった。防弾ガラスに環境音が遮られ、地域課のPCに乗っている余計に静〈ピ――――


〈国警から、新実PS管内。110番入電――


 そんな静寂を破った注意喚起音の後、リモコン担当者の落ち着き払った声が聞こえる。


〈高性能義体適応者が暴れ、血を流して倒れている者が居る。この様な内容で入電。近い移動ありますか、どうぞ〉


 PTTプッシュ・トゥ・トークボタンを押し込みつつ、赤色灯を起立させ、アクセルを踏んでエンジンを唸らせる。


「事対2、現場へ転進。誘導願います」


〈国警了解――



****



「今日の日経平均株価!!!!!!!!!!!1ドル今変わりまして108円85銭!!!やりますねぇ!!!!!!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


「事対2、現着。これより着手」


《国警了解》


 たまたま現場が近かった事もあって、珍しく一番に臨場すると、高そうなスーツを着た中年男性が、訳の分からないことを叫びながら血まみれで大暴れしていた。

 一目で誰が通報されたのかという事が分かるのは有り難いが、倒れている人間を見るとそんな有り難さも吹き飛んでしまう。


「ありゃ黒タグ救命可能性なしかね」「ですねぇ」


 大量の血が地面を濡らし、太陽光を受けてギラギラと光っていた。

 その横には腕と胴体がバラバラになって落ちている。


「事対2より新実。122事案着手の為、周辺規制措置願いたい」

《新実了解》

「尚救急隊にあっては現場へ進入させず、付近待機要請願いたい」


 オートナンブをドアポケットから取り出して槓桿を引いて薬室に初弾を送り込み、肩に掛けたPTTプッシュ・トゥ・トークマイクのつまみを捻りSW署活系を通じて新実署に応援を要請しつつ、マル被に歩み寄る。


 ローレディからオートナンブを持ち上げて、網膜投影照準により現れた照準窓を相手方の胴体に合わせ、叫ぶ。


「動くな!警察だ!」


 相手の反応を――「うんちっち!!!!!!!!!!!!!」


 『大特価!揚げ物全品10%オフ!!!』と派手なフォントで書かれたのぼりを手に、血に濡れた顔をているマル被の手を認識拡張を起動しつつ見ると、成程、マル害被害者の臓物から溢れ出た消化中の食物が大量に付着していた。

 昼食前であり、訓練を受けていた事もあって吐き気を催す事は無かったが、少なくとも子供に見せたくない残虐極まりない絵面である。

 まだ息があり、視界の端で苦しんでいる被害者の救護もしたいが、事態の対処が最優先であり、我々の任務だ。認識拡張を起動し、相手ににじり寄る。


「武器を下ろして地面に伏せろ!早……「マ゜ッ!゛」


 途端、振りかぶったマル被がこちらに向け、のぼりを高速度でぶん投げてきた。

 ゆっくりと流れる時の中でも、その速さは一際であった。

 それは古代ローマ軍の軍団兵が用いる投槍ピルムの如く真っ直ぐ突っ込んで来ており、『あれに当たったら死ぬな』という確信を得ることが出来た。

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