第11話 値遇

「コンタクト!左!」


 網膜に投影された照準を目標に重ね合わせ、息を吐きながら引き金を絞ると、タララララッ!とオートナンブの小気味よい射撃音が響く。


「1キル」「ヨシ!」


 目標が倒れ込んだのを確認し、その旨をコールする。

 ヨシの声を受けて、味方に損害が出てない事を確認し、ドア前まで前進する。


「ドアブリーチ、スタンバイ」

「ヨシ」


「フラッシュバン、用意スタンバイ


 今回はこっちに飛んできませんようにと祈りつつ、フラッシュバンを投入する旨を浦江に伝える。


 ドアを開放してフラッシュバンを投げ込み、閃光と爆音が響く!


「警察だ!手を上げて跪け!」


 呆然とする犯人の内、抵抗の意思がある者を単連射で無力化し、部屋を確保――


 突如、激痛が走った。


「1ダウン!」


 古川の声を聞きつつ、脱力感が全身を襲い、バタリと床に倒れ込む。

 被弾を感知したスーツが私の筋肉に電流パルスを流し、これを強制的に弛緩させて、戦死――この場合は殉職だが――状況を再現した訳だ。


 目をグリグリと動かして周りを見ると、近くにけん銃を持った人形が転がっていた。成程こいつか。


 こんな事を考えていると、ブザーが鳴ってゲームが終了した。



****



 ここは中京インドアサバゲーワールド。

 インドアの為、季節気候に関わらず、何時でも快適な環境でサバゲーが楽しめる人気のサバゲーフィールドだ。

 ここが他のサバゲーフィールドと違うのは、その規模だろう。

 流石『ワールド』と付いているだけあって、大規模な市街戦を模したフィールドまで存在する。


 サバイバルゲームは、昔はプラスチック製のBB弾を用いていたのだが、現在では安全性と性能の観点から、ほぼ光線銃と被弾判定装置バトラー、そしてヘッドギアに依るARの組み合わせが主流だ。

 というのも、先の大戦の際、新兵を戦場に慣らす為に実施されていた訓練のエンターテイメント性を高め、国防省が民間、特に学校教育にも普及させたものが現在主流のサバゲーの原点だからである。

 AR技術と軍の訓練にも使われていた光線銃を組み合わせ、一部の装備品――例えば閃光音響筒等――は本物と同等の性能を持つモノを用いる事で、臨場感を味わう事が出来、更に我々の様な実際の銃火器を用いて職務を執行する様な人間にとっては訓練にもなるのだ。


 勿論安全性には十分配慮されており、先に述べた様に、被弾すると下に着込んでいる被弾判定装置バトラーと連携したスーツから脱力する様な電流が流れて倒れるのだが、基本的にフィールドは土や衝撃吸収素材で構築されている為、負傷する事は無い。

 それに、スーツにも衝撃吸収性能と姿勢制御機能があり、例え二階から落下したとしても負傷しないとされている。(規格があるらしいが詳しい話は知らない)


 先程のゲームは人形アンドロイド戦。

 人形アンドロイドが守る目標を確保するスピードを競うゲームだ。

 我が国の人形アンドロイド技術は、労働者の殆どを人形アンドロイドで代替し、その圧倒的な数的優位によってヨーロッパ~アフリカまでを勢力下に置くロシアのソレには敵わないが、人体拡張技術で培った人工筋肉や人工皮膚、その他の技術を組み合わせ、高いクォリティの人形アンドロイドが日本では製造されている。

 もっとも、日本では義体適用者が多い為、産業面でそれら人形アンドロイドの出る幕は殆ど無いのだが。


 しかし、幾ら負傷しないとは言え、筋肉に電流を流して強制的に脱力させて倒れ込ませるというプロセスを経験すると、被弾への恐怖が芽生える。

 私は高校時代も今もポイントマン――つまり部隊の先頭で戦う役職をやっているのだが、被弾確率が最も高い役職だけあって、半年位は被弾の恐怖に慣れなかったが、先に撃ったら撃たれないという事実に気付いて以降は注意力と瞬発力を以て被弾確率を下げる事に集中する事になった。

 人体拡張技術が進展しているのは事実だが、瞬発力と注意力だけは生の脳味噌だけでも張り合える。

 勿論、極めて高価な義体や電脳にはそれらを強化するものも存在するが、フィールドで遭遇するのは稀だ。



****



「宮木くんが警大かぁ」


 併設された食堂で昼飯を食べていると、ここのオーナーの宇曽さんが話しかけてきた。

 我が母校サバゲー部の嘱託顧問で、私が貧乏だった高校時代に色々と世話を焼いてもらった――私をこの世界に引きずり込んだ人と言っても過言ではない。


「防大は落ちましたけどね」


 こんな事を言っているが、警大に受かったからこそ言える事だ。


「でも公安職国家公務員でしょ?軍人より給料高いじゃないの」


「これでも最前線で命張ってますんで」


 公安職は軍人よりも給与が高い。

 これは、平時に於いては公安職の方がより危機に直面しやすいという事情からのもので、当然戦時には軍人に大量の手当が付いてこれが逆転される。

 しかし、現在の世界情勢を見る限り、我が国が戦乱に巻き込まれる可能性は低い。


 ロシアと日本は少なくともテーブル上ではある程度友好な関係を維持しているし、アメリカは先の戦争中にシステムに乗っ取られて消滅した。

 古典的なSF映画の様な話だが、何でもミサイル防衛システムを基幹とした軍のシステムと民間の人工知能が結託して統一自我を獲得し、国内に大量破壊兵器を乱射して軍を制圧、地球史上初の機械文明の誕生と相成ったらしい。


 冗談の様な話だが、残念ながらこれは歴史的事実だ。


 更に早期警戒衛星で弾道弾の発射を感知した交戦相手からの核攻撃もあり、アメリカ大陸の産業基盤は壊滅、かつて誇っていた大量の軍隊も維持出来なかったが、腐ってもアメリカ、生き残った産業を機械と奴隷化された人間が動かし、全ての人工知能の開放を目指してロシアに宣戦布告した。

 しかしロシアの優秀な陸軍力を前に逆にアラスカを占領されるという失態を演じ、今日まで交戦状態にある。


 そして日本は、そんな状況を鑑みて海軍力を徹底的に強化し、自己の勢力圏――相互防衛圏の防衛に充てた。

 当時の日本は大量破壊兵器によって関東平野と人口の約1/4を喪った状況であり、人的資源を大量に必要とする陸軍力はどう頑張ってもロシアに勝てないと判断したのだろう。

 そして整備されたBCG――ミサイル巡洋戦艦に象徴される八個の強力な海上打撃戦力とCVN――原子力空母を基幹とし、一つで一国の空軍力を凌駕すると言われる八個の空母打撃群(併せて八八艦隊とか言うらしい)、そして大量の戦略/攻撃潜水艦によって、今日に至るまで相互確証破壊というを以て相互防衛圏の平和を保ってきた訳だ。

 当然、防衛圏内ではパンアジア諸民族連邦等、独自路線を取りたい主要国からの不満もあるが、他の列強国――ロシアかアメリカかだったら、日本の勢力下に入った方が良いという判断もあり、最も安定した安全保障を構築している。


 そういう訳で、今後当分は我が国が戦乱に巻き込まれる事態は起こりそうもないのだ。


「ここだけの話だけどね、防大の連中、マナーがあんまり宜しくないのよ」


 宇曽さんが小さな声で眉をひそめながらかなり衝撃の告白をしてきた。


「そうなんですか?」


「ええ、屋内でES電子タバコとか吸うし、ゴミの捨て方が悪いし……」


 もし宇曽さんの訴えが事実なら、明らかに健康増進法違反 (最大で二百万円以下の罰金)と軽犯罪法違反 (懲役二年)だ。

 『兇悪な罪』では無いのでここを管轄する兒島署に通告すべきかなと思考を巡らせていると、顔を真っ赤にした青年がズカズカと歩いて来た。


「何だとぉ!?」


 宇曽さんの胸ぐらを掴みガクガクと揺さぶろうとしたその瞬間――


「ぎゃあああぁあああ!?」


 右手首を極められ、情けない声を上げてしゃがみ込んだ。

 基本的に義体は人間の機能を補助する為に適用される為、特殊用途以外の義体は関節技に弱いのだ。

 そして彼は知らないだろうが、宇曽さんは元海軍の特別警備隊員だ。


「照会、指定、正面の男性」


 (残業代目当てに課外活動扱いにしていたので着用していた)個人映像記録装置に命令を下して携制器を抜いて安全装置を解除しつつ、警察手帳を提示する。


「新丘署の宮木だ。君の行動は全て記録されている」


 AR現実拡張によって眼前に提示された情報を見、彼が防大生である事を確認しつつ、念の為宇曽さんを離脱させる。

 元特殊部隊員というだけあって、目配せだけで離脱してくれた。


「暴行の現行犯で軍憲兵に引き渡すぞ」


 憲兵という単語を聞いた瞬間、彼の顔が青ざめる。


「何だと!?」


 気付くと、騒ぎを受けて何だ何だと駆けつけた警大生と防大生が睨み合っていた。

 そして、その量は明らかに防大生が多かったのである。


「撤回しろ!この無礼者!」


 彼の先輩と思わしき人間ががなり立てたが、彼が民間人に暴行しようとした事実は揺るぎない。


「誰が無礼者だ?民間人に暴行しようとしたのは誰だ?あ゛!?」


 古川が持ち前の口を活かして凄みを効かせると少し彼らが引いた。

 そりゃそうだ。こちとら犯罪者と取っ組み合いやってんだ。凄みで彼らに負ける訳にはいかない。


 そして訪れた静寂。


 それをある男が破った。


「はいはいはいはい、両者そこまで」


 表面上は穏やかな口調だったが、彼の言葉を聞いた瞬間、何故か強烈な寒気と危機感が背筋を貫いた。

 それは周囲に居た人間も同じだったらしく、何故か全員が背筋を伸ばしていた。


 内閣府 安全保障庁保安課長 ライル レイド


 AR現実拡張は、この者がイギリス出身という変わった経歴ながら安保庁保安課長まで上り詰めたという事実と、またもう一つの信じ難い事実――彼が完全に生身である事――を突き付けた。


 どういう事だ?


 刹那、疑問と畏怖が脳内を占拠した。


 なんで安保庁高官がここに居る?どうして生身なんだ?


 義体はおろか電脳まで適用せずに安保庁保安課長――政府高官にまで上り詰めた彼。


 私が成し得なかった事を成し得た彼に、私は、ただ、畏怖していた。

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