第6話 緊張

「「動くな!警察だ!」」


 携制器を正面に構えつつ、左右に目を振って状況を確認する。


 左手に容疑者が一名、バール及び樹脂印刷けん銃で武装、予備弾の有無は不明、義体化の適用は外見からは認められない、四十代位の男、上下ジャージ、閃光音響筒の効果で呆然としている。

 正面及び右手、複数の民間人、非武装、若い女性、一名が足から出血し意識不明、それ以外は閃光音響筒の効果で混乱。


 この状況に於いて選択すべき最優先行動は、携制器を用いた容疑者の無力化である。


 我々は未だに義体を適用されていない。

 つまり、相手方が義体を適用しており、万が一制圧中にOC《オーバークロック》運用でもされた日には我々のバラバラ死体が出来上がり、翌日のヘッドニュースに『警大生、強盗に返り討ち』『悪化する治安、その切り札が』とかが流れてこの国だけで無く、同時機械翻訳によって三十億人程度に配信されるのだろう。嫌だ。


 しかも上下長袖のジャージを着込んでいるのでここからでは義体化の程度を確認出来ない。


 身なりから察するに恐らく無義体であろうが、こうした油断によって数多くの先輩方が殉職してきた歴史がある。


 その結果として、今この手中に携制器があるのだ。


――というような思考が巡った後、左に体と同時に携制器を指向し、再度叫ぶ。


「武器を捨てて手の平をこちらに向けろ!」


「うるせぇ!」


 容疑者がしわがれた声で叫ぶと、銃をこちらに向け――


 刹那、破裂音と共にアラーム音が爆音で鳴り響き、容疑者がフラッシュで白く染まった。


 古川が携制器から制圧波を放ったのだ。


 遅れて、自分も携制器のトリガーを一番深い所まで握り込む。


「あ゛あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛ア゛!!?」


 レーザーに導かれた電圧が空気を切り裂く破裂音と、反射した強指向音が周囲を包み込む中でも、容疑者の悲鳴がハッキリと聞こえる。


「武器を捨てて投降しろ!」

「けん銃を置け!早く置け!」


 のたうち回る容疑者に命令するが、以前として彼は手中にけん銃を握りしめたままであった。


 安価かつ低質な3Dプリンターで印刷されたソレは、銃器メーカーが正規に生産するシンナンブ等と比べたらその性能は赤ちゃんとも言えるが、我々にとっては脅威だ。


 教育を受けた脳味噌が、アレに撃たれたら高確率で死ぬという事実に警報を発し続ける。


 こんな所で死にたくない。怖い。嫌だ。


 色んな思いが交錯するが、全てを振り払い、震える声で叫び続ける。


「置け゛!早く゛置け!」


 遠くサイレンの音が聞こえる。

 マル援が到着したらこっちのモンだ。


「ほら!もう逃げられないぞ!大人しくしろ!」


 制圧波の苦痛に叫びながら、それでも尚けん銃を手放さない容疑者――



――突如、後ろから声を掛けられた。


「動くな」


 男。


 私に硬いものが突きつけられている。何だこれは。


 ――けん銃?


 心臓の鼓動がハッキリと聞こえる。


「何やコイツ、拳銃チャカ持っとらんやんけ」


 しまった。


 背後――入り口から入ってきたのか。


 やってしまった。


 世界から音が消え、自分の鼓動が鳴り響く。


 ここで死ぬのか、卒業もせずに、やりたい事もやれずに。


 死にたくない。もっと美味しいもの食べたかった。サバゲーもやりたかった。現場にも出てみたかった。もっと親孝行したかった。まだやりたい事が――




「警察だ」


 先ず飛び込んできたのは、誰かの声だった。


 そして発砲音。


 短連射。シンナンブでは無い。


「よーし……チビっ子達、もう大丈夫だ」


 助かった?


 全身からヘナヘナと力が抜け、その場に力無く座り込む。


 見ると、自分にけん銃を突きつけていた男が血を流して倒れていた。微動だにせず。


 目の前に立つ全身黒ずくめの男。


 否、アクセサリーが付いたオートナンブを持ち、軽量防弾装備に身を固め、ゴーグルの奥からこちらを見つめる警察官。


事態対処隊SCTの海市だ、お前等、警大の学生か?」


 まだ言葉が上手く出ず、コクコクと頷く。


「迎えが来ている。立てるか?」


 返事をする前に腕を引っ張られ、冷や汗でグチョグチョになった制服に風が当たって体表が冷やされる。


「実習で会ったら宜しく頼むぞ、エリート共」


 そのままパトカーに乗せられる。


 自動運転のパトカーには、既に浦江が大量の荷物と共に行儀よく座っていた。



****



事態対処隊SCTは、国家中央警察警備部の執行隊として国家中央警察が発足した当時から存在し、Situation Control Teamの名の通り突発的事態に対して迅速な警備を行う事を目的として整備された特別の部隊である』


 学校に帰ってきて、事情聴取やら始末書やら何やらのゴタゴタが済んで暫くしてから、私は図書館に足を向けた。


 我々に下された処分は一ヶ月の外出禁止。理由は独断専行(後に聞く話に依ると、浦江は110越しにそのまま二階に籠もっていろとの命令を受けていたらしい)と現場での閃光音響筒の不適切な使用、その他諸々らしい。


 帰ってきてからは咎められたものの、古川の的確かつ適切な『演説』(『我々の警察魂が女性に対し目の前で暴行を行う容疑者を許さなかったのです!教官なら分かるでしょう!?』とか)や、防犯カメラ、個人映像記録装置ボディカムによって証明された現場の状況から、徐々に教官達も同情的になっていった。


 しまいには教官方から、『けん銃を持たせてやれば良かった』とか、『個人的にはよくやったとは思うが、規則だから耐えてくれ』とか、『ここまで処分軽くするの大変だったんだぞ』とか言われた上、警察庁ならず内務省でもチョットした有名人になってしまったらしい。


 何でも、そもそも外出時に制服と装備の着用を義務付ける事に対し色々な意見があったらしい。

 『事件に巻き込まれたらどうするんだ』とか、『生徒がけん銃とか無線とかで何かやらかしたらどうする』等の反対意見の一方で、『常に警察官であるという自覚を持たせるために必須だ』とか、『将来の幹部だ、ソレぐらいの覚悟が無きゃ困る』といった賛成意見が出され、結果的に賛成意見が勝ち、制服の着用義務が生まれたらしい。


 まぁ政治の妥協案の産物として、けん銃と無線、防護チョッキ以外の装備と制服の外出時着用義務が生まれた訳だ。


 そもそも前期教育も終えていない者が警察官の制服を着て街を歩いたらどうなるのかとか考えなかったのだろうか。


 とか思っていたら、案外我々の行動への受けが良かったらしく『これでこそあるべき警大生の姿だ』とか『悪を憎み、正義を愛す。理想的な警察官じゃ無いか』とか、『流石に処分しない訳にはいかんが緊急避難と正当防衛扱いでどうにかならんか』とかの評判が立ったらしい。(これも古川の『演説』のお陰だとしたら恐ろしいモノがある)


 やはり政治家と官僚いう生き物は不思議なモノである。


 後古川すげぇよ、お前本庁か本省行けよ。それか政治家にでもなれよ。




 ……兎も角、今我々は物凄く暇なのである。


 今開いているのは『警備警察史』という本だ。


 戦前のあさま山荘事件や地下鉄サリン事件、戦時中の警備事案や戦後、そして現在の警備警察に至るまで、様々な事が書いてある。


 何故この本を開いているかというと、海市警部(事件後調べた)が所属しているSCT……事態対処隊について興味を持ったからだ。


『事態対処隊は、ハイジャック等の事案から立て籠もり事案、銃器犯罪まで幅広く出動し、その活動範囲は日本全国である。地方管区警察が対応出来ない高度な事案に対しても出動する一方で、国家中央警察管区内では銃器事案に対する緊急対応部隊としての運用もされており、5つある中隊の内二つは中京都内への突発的警備事案を担当し、一つは高度警備事案を、一つは訓練、一つは休養となるようにローテーションが組まれている』


 これ以上の情報は無かった為、本を閉じて本棚に戻す。


 事態対処隊。


 その五文字が私の心に深く根付いているのを感じる。


 更なる情報を求めて、私の目は背表紙をなぞった。


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