第1話 新しい日常

「いーち、いーち、いちに!」


「「ソーレぃ!」」


「いーち、いーち、いちに!」


「「ソーレぃ!」」


 グラウンド。


 照りつける直射日光、それを反射する白い砂、暑い上に重く湿った空気、重くてあつい防弾バイザー付きヘルメット、設計者の意図をあざ笑うかのように重くのしかかる個人警備装具、ホルスターの中でガチャガチャと音を立てる携制器スタンピストルとそのバッテリ、1mAhも入っていない装具稼働用大容量固体バッテリ、右手に抱えた大盾。


 警備訓練である。


「ぜんたーい、二列横隊へ――別れ!」


「「応!」」


 駆け足隊形から、自分の配置目掛けて一目散に走る……否、走っているつもりなのだが、どう頑張っても足がもつれる。


「お前ら何やってんだ!お゛い、そこ!暴徒に襲われて袋叩きになるぞ!」


 指揮杖を振り回す警備担当の五島教官からメガホン越しに怒号が飛ぶが、入校時に全ての義体を抜かれ、普通の筋肉に置換された上に、普通の日本人なら享受出来る数々の機能を奪われた我々には無茶な話である。


 もっとも、自分のように元々電脳等が入っていない生徒ならまだ良いが、生まれてこの方ずっと義体に依存して生きてきたという生徒も少なく無いような状況で行われた初回のランニングよりはかなりマシにはなっている事だけは間違いない。


 初回のランニングでは、軽義体組と我々無義体組がとっとこ走る中で、一周もしない内にバタバタと倒れる生徒も居れば、軽義体組の中でも運動不足気味の人間が脱落。

 自分は何とか第一集団の後ろをてってことっとこ走っていたが、終了時には無義体組と軽義体組の十数人しか残っていなかった。


 これに教官達が頭を抱えてしまったのは言うまでも無い。


 それから大体二ヶ月。

 何キロメートル走ったかは最早数えていないが、日々の鍛錬により何とか全員がマトモに走れるようになったと思ったらコレである。


 本来なら高性能な環境維持システムと補助筋肉により、暴徒に対して圧倒的な優位に立ち、高度な機動をも可能にするハズの個人装具システム。

 その動力は勿論電気で、大容量固体バッテリから供給される。

 今我々が着ている装具のバッテリーインジケーターはゼロ、無し、空っぽ。

 つまり、本来なら涼しく、どんな長距離を走っても疲れにくく、疲れた体に酸素を供給し、その気になれば短距離走の世界新記録をマーク出来るこのシステムは、今只の防具となり下がっている。


 確かに暴徒から投げられる石や火炎瓶からは身を守れるかもしれないが、これじゃあ生徒は兎も角設計者が可愛そうだ。

 と、古のローマ帝国軍重装歩兵ホプリテスと同じく亀甲隊形(きこうたいけい、亀の甲羅のように盾を頭上で組むことにより、投石から身を守る隊形。しんどい。)を組みながら思う。


 お母さん、元気にやっておりますでしょうか、私は教官にしごかれながらも何とか元気にやっています。



「一中隊……検挙!前へ!」



 ごめんなさい、もう感傷に浸る余裕は無くなって――

「う゛ぉ゛り゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛」


 逃げ回る暴徒役の人形アンドロイドの肩を引っ掴み、地面に叩きつけ、関節部を踏みつけて立ち上がれないようにする。


「そこ!まだ暴徒が残ってるぞ!」


 拡声器で五島教官が怒鳴り散らす中、人形をボコボコにしようと殺気立った我々が可愛そうな人形たちを袋叩きにしていく。


「やめー!……1番基準、班ごとに整列!」


 その号令と共に、一瞬で制圧を中止し、五島教官の前に整列する。


「整列終わり!」


 その報告を受け、教官が拡声器に繋がるマイクを掴む。


「前回よりはマシだが、まだとても見れたモンじゃ無ぁい! 前期中にマトモにしろ! 俺を失望させるんじゃ無いぞ! 一中隊解散」


「一中隊、爾後の行動に掛かります。一中隊別れ」


 やっとの事で終わった警備訓練であるが、この後着替えて直ぐに昼飯である。



****



「……ぁい、え~……じゃあ宮木!宮木広隆!」


 自分の名が呼ばれたという事実に心臓が早鐘を打つと同時に反射的に起立するが、意識を失っていたおかげで何故聞かれているのかが理解できない。


 確かあれから昼飯食べて、銀シャリおかわりして、法学の教室に入って、満腹感と共に心地よい眠気がやって来て……。


 よし、ここまでは分かる、伊熊教官は法学の担当だし法学で間違い無いだろう。


 伊熊教官は(比較的)優しくて良い教官だが、講義中手元のパッドに意識が行き過ぎていて、他の教官のように居眠りした生徒を蹴り飛ばしたりしない。

 悪いことは、こと警察大学校における法学とは著しく生徒の眠気を喚起させる教科である事だ。

 こんなもの、我々が寝ない訳が無い。


 だが当たった以上は答えなくてはいけない。そうだスクリーンだ、スクリーンを見よう。


 警察官職務執行法第二条。


「どうした?穴埋めるだけやで?」


 ここなら散々やったぞ、ヨシ。



「はい、え~と……第二条 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問し、その身体について凶器、薬物等を所持しているかどうかを検索することができる。

2 その場で前項の質問及び検索をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問し、または検索するため、その者に附近の警察署、派出所、駐在所又は警ら車に同行することを求めることができる。

3 前二項に規定する者は、答弁及び検索について、正当な理由なくして、これを拒むことができない。」


「よーし、座ってええで」


 ああ、ヨカッタ。


「バーカ、居眠りなんてするからだよ」


 隣席の級友、阿川がからかって来るが、無視だ無視。

 というかキミも居眠りしてたよね?


「え~この法律ですが、警察改革。この時に大きく変わったんや」


 スライドが切り替わり、警察の組織図になる。


「警察改革ってのは皆知ってると思うからそんな濃くはやらんけど、まぁ行政改革の一環で行われた大再編や。内務省の下に警察庁があって、その下に地方管区警察と国家中央警察、そしてこの警察大学校みたいな付属組織が色々とくっついてるような感じに変わったんよな」


「ここで以前から一番変わったトコはどこか、ハイ浦江」


 オッと(眠っていた)男子勢が姿勢を正し、正面向かって右側の女子列の方に目をやる。


「全ての警察組織が警察庁の直属になり、名実ともに国家警察となりました」


 一瞬立って迅速に座る。その動作の滑らかさもさる事ながら、そのスタイルの良さ(古典的表現だが私の語彙ではこれが精一杯だ)に一同注目する。


「んで国家警察を国家警察たらしめる為に従来のキャリア制度に代わって一挙に大量の幹部を育成する必要があってな、それで出来たのがこの学校や。皆しっかり勉強せいよ……じゃあ、課題配布しといたさかい、次回迄に提出するように、出来なきゃ外出は無しやぞ、号令」


 起立、気をつけ、敬礼。


 教官の答礼を以て解散。




 午後にはこの様な座学が一コマ50分、四コマ入っており、その後クラブ活動がある。


 このクラブ活動というのが中々の曲者で、文化系のクラブもあれば勿論体育系のクラブもあり、国防大のように体育系クラブに必ず所属しなければならないという訳では無い。(但し何らかのクラブに所属している必要がある)


 斯く言う自分はサバイバルゲームクラブに所属している。


 サバイバルゲーム、略してサバゲー。


 軍事教練の一環として体育の授業とクラブ活動でコレを取っていたが、まさか警大にあるとは思わなかった。


 因みに狙った訳では無いが浦江と同じクラブである。


 さてこの生徒、授業中等のしっかりしないといけない時は訓練を受けた猟犬のような身のこなしで色々と頑張ってはいるが、クラブ活動時等のある程度の自由が許される場ではゲル化してしまう。

 勿論これは隠喩なのだが、とにかくオッチョコチョイになる。

 弾倉は落とすわ、バッテリーをショートさせかけるわ、背後から援護射撃のつもりか味方に向かって制圧射撃するわ……。


 普段とのギャップに萌えるかと言うと萌えない。全く。


 いやね?ちょっとオッチョコチョイなのはまだ許せますよ。でも流石に突入エントリ時にフラッシュバン(勿論ピンは抜いてある)をこっちに投げて寄越された時には流石にビックリしましたよ。ええ。

 未だに狂った平衡感覚とエゲツない耳鳴りの中で爆笑したのを覚えておりますとも。


 一人でそんな回想をしていると、隣でパソコンを弄っていた眼鏡付きの男がニヤニヤしながら話しかけてきた。


「宮木居眠りしたの? ハハッ」


 この変な口調なのは別の教場の古川である。

 オタクである。以上。


 他にも色々と変人共が居るが、今日は当直やら呼び出しやら病欠やら一身上の都合で居ないのでこの辺にしておこう。




 夕食のチャイムが鳴ると、我々生徒は刑務所の軽警備受刑者のようにぞろぞろと金属製のトレーを持って食堂に並び、盛られた料理を盛り付ける。

 班毎に座って小学校の如く『いただきます』『ごちそうさまでした』と一斉に食前、食後の挨拶を行い、その間の私語は厳禁。

 余ったおかずやご飯のおかわりは自由である為、大体の生徒が二周目に突入するが、食べ過ぎると眠気に襲われて法学の時の私みたくなるので注意しなければならない。


 そして入浴。


 昔ながらの銭湯スタイルの浴場でノンビリ出来る……訳は無い。

 ここは警察大学校。試行錯誤中の教官が色んな事を我々一期生で実験する。


 本来なら先輩たちに煽られながら入るべきこの風呂だが、我々は一期生という事もあって先輩がおらず、代わりに教官が煽ってくる。(どう考えても理不尽だ、幾らなんでも入浴中に催涙筒投入は無いだろうと思うのは私だけだろうか)


 そこから寮まで駆け足で帰ってきて、やっと自由時間。


 持ち込める娯楽は殆ど無いので必然的に娯楽室に集まってくる。


 娯楽室にはトランプに囲碁将棋、テレビ等があるが、どれも昔ながらのという接頭句が付いて然るべきモノである。

 今の光和の時代、こんなにアナログな娯楽を楽しんでいるのは我々と国防大の生徒位だろう。



 そして点呼、消灯、就寝。



 朝。


 スピーカーの電源が入るプっという音の後、小さなサーというノイズを聞きながら目を覚ます。


 この後のアラームとアナウンスの後、朝点呼、体操、ランニング、朝食、午前課業……。


 アラームの鳴動が一瞬でも遅くなることを祈るが、無慈悲にも一日が――




《おはようございます!今日も張り切って、頑張って参りましょう!》


 始まった。

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