6月 9日金曜日 物理化学準備室 特使交渉
松平桜子
私はドアをノックした。
「はーい。どうぞ」
古城さんの声が聞こえたので引き戸を静かに開けて中へ入った。私の他に水野くんと生徒自治会長の大村先輩が一緒だった。一瞬にして空気が凍り静けさが部屋を満たした。敵対陣営の幹部と選挙管理委員会の元締めたる生徒自治会長が来たんだから仕方ないか。
「古城さん。提案があって来ました。選挙に関わる事なので大村会長にも同行してもらってます」
物理化学準備室の机の椅子に座るように勧められたので3人で座った。
正面には古城さん、三重陽子さん、日向肇くん、秋山菜乃佳さんが所狭しと座った。
「狭いからさ、姫岡は立ってて」
秋山さんの対応がひどい。姫岡秀幸くんは苦笑しながら窓際で立っていた加美洋子さんの横に移動した。
私は息を吸い込むと古城さんに向けて話した。
「古城さん、吉良陣営は公開討論会の開催を選挙管理委員会に申し入れしました」
大村会長が話を続けた。
「選挙管理委員会としては古城さんに開催に応じる意思があるか確認する必要があったので同行した。選挙規則では公開演説会は立候補者全員の合意を必要としている。選挙管理委員会では公開演説会の日程自体は毎年設定していて、放送委員会によるライブ校内放送も行う用意は出来ている」
加美さんが質問した。
「大村会長。いつ開催で日程を取ってるのですか?」
「6月13日火曜日の昼休みだ。申し訳ないけど立候補者の二人は昼抜きになると思う」
私は古城さんの表情に注目した。彼女は全く動じなかった。
「形式についてはどうなりますか?」
「くじ引きで勝った方が先攻か後攻か選ぶ。5分間改めて公約などの主張を伝えてもらい、その後で討論7分やって交代。最後に質疑6分。これは月曜日お昼の放送で告知して放課後いっぱいまでになるけど生徒自治会室で集めて私が質問を選んで2人に2問ずつ当てる事になる。だから放送時間は30分になるよ。会場は体育館。直接会場で聞くのもOKだ」
古城さんはこの提案に動じなかった。
「分かりました。ちょっと一度席を外して頂けますか?」
「じゃあ、廊下で待ってるよ」
私達3人は部屋を出た。
何故この提案のために敵地に乗り込んだのか。事の起こりは水野くんの唐突な提案だった。
「選挙事務所」の部屋に水野くんが入ってくるといきなり提案があると言ってやけに考え込まれた案を言い出したのだ。
「文化祭の2日間開催について学校側に聞いてみたら新執行部から正式提案があれば来年の試行を認めるって言われた。この事は伏せて『学校と交渉して勝ち取る』と言えばいい」
どうやら水野くんは吉良さんにも私にも相談せずに学校側に働きかけていたらしい。どこまで本当やらとは吉良さんも口には出さないけど疑っていた。私は確信していたけど、悪い話ではないので目をつぶった。文化部は準備に時間がかかるのに1日は短いと不満の声はずっとあった。
この提案をどう生かすか。正面切って吉良さんが古城さんに勝負を挑んでその結果をもって投票に入るようにするしかない。となると残されたカードはもう公開討論会しかなかった。
「吉良さん、私と水野で選管に行ってくる。多分そのまま古城の選挙事務所に行って話す事になるけど任せてくれない?」
吉良さんはコクンと頷いてくれた。
数分後にドアが開いて姫岡くんが顔を出して左右を見た。
「いた、いた。みなさん。結果出たので入ってください」
中に入って再び席に着くと古城さんが微笑んだ。
「お待たせしました。公開討論会、お受けします。そこでお互いの公約の長所、短所をはっきりさせてから投票日を迎えるのはいい事だと思いますから」
大村会長は軽く頷いた。
「分かった。それでは両陣営とも13日12時45分に体育館の演壇に集合でお願いします」
大村会長は公開討論会の実施要項を古城さんと私に1部ずつ渡すと先に部屋を出て行った。
私は古城さんの眼を見た。直球勝負という感じか。彼女も私の眼を見つめ返して来た。
「古城さん。受けてくれてありがとう」
「こちらこそいい機会をありがとう」
私はそのお礼だけ伝えると水野と自陣営の『選挙事務所』へと戻った。吉良さんに結果を伝えて作戦を練らければいけないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます