第23話 女上司が全力で可愛がってくる

「……くん。……ゆうとくん」

「ん……むぅ……?」


 俺の意識に、何やら声が入り込んでくる。優しく、聞き慣れた女性の声。

 重い瞼を開けてみると――そこには、天崎代理の姿があった。


「だ、代理……?」

「優斗君っ! 大丈夫!?」


 彼女は非常に心配した様子で、俺の顔を覗き込んできた。


「優斗君、まさかずっとここで仕事をしてたの? 家にも帰らず、一晩中……」

「え……?」


 そう問われて、記憶の糸を手繰り寄せる。


 ああ、そうだ……。俺、仕事に区切りをつけた後、ソファーで休憩してたんだ。その時が確か午前の四時で……。どうやらそのまま、夜明けまで眠ってしまったらしい。


 しまった……。天崎代理がいるってことは、今は八時から九時の間だろう。一旦始発で家に帰ってシャワーを浴びようと思っていたのに、この時間じゃそれもできないな。

 一応マコには昨日の時点で帰らないとは言ってあるから、特に心配することはないけど……。


「もうっ! 優斗君! 無理しちゃ駄目だよ!」


 俺が思考を巡らせていると、天崎代理が突然怒鳴った。驚きで、体がビクッとなる。


「一晩中残業なんて、そんなことしたら体壊しちゃうよ!? なんでそんな馬鹿なことしたのっ!?」

「あ、天崎代理……?」


 彼女がこんな風に怒ったところを、俺は初めて見たかもしれない……。この人は部下を叱るときは冷たく論理的に攻めていくし……。

 それに何より――俺を叱るのは初めてだった。


「君にもしものことがあったら……私、お仕事できなくなっちゃうよ……。お願いだから、もっと自分を大切にして?」

「……すみません。真冬さん」


 俺は無意識で、彼女を名前で呼んでいた。

 真冬さんはやや涙目になって、ソファーに横たわる俺を見つめる。


「やっぱり……。シナリオの件はもうやめにしよう? 優斗君に辛い思いをさせてまで、やらなきゃいけない仕事じゃないもん」


 仕事より部下を優先か……。社長としてその判断が正しいかどうかは怪しいが、少なくとも彼女らしいと思う。

 でも――


「あー……天崎代理……。それなんですけど……」

「え……?」


 俺はソファーから起き上がり、開きっぱなしのパソコンからUSBを抜き取った。

 そして、天崎代理へと差し出す。


「代理……安心してください。原稿なら、さっき終わりました」

「えっ……!?」


 驚愕に目を見開く代理。

 

 彼女はすぐにパソコンへ向かい、USBを差し直して中に入ったデータを確認。

 そこに保存されていたのは当然……完成したシナリオだった。

 

 天崎代理は何も言わず、ゆっくりと俺の顔を振り向く。その瞳を潤ませ、様々な感情が内包された表情を浮かべて。


「天崎代理……。俺、役に立てましたか? 少しでも恩を、返せましたか?」

「うん……うんっ! 優斗君っ!」


 彼女はこの上ないほどの笑顔を咲かせて、俺の体に抱き着いてきた。


               ※


 俺が書いたシナリオは無事、正式にゲームで採用されることとなった。

 これからも追加のシナリオを書くなど、やるべきことは色々とあるが、とりあえず一段落といったところだ。


 そして今日は、俺が社長代理秘書として雇われてから、ちょうど一か月が経った日だった。

 いつも通り、俺は社長室で彼女の仕事の補佐(ほぼ彼女を見ているだけ)をしながら、とりとめもない話をしていた。


「優斗君。一か月間、お疲れ様。君のおかげで、本当に色々助かっちゃった」

「いえ、そんな……。俺は大したことはしてませんから。むしろ俺こそ、いつもいつも助けられてばかりで……」

「ふふっ。そんなに謙遜しないで~。私、とっても感謝してるんだから♪」


 俺との会話で天崎代理は、とても嬉しそうに微笑んでくれる。

 彼女といる時間が俺にとって、最も大切なものになっていた。


「あ、そうそう。優斗君にコレ、渡しておくね?」

「あ、それは……」


 手渡されたのは、給与明細。社長から直々に手渡しされた。


「ふふっ。よかったら確認してみて? ペーパーナイフ貸してあげる」

「あ、はい。ありがとうございます」


 促され、封筒から明細書を取りだす。折りたたまれているそれを開いて、書かれた金額を確認すると――


「え……? ひゃ、百万円ーーーーーーーっ!?」


 なんか異様に額が多いーーーーー!!!


「今月は優斗君だけに、特別ボーナスを出しちゃいました~!」


 この人、俺を特別扱いしすぎだろ……! 全力で贔屓しまくってくる!


「いや、ダメですって! こんなに受け取れませんから!」

「え~? でも優斗君、今月は本当に頑張ってくれたもん。だから、これは私の気持ちだよ♪」

「それでもこの額は受け取り過ぎです! そんな大したことはしてませんから!」


 俺はせいぜい、シナリオを一本上げただけ。そんな俺がこんなにもらっては、他の社員に示しがつかなくなるだろう。


「む~……。それじゃあ、もっとお仕事をしてもらおうかな? 給料に見合うお仕事を」

「え?」

「そりゃーーー!」


 天崎代理は何を思ったのか、突然俺に抱き着いてきた。

 いつも通り、俺の顔が彼女の胸に埋まってしまう。その暴力的なまでの柔らかさが、俺の五感を楽しませる。


「んむっ……!? んむむむむっ……!?」

「えへへ。上司のことを癒すのは、部下の大事な仕事だよー♪」


 いや、こんな仕事があってたまるか! こんな幸せ――けしからん仕事っ!

 俺は必死にもがくことで、おっぱいホールドから逃れようとする。しかし、中々抜け出せない。

 それどころか、彼女は謎の勘違いをし出した。


「どうしたの? そんなに動いて。あ、もしかして胸を揉みたいのかな?」


 いや、どうしてそんな解釈になる!?


「も~、優斗君はしょうがないなぁ~。セクハラでリストラしちゃうぞ~☆」


 明るい声でなんてこと言うんだ!?


「でも、今回だけは許してあげるっ!」

「!?」


 代理が俺の顔をホールドから解き、そのままシャツを脱ぎだした。

 ブラからこぼれそうな彼女の巨乳が、俺の視界にはっきりと映る。


「ま、真冬さんっ!? 何をしてるんですかっ!?」

「特別に……おっぱい触らせてあげる♪ その代わり、たくさんお仕事頑張るんだよ? 私の側にいる仕事をねっ」


 そう言いながら、今までで一番可愛らしく微笑む真冬さん。

 どうやら彼女はどこまでも、俺を甘やかし続けるようだ。

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甘口すぎる女上司が全力で俺を可愛がってきます~社畜→ダメ人間にジョブチェンしました~ アーサー @1558684

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