6話 十六夜の島 6/10
ストローには珍しく、昼頃目が覚めた。
なんだか、久しぶりにぐっすり眠れたような気分だった。
思えば、オズでは心配事ばかりで気が張っていて眠りが浅かった事と、自分の寝室が寝室とは呼べない、巨大なガラス窓から朝日を直接受けてしまうメゾネットのソファーだったこともあり、質の良い眠りをしていなかったのかもしれない。
一つ大きな背伸びをして起き上がると、もちろんというべきか、畳の上に川の字に敷かれたフカフカの布団の上に、ウッジとチャルカの姿は無かった。
枕元でメリーだけが、まだぐっすりと夢の中だった。
寝所と言っても、戸が一面竹で荒く編まれた建具なので、空間が区切られているだけで音も何も丸聞こえだった。
あちらで、誰かが小声で何かしゃべっているのが聞こえた。
「みんな、おはよー」
寝所の戸を引くと、ウッジとチャルカが着物の着方をチルーに教わっている最中だった。
「おはようございます、ストローさま。」
「おはよ。ストローにしてはこんな時間まで寝ているのは珍しいね。」
ウッジがチルーの手元から視線を外して、ストローを見た。
「あはは……、お布団の上に敷いてくれていた竹のゴザがひんやりして気持ちよくて、ぐっすり眠れてしまったよ。」
「それは良かったです。昨晩お預かりしたストローさまのお召し物を拝見して、寒い地方からいらっしゃった方だと思いましたので、ここはとても蒸し暑く、お休みになれるか心配しておりました。」
とチルーがにっこりとした。
ストローは昨晩、異臭を放つコルトを結果的に押し付けてしまった事を思い出し、恥ずかしいやら居たたまれない気持ちになった。
「……チルー、なんかごめんね。あれ、臭かったでしょ?」
「いいえー、そんなことはありませんよ。」
と、チルーはまたにっこりした。
「ストロー、よくその着物の着方分かったね。ウチら、今お風呂に行ってきたんだけど、一度脱いでしまったら、また分からなくなってしまって……」
ウッジが、チャルカに着付けをしているチルーを見ながら、自分の着物を直していた。
「あぁ、見よう見まねというか……なんとなくこんな感じかな?って。チルー、オラにもちゃんとした着方教えて。」
「はい。もちろん。今日のお召し物は、こちらにご用意してますよ。」
そういうと、立ち上がり、傍に置いてあった籠から、着物を一式取り手渡してくれた。
「え、オラ、これでいいよ?」
「いけません。今お召しになっているものは寝間着ですよ。御殿の中をお歩きになられるんですから、きちんとした身なりでないと。」
そう言われると、確かにここは偉い人が居そうな格式のある場所。そんなところを寝間着で闊歩するわけには行かないのも分かる。
「……そうだよね。ありがとう。これ、借りるね。着方、教えてくれるかな。」
手渡された着物をきちんと見ると、大きく三つのパーツに分かれていた。
昨晩、寝間着として渡された物は一枚もので、チルーを見よう見まねで着たように思っていたけれど、着物の前面の合わせ方が合っていただけで、ほとんど別物だった。
「これ、寝間着とまた違うんだね。同じかと思ってたよ。」
「はい。寝るときは、そちらの方が涼しいですからね。こちらは動きやすいと思いますよ。ではまず……」
と巻きスカートの部分、ダボダボのガウンのような二枚の着方を教えてもらって、三人の赤星島スタイルが完成した。
ストローは紺色、ウッジは深い緑、チャルカは芥子色。
張りのあるシャリッとした布で、肌触りがひんやりとしていて、上質な布なんだろうとすぐにわかった。
お互いに、着たことのない衣装を纏って、くすぐったくもあるし、見慣れない姿に少し照れ笑いをし合った。
「皆さんお似合いですよ。さぁ、みなさんお腹が減っていないですか? お食事をご用意してますので、移動をいたしましょう。」
「そんな……なんだか申し訳ないよ。何から何までしてもらって……。この着物だって、かなりいいものだと思うし。」
ストローが反射的に口をついたが、ウッジとチャルカは「やったー! 」「ごはん! ごはん! 」などと喜んでいる。
「ちょっと!ウッジ、チャルカぁ……」
「だって、ウチ、めちゃくちゃお腹減っているんだもん。オズを出てからほとんど食べていないんだよ?ご厚意に甘えようよっ」
「チャーもお腹ペコペコ!」
「でもぉ……」
とストローがチルーを見るとニコニコ。
「……はい。では、ご厚意に甘えます。」
「では、こちらへ。」
と、チルーが戸を開けて出ようとしたとき、チャルカがメリーを思い出した。
「あ!メリーちゃん忘れてる!」
「そーいや、まだ寝てたな。」
「良く寝るな、あの鳥。」
「鳥じゃないよ!メリーちゃんだよ!起こしてくるー」
そういうと、チャルカが寝所へ走って行った。
「チルーさん、メリーも一緒に食事をしても大丈夫でしょうか?」
恐る恐るウッジが聞いてみる。
普通に考えて、あんな訳の分からない生き物が、こんな立派な御殿を徘徊するだけでも憚られるのに、食事に連れて行ってもいいものか、断られても仕方がない。
ウッジは、もし断られた時のチャルカの説得をどうするか。そんなことまで瞬時に考える。
「はい。大丈夫ですよ。何か、メリーさんの食べられそうなものもお出しするように厨房に伝えましょう。」
簡単に答えるチルーの様子に、ウッジとストローは胸を撫で下ろした。
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