43.博士の飲みかけ

 外にいたのは軍の特殊部隊。

それらは家に催涙弾を打ち込んだ。

ガラスの割れる音にコバートは叩き起される。


「な、なんだ!? なんの音……て火事か!?」


 吹き出す煙に催涙弾を知らないコバートは事態を把握できないでいた。

そして直ぐに充満し始めた煙がコバートの目に入った。


「ぐああああっ!? 目が、目がああああああ!!!」


 コバートは目を瞑るも既に時遅し。

大粒の涙がこれでもかと言うほど零れだすコバートは両目を抑えて悶えた。


「早くこっちにこい! すぐに突入してくるぞ!」


 という博士の声と同時に、催涙弾が打ち込まれた時以上のガラスの割れる音が響く。

アリータは敵の侵入を察し、目を瞑ったままコバートを無理やり引きずった。

博士がアンドロイドを置いた部屋に逃げ込むのを耳で感じたアリータは、壁に手を当てながらなんとかそこに逃げ込んだ。


「たくっ、世話の焼けるエルフだこと!」


アリータはドアが閉まるとコバートを放った。


「ぐううぅうぅ、目がしみ――ゲホッ!ゲホッ!!」

「ワシの飲みかけだが仕方あるまい。ほら、これで目を洗ってやれ!」


 博士はパソコンから建物に仕掛けられた監視カメラの様子を伺いながら、水の入ったペットボトルをアリータに投げた。


「ほら、目を開けて!」


 アリータはコバートの目に水を掛けた。


「ぐあああああっ、ジジイの飲み残しをかけるなあぁあああ!」

「うっさいわね! 今は贅沢言ってる場合じゃないでしょ! ――外はどんな様子!?」

「……非常にまずい。家の部屋はほぼ全て占拠された。ここも時間の問題だろうな……」


 博士は今いる部屋のドアを、バーナーでこじ開けようとする兵士の姿を見ていた。


「あいつらなんなのよ!? アンタなんか悪いことでもしたの!?」

「馬鹿を言え! ワシはこれでも清く正しく生きてきたわい! だが今回の騒動の原因はなんとなくわかる」


 博士はアンドロイドを一瞥した。


「十中八九こいつだろう。恐らくこいつに仕込まれた発信機の様なものでここを探し当てたのだろうな」


 そういうと博士は胸部の装甲を開けて中身を探った。


「――こいつか」


 博士は発光する小さな黒い部品を見つけ出すとペンチで握り潰した。

 未だ目の痛みに悶えるコバートは博士に聞いた。


「あいつらの目的はこいつだろ!? なら渡しちまえばいいんじゃねぇか!?」


 博士はコバートの意見を鼻で笑った。


「こいつは誰にも知られちゃならん極秘中の極秘。見た物を生かしておくとは到底思えんな」

「じゃあなんだ!? 俺らは殺されるってーのか!?」

「……これはワシの想像だが、恐らく、ワシらが他に情報を漏らしてないか調べるために拷問を掛けた後、誰にも知られず密かに消されるだろうな。どちらにせよ楽に死ねると思わんほうがいい」

「はっ! 上等じゃない! そっちがその気ならこっちも手加減しないわ!」


 目の前の理不尽に憤りを覚えたアリータは殺意を伴う覚悟を決めた。



◆◇◆



 一方、怜央とシエロが博士邸にたどり着いた時は既に物々しく規制されて近づけなくされていた。

そこに集まるのは付近の住民。

中にはスマホを構えて動画撮影をする者もいたが、兵士に妨害されて辞めるよう警告されていた。


 このままでは博士邸に入れないと悟った2人は近隣の植木に持ってきたパーツを隠しながら様子の報告を求めた。


[アリータ! 今博士ん家まで来たが規制されてて入りにくい状況だ! 中はどうなってる!? 無事か!?]

[ええ、なんとか。例のアンドロイドを置いてある部屋に立てこもってるわ]

[ちなみに俺は目をやられたわ……。めっちゃ痛てぇ!]

[おいおい大丈夫かよ……。なんとか侵入して敵を片付けるからちょっとまってろ!]

[その必要は無いわ]


 通信に割り込んできたのはテミス。

その後ろでは何やらエンジン音のようなものが響いていた。


[テミス!? お前今どこでなにやってんだ!]

[すぐ後ろにいるわよ。ほら、怜央とシエロちゃん発見]

「ああ?」


 怜央が後ろを振り向くと、超厳ついグレーの8輪装甲車が目の前で止まった。

上のハッチが開くと中からはヘルメットを被ったテミスが出てきた。

どうこれ?すごいでしょ! と、言わんばかりのドヤ顔をして。


「……まじかぁ」


 怜央は遠い目をして放心した。

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