38.忖度?

 そこはケプラコラールの郊外。

高級住宅地と思しき場所だった。

 博士の家は平屋の大きなコンクリートの建物で芝生の庭も車庫もあった。

呼び出しブザーを鳴らすと少しして博士らしき人物から応答があった。


「はい、ラニングです」

「注文の品を受け取りに来ました」

「……合言葉は?」


 怜央は一同を見渡してから、インターフォンのカメラを覗き込んで言った。


「生は愉快、死は平穏」

「おお、学園の者か。煩わしいのはその変わり目である――どうぞ」


 怜央達は遠隔操作で開いた門を通り、玄関までいきつくとラニング博士が出迎えた。

非常に小柄で小学5年生程の身長に、渋い老人の顔と声。

頭はつるっとしたスキンヘッドでひげだけが生えていた。

 白衣を着てるだけでそれっぽく見えてしまうのは何故なのか、不思議なことである。


「おぉ……? わざわざこんなにも大勢で来たのかね? ――まあいい、入りたまえ」


 見た目に対してツッコミたくなる心を堪えて、無礼がないよう怜央は接した。


「……失礼します」


 そして奥のリビング兼研究室のようなところに通される一行。

中はカーテンが締め切られ薄暗い。

床には数え切れないほどのコード・部品・工具類が散乱していた。

それらに引っかからずに済んだのはモニター類の仄かな明かりのお陰であった。


「うぅっわ、こんな所に住んでるのか? おっちゃん、さすがに不健康だぜこりゃ」

「なに言ってるのよ。これくらいの方がちょうどいいわ」


 アリータが好んだのは種族的なものが起因している。


「何も好き好んで暗くしてる訳では無い。ここには特殊な薬品やデリケートな部品が多く集まっている。無用な心配を増やしたくないのだよ」

「デリケートな部品ならもう少し片付けろっての」

「ふん……これこそが完璧な配置だと素人にはわからんのだ」


 博士は積んであったダンボール箱をごそごそ漁り、ひとつの小さな箱を取り出した。


「これが例の品物だ。受け取れ」


 怜央は手渡された箱を受け取り、思わず博士をチラ見した。


「これだけ?」

「それだけだ」

「いやもっとこう……部品が足りなくて作れないから探してこいとか、どっかの施設に忍び込んで設計図取ってこいとか、そういうのは?」

「そんなものはない。むしろ楽な仕事と喜ぶものだろう。一体何を期待していたんだ?」


 博士は何故そんなことを聞くのかと不思議そうであった。

だがそんなものお構い無しにテミスは大げさに落胆した。


「……何が厳しい依頼よ。何が“選り好みしてたら真に楽しい依頼を逃がすぞ”よ。こんなことだったら寮で武器の手入れでもしてた方がまだましだったわ」


 テミスは肩を竦めながら隣にあったソファにドカッっと腰を落とした。

 怜央も箱をアイテムボックスにしまうと同時にテミスの隣に座った。


「なぁテミス、これはきっと何かの手違いだ。そうでなければこんな楽なはずが無い」

「……手違いじゃないわ。むしろ予定されてたことよ」

「どういうこと?」

「怜央は学園長の孫。これだけでわかるでしょ?」


コバートはピンと閃いた瞬間反射的に答えた。


「――忖度か!」

「そ」

「無くはないわね」

「……そんな俺のせいみたいに言われても……。別に意図してやったことじゃないんだしさ」


 まるで依頼がつまらなかったのが怜央のせいみたいな雰囲気に気まずさを感じていると、ラニング博士がテレビの電源をつけた。


「そもそも異世界から来ること自体がすごいことだぞ? ワシなら現地を散歩してグルメに舌づつみするがな。まあ遠いところから来たんだ。暫くくつろいでいくといい」

「博士はそれでいいかもしれないけど私はそんなのじゃ面白くないのよ」

「とりあえずニュースでも見てみなさい。何か面白いものが流れるかもしれんぞ」


 ラニング博士はチャンネルをいじり、ニュースに変えた。

そのニュースでは速報という形で、慌ただしい現場中継が行われていた。

ニュースキャスターも緊迫感を漂わせて、それなりの雰囲気を醸し出している。


「えーっ、先程のケプラコラールにあります、軍事施設爆発事故の現場中継が繋がりました。現場のアメリアさんー?」


 ニュースキャスターの合図で場面は切り替わり、燃え盛る炎がバックに映る軍事施設を捉えた映像が流れた。


「はい、現場のアメリアです。こちらケプラコラール第3地区にあるウィルキンソー陸軍ロボティクス工科研究所に来ています! 丁度後ろに見えますあの建物で本日午後5時頃、爆発事故が起きたとの事で、依然炎の勢いは衰えず緊迫した状態が続いています。現地の人からの情報によりますと、爆発が起きる少し前、基地内からはちいさな破裂音がしたということで、それが今回の爆発に何らかの関係があるのではないかと考えられているようです」


それを見たラニング博士はいつ入れたのかわからないコーヒーを人啜りして言った。


「さっきの爆発音はこれだったのか。いやはやこんな近くで爆発事故とは恐ろしいな」


 それを聞いたテミスは何か閃いた、というような顔をした。


「軍事施設といえばその国その世界で最先端の技術が集まるところよね……?」

「おい、テミス?」

「私、この依頼に“楽しさ”を見いだせる気がして来たわ!」

「おーいおいおいおいテミス!? それは想像だけにしてくれ!? 軍事施設とか絶対ヤバいから! 何となく考えてることわかるけどそれは無理! やめとけっ! な?」

「長時間バスに乗って固まった体を解すのに持ってこいよ!」

「……ラニング博士からも言ってやって下さい! 危ないって!」

「ん、まあ遠くから野次馬する分にはいいんじゃないか? それとついでに、どうせ行くならお使いも頼みたい。あの近くで売ってるバーガーを買ってきてくれんか? 絶品なんだ。無論、皆の分も奢ろう」

「ほら怜央、新しい依頼よ! さっさと行きましょう!」


 テミスの機嫌が一転し、良かったと思う反面厄介事の匂いも感じた怜央。

しかし、怜央も今回の依頼にはあまりにも達成感を得られそうになかったので、何か別のことをしたいと思っていたのも事実。

 結果、テミスと一緒に行くことに決めた。


「……わかったよ。他に行く人は?」

「俺ぁパスだ。良くなったとはいえまださっきのが引いてる」

「私もよ。そういった雑用じみたことは他の人に任せるわ」


 怜央はアリータに呆れつつもコバートの身を案じてシエロに付き添うよう指示した。


「それじゃシエロ、悪いがコバートを頼む」

「はい! 気を付けてくださいね!」


 シエロは怜央の両手を握って無事を祈った。

 ラニング博士からは1枚のカードが手渡され、支払いはこれでという意味らしい。


「ほら怜央、さっさと行くわよ」

「急かすなって、今行く」


 2人が家を出た頃には傾きかけてた日も既に沈んでいた。


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