23.謀略

 里を散策した2人は夕刻時になって戻った。

その頃には夕食も用意され、そのままご馳走になる。


 先程の大広間に整然と並んだぜん

その中でも怜央は上座。

 里の重鎮を押し退けて、アデラの次に良いポジションに案内された。


「ささ、夏目様。どうぞ召し上がってください。本日は私、アデラが直々に腕を振るいました。きっと、気に入ってくださるかと」

「それではありがたく、頂きます」


 手を合わせ、料理に手をつける怜央。

その料理は明らかに手の込んだものばかり。

揚げ物や刺身、旬の野菜に漬物、肉を使った鍋など、この里の状況を視察した怜央にはわかる。

明らかに度を超えて豪華であると。

 

 それは客人へのもてなしとしては、この上なく有難みのあるものだ。

それでいて同時に、怜央にとってはプレッシャーとしても感じられた。


如何いかがです? お口には合いましたでしょうか」

「ええ、とても美味しいです」

「それはよかった。おかわりもありますから遠慮せず、お申し付けください」


 怜央は感謝を述べて会釈する。

この時同時に、末席で縛られながら飯を食べるテミスと通信をしていた。


[――ということだったんだ。端的に言ってやばい。色々やばい。どうすりゃいいと思う?]


 テミスは後ろ手の拘束から、ご飯を食べれるよう前の方に手を持ってきており、先程よりは拘束も緩くなっていた。

くっつけられた2つの手でテミスは器用に料理を食べていく。


[どうするもなにも、仕方ない事じゃない。鼻の下伸ばしてる怜央が悪いのよ。私の縄も解かせないようじゃねぇ……]


先程の件を根に持っていたテミスから、協力を取り付けるために怜央は動く。


「アデラさん。流石に食事時も縛っているというのはちょっと……。どうか解いてあげれませんか?」

「ふむ……わかりました、夏目様がそう仰るのなら。――おい」


アデラは後ろに控えていた侍女らしき人に指示を出す。

それを受けた侍女はテミスの縄を解き解放する。


「夏目様のご好意に感謝するがよいぞ」

「……そうね。ありがとう、


 テミスは眼光鋭く怜央を睨み付ける。

その視線にはひしひしと怨の感情が伝わり、怜央は苦しい立場であった。

 

 怜央は咳払いして、引き続きアイデアを求めた。


[それで、どうすればいいと思う?]

[身から出た錆、因果応報、自業自得……南無三]

[せっかくほどいたのにそりゃあないって〜……]


 手先が自由になったことで、先ほどよりも軽快に料理を詰め込むテミス。

未ださっきの件を根に持っているのか、テミスは冷たく当たる。

いつになったら機嫌を直してくれるのか、この局面を脱するにはテミスの協力が欲しいところだった。


「夏目様、よろしければこれを」


 シエロは徳利のようなものを差し出し怜央に注ごうとしていた。


「ああ、すみません。お酒はちょっと……未成年なので」

「大丈夫ですよ。お酒は少ししか入ってません。これはお客人を歓迎する意味でお出しする、伝統的なお飲み物なのです」

「うーん――そもそも自分お酒に弱いんですよね。昔間違えて父の酒を飲んでしまった時もすぐに顔が赤くなって寝てしまったことがあって」

「まあ、そうなのですか? ですがこれは大事な儀式のようなものなのです。一口だけでもお願いできませんか?」


 いちいち身体を密着させて、つぶらな瞳を輝かせるシエロの願いを誰が断れるのか。

怜央は判断に迷い、テミスに目をやる。

 その視線を感じたテミスは先程とは打って変わってアドバイスを授けた。


[怜央、こういうものは断ってはいけないわ。むしろ一口だけと言わず全て! 全て飲み干すぐらいで行きなさい]

[えぇ]


 再びシエロと目を合わせた怜央に、断る勇気などなかった。


「わかりました。それでは少しだけ」


 そういうとシエロの表情は明るくなり、アデラもうなずく。

テミスの判断は間違っていなかったのかもしれない。

シエロは少し大きめのお猪口に液体を注ぐと怜央に飲むよう促した。


「はい、どうぞ」


 怜央は注がれたものを一瞥して、グイッと一気に飲み干した。

液体が舌の上、喉の奥へと触れる度、ほんのりとした苦味と焼ける感覚が怜央を襲う。


「~~! 辛苦っ!」


 一気に飲み干した怜央だったが、その味はお世辞にも美味しいとは言えなかった。

正直もう要らないのだが、シエロは空いたお猪口に並々と注ぐ。


「もう1杯……だめですか?」

「う……わかりました」


 怜央は不味さよりも、シエロの笑顔を選んだ。

再びグイッと飲み干すが、シエロも間髪入れず、再び注ぐ。


「もう……1杯だけ……♡」


 たった2杯と言えど度数自体は高いのか、アルコールに弱い怜央は早くも上気じょうきする。

怜央は助けを求める意味でもテミスに視線をやるのだが、テミスは『飲み干せ!』とハンドサインを送ってくる。

怜央は呻きながらも泣きの1杯を飲み干した。


「まあ、素敵です! 夏目様♡」


 何を持って素敵なのか、その基準は全くの謎である。

しかし、満足気なシエロを見る怜央もまた、満足なのである。


 その裏では体内に取り込んだアルコール分は強力に、人体に作用していた。

喉は灼ける様に熱く、胃の中に伝わる様すら、ポカポカとした違和感でわかる。

それは聞いていたよりも遥かずっと、怜央が酒に弱かったからかもしれない。


 その結果、怜央は後ろに倒れた。

最早無礼などと思う感覚もなく、どちらかといえば気絶に近い状態だった。

それを目の当たりにしたアデラは頭を抱え、シエロを咎める。


「……1杯で十分だというに、何杯も飲ませおってからに。一体何を考えているんじゃ。 えぇ? シエロ」

「私が思うに、夏目様は奥手で、そして誠実な御方です。きっとこうでもしなければ、夏目様の理性が邪魔をしたでしょう」

「……そうか。お主が直に話してそう感じたのなら、それはまず間違いないのじゃろう。だが3杯は流石にやりすぎじゃ」

「ごめんなさい、お祖母様……」

「もうよい。シエロや、夏目様をお運びし、寝支度の準備を整えるが良い」

「はい……!」


 怜央が運ばれる中、表情には出さず1人ほくそ笑む人物がいた。


(私を放置した罰よ。――いい気味ね♪)


こうして密かに、テミスの仕返しが叶ったのだった。

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